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『仕事が終われば、あの祝福で』 レビュー

おはようございます。小説『仕事が終われば、あの祝福で』の感想記事のお時間です。大きくネタバレはしないつもりですが、一部劇中の台詞を引用するなどしておりますのでお気を付けください。

なにこれ? 『ELDEN RING』の……プレイヤーが……なに、なんなの??

『仕事が終われば、あの祝福で』 - あらすじ

コミュニケーションが苦手なのに営業職についてしまった相田航。上手くいかない日々の唯一の楽しみは様々なゲームで遊ぶことだった。他プレイヤーとは交流などはせず一人で攻略情報や考察を読んでは世界観に浸ることが癒しとなっていた。しかし、職場の昼休憩で現在熱中しているゲームの攻略サイトを見ていたのを先輩・鹿島黎人にバレてしまった。咎められると思いきや、何故か黎人にゲーム『ELDEN RING』の攻略方法を教えることに!? この出会いが航の仕事と人生を変えていく――。ゲーム×お仕事エンタテイメントノベル!

ファミ通文庫 より

2024 年 2 月時点で累計 2300 万本の出荷2023 年 3 月時点ですらプレイヤーを 90 億回ブッ殺している『ELDEN RING』が待望の小説となりました。先行してコミカライズは為されておりますが、一応本編の内容に沿ったあちらに対し、此度のノベライズ『仕事が終われば、あの祝福で』は、何とゲーム本編やスピンオフの類ではなく、『ELDEN RING』で遊ぶプレイヤー視点で描かれています。

そう聞くと大層な変わり種のように思えるかもしれませんが、「実在のゲーム × プレイヤー」系のエンタメというのは、例えば『ストU』をベースとする『ウメハラ FIGHTING GAMERS!』がありますし、同じ「ストリートファイターもの」で括るなら『ゲーミングお嬢様』なんかも記憶には新しい(そしてまったく関係の無いことを言うと、『ゲーミングお嬢様』はリメイク前の方が好きでした)。

派手に 10 年以上遡ると『僕と彼女のゲーム戦争』というライトノベルは、 e-sports を題材にした作品であり、『アンチャーテッド』など実在するゲームの名前がガンガン出てきます。

「実在する」という冠を外してしまえば、『終わりのクロニクル』などの著者である川上稔先生が 20 年近く前に架空の STG とそのプレイヤーを題材とした『連射王』という作品を書いてますし、一気に直近となると『対ありでした。 お嬢さまは格闘ゲームなんてしない』は架空の 2D 格闘ゲーム『Iron Senpai』シリーズを題材としています(ドラマ版は『ストリートファイター V』)。

ってなもんで、「ゲームプレイヤー系」について今パッと思いついた限りの作品を挙げてみましたが、メディア問わず追っかけてみればまだまだ幾らでも出てくるでしょう。

要は、別にフロムやバンナムやカドカワがトチ狂ったとかではなく、「そう珍しいもんじゃない、そんなゲロを吐くぐらいこわがらなくてもいいのよ」とだけ伝えたいのです。割としっかり存在しているジャンルを『ELDEN RING』でやってみただけ、と捉えれば手にも取りやすいんじゃないかと思った次第でございます。

そうそう、忘れちゃいけないのがブログ連載からドラマ化、劇場版まで漕ぎつけた、『ファイナルファンタジー XIV 光のお父さん』でしょう。「社会人(大人) × ゲーム」という意味では、感触的にこれが一番近い。……というか、マルチプレイで描く人間関係と現実世界へのフィードバックという意味で、恐らく『仕事が終われば、あの祝福で』の発足に『光のお父さん』はかなり意識されていたのでは、と勝手に想像しています。

どんな話?

上にあらすじを貼り付けたので「そんな話」としか言いようがないのですが、簡単にまとめると仕事のできない、対人関係も苦手な主人公が『ELDEN RING』を切欠に人生を好転させていく話です。新社会人が新生活へとまさにリリースされるタイミングでこの著が発売されたのは、『ELDEN RING』の効能を知らしめんがためでしょう。くぅ〜、自分も新社会人の時にこの本と出会ってさえいればナァ……。

さて。著者の氷上慧一先生のポストでカバーとメインキャラクターが公開されているのでご覧ください。

エルデンリングノベライズ「仕事が終われば、あの祝福で」本日発売されました。
lack先生の美麗なカバーが目印です。
主要人物の3人はこんな感じ。

よろしくお願いいたします〜!#ELDENRING #エルデンリング [pic.twitter.com/YqI46rf57O](http://pic.twitter.com/YqI46rf57O)

? 氷上慧一@『ELDEN RING』ノベライズ3月29日発売します (@k_hikami9999) March 29, 2024

ちなみに氷上慧一先生は主に『モンスターハンター』のノベライズなど、多数の作品を手掛けている方みたい。(作品一覧

また本編の第一章が丸々公開されているので、試しに読んでみれば、まさにどんな内容なのか理解できると思います。

こんなもんですかね。小説『仕事が終われば、あの祝福で』のベーシックな部分はお伝えできたかと思いますので、以下は軽い感想を書いていきます。前述通り大きくネタバレはしませんが、読みたくない方はここでお別れとなります。おやすみなさい。

ここから感想

読んだ感想ですか? そっすねー。

……と言ったところで、良し悪し飲み込んだ上での総合評価としては「まあこんなもんか」ってのが忌憚のない感想ですかねぇ。つまらないとは思わなかったんですが、面白かったかと言うと、素直に首を縦に振り難いものが、ある。

加えて明確に短所だと感じた部分に、いわゆる「リアリティ・ライン(「この物語の中ではこれが自然なんだな」と受け取れる境界)」がたまにブッ壊れる点などが挙げられます。

以下、もうちょいお付き合いください。

発狂

「ゲームもの」って、『ゲーミングお嬢様』がそうであるように、ゲームの内容に負けないくらい「濃い」キャラクターを出してくるのが常套手段になっています。ただそれは主役周りが学生だから可能なリアリティという側面はあるでしょう。

本作は舞台が「職場」で主人公が「社会人」、そして大枠としてのジャンルは「仕事もの」でもあるので、アンバランスにならないために登場人物に落ち着きを持たせたのだとは思います。ただ本編を読むと本当に「普通の範疇を出ない人たち」がゲームをやって仕事をして……を繰り返すだけなので、この内容で「ゲーム×お仕事エンタテイメントノベル!」を謡うのは、ちと弱いんじゃないかと。(そういう意味で『仕事が終われば、あの祝福で』は良いタイトルだ。「仕事が終わったら『ELDEN RING』をしよう」という内容なんだから)

しかしながら内容が破綻しているわけではないので、これは別に短所ではない。そういったマンガマンガした「濃さ」に辟易する人にとっては本作の「弱さ」は長所として機能することでしょう。近しい例として挙げた『光のお父さん』も登場人物自体の「濃さ」は比較的現実に則したものでしたし。

ただ『光のお父さん』が、「『FF14』を始めた父親に、その息子が正体を隠して近づき一緒にゲームを攻略する」という強固なプロット、ゲームを題材とする必然性を持たせていたのに対し、『仕事が終われば、あの祝福で』にはそういった強い軸がありません。ゲームをプレイしながら、劇中の設定やキャラクターの境遇を現実に重ね、仕事で悩む主人公がそれを打破するヒントを思いつく、この程度の流れはありますが、あくまで切欠です。そして『ELDEN RING』のマルチプレイによって構築される人間関係は主題の一つではありますが、これも同僚に『ELDEN RING』プレイヤーであることがバレてマルチをやることになっただけなので、ゲーム由来の関係性と呼ぶには弱い。

ここら辺が「ゲームもの」と呼ぶには薄味に感じた部分なのですが、でも、リアリティはありますよね。現実(仕事)とゲームの関わりなんて精々このくらいのものです。

つまり上につらつら書いた部分は、あえて演出やドラマ性を抑えて、ゲームと仕事の関わりを現実的なラインで描き出そうとする、「意図した弱さ」に基づく本作の個性であって、良いとか悪いとかは好みに依るでしょう。

ここまでは良いんです。ここまでは何ら問題が無い。

問題に感じたのは、現実に則したものとしてコントロールされていた登場人物が、突然正気を失ったように『ELDEN RING』の名前を出す瞬間です。

本編第三章にて、自分の息子と『ELDEN RING』のマルチプレイをして遊んでいた職場の課長が、結果、マルチプレイの弊害として侵入者を招いてしまい、撃退するスキルが無いせいで本編が全く進まず、息子に遊んでもらえなくなってしまい、その恨みから職場に PS5 を持ち込んでは夜な夜な侵入に興じて他世界のプレイヤーを狩り続ける「病みのお父さん」と化してしまった悲劇が描かれるのですが、何やかんや主人公の立ち回りのおかげで問題が解決します。

そして顛末として息子との関係が修復され上機嫌になった課長は、何も知らない部下に向かってこう言い放つわけです。

「いまの世の中、情報収集と発想の転換、窮地を楽しみに変える努力こそが生き抜く秘訣なんだよ。君もエルデンリングをやりたまえ!」

ウ、ウゥーッ!

……失礼、持病の「くるぶしつやつや病」が出てしまいました。

急にどうした? 世界観がいきなり進研ゼミの勧誘漫画みたいになるとビックリするからやめて欲しい。『ゲーミングお嬢様』でこの発言が出たら何も不自然ではないでしょうが、あえて『ゲーミングお嬢様』をやらないことを選んだのでしょうに、急にゲーミング課長が登場したら悲鳴が出ちゃうだろ。狂い火に向かうのは、やめて欲しい。

リプレイ小説としての弱さ

ゲーム本編がそこまで強くプロットに寄与しないと書きましたが、本作を、小説を通してゲームを体験するいわゆる「リプレイ小説」と解釈すると更に弱い。前項で指摘したリアリティ・ラインの突発的な狂いに関しては「ビックリした」で済みますが、このリプレイ小説としての弱さは明確な不満点として挙がるかもしれない。

というのも、主人公の相田航は一度本編をクリアしており、周回プレイヤーとしてマルチプレイを行うわけですが、つまり必然的に初見の新鮮さは損なわれているんですね。対してマルチプレイを共にする職場の同僚たちは初見勢。相田航はとても誠実で人が良いので、「程よくアドバイスはするけど攻略がヌルくなり過ぎない」距離の取り方をします。素晴らしい。マルチ外でそれとなく誘導してアギール湖の転送罠にハメてサリアの結晶坑道に飛ばすなんて性格の悪いことはしません。悲鳴に浴し、生命の震えをこそ喰らうやり方など彼の世界観には存在しないのでしょう。

相田航の目を通した『ELDEN RING』とは、まさしく清廉潔白、「絶妙なバランス調整の施された、超えることで達成感を得られる高難度神ゲー」です。だから腐敗結晶人三人衆にボコスカ殴られた時のふっけぇため息や、ガーゴイルがもう一体出てきた時の渇いた笑い、初見時マレニアがリゲインしていることに気づいた瞬間に口を突いて出た「……本気で言ってる??」という独り言なんて一切描写されません。だからこそ、「クソが!」と叫んでは、しかし間をおいて戻ってしまう魔力が表現されていない。毒気に充ちた沼こそ、フロムゲーが持つ魔的な魅力なのに。

そりゃ公式から出てるんだからそうだろって話なんですが、つまるところ未プレイヤーが入口とするにはプレイ済みの視点「ありき」で進むので不親切に思えるし、既プレイヤーにとっては(少なくとも個人的には)毒気が無さすぎて物足りない、そんなバランスになっている。言葉を選ばなければ「中途半端」であると感じました。わざわざフロムゲーをプレイヤー視点で小説化するなら、もうちょっと強気に踏み込んで欲しかったなというのが正直な心情ですね。

この先、期待があるぞ

とまあ「不味くなかったけど味が薄かった」という感想にはなってしまうんですが、「読みやすさ」に関してはオススメできます。それ以上に『ELDEN RING』をこういった形で売り出していこうという気概は大歓迎です。

そして何とプレイヤー視点での小説がまだ予定されているようです。今度は高校生がメインキャラクターになるようですが、さてどうなることやら。

どうも『ELDEN RING』で手広く商売しようという機運に充ち充ちている模様。いいじゃないですか。お付き合いしますんで、どんどんやってください。

では最期に、主人公・相田航が競合他社の営業マン相手に投げかけた台詞で本稿を締めくくる事と致しましょう。

「困難っていうか、この程度の状況なら、エルデンリングで予習済みですから!」

ウ、ウゥーッ!

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