ふらっとTUKASA 「深夜のコンビニ・フーズ」  ぶつん、と集中力が切れる音がした。 「お腹空きました」  わたしはすっかり冷めた、飲みかけのド甘いカフェラテを飲み干してから、その場で背筋を伸ばした。背筋ばきばき。体かちかち。お腹ぺこぺこ。ずっと机に向かっていた。期末テストが迫っているのだ。あまり成績に関心がないわたしだけど、やはり赤点は回避したいところ。でももう無理。ガソリン切れだ。  ごはんはまだ残ってる。でもおかずになるものが無い。せめて卵の一つでもあれば話は違うんだけど、残念ながら使い切ってしまった。それに今は、猛烈に甘いものが食べたい。そんな訳で、気分転換もかねてコンビニに行こう。      ×  いつもなら寝ているはずの時間に外を出歩くと、妙にわくわくするのはなぜだろうね。ということで、あえてうちから一番近いローソンをスルーして、その一つ向こうのセブンイレブンに行くことにした。大通り沿いを歩くとさすがに人がちらほら。みんな何のために夜更かししてるんだろう。わたしみたいに勉強ってわけでもないだろうし。不思議だ。  セブンに到着する。食品コーナーに足を運ぶ途中で栄養ドリンクの棚が目に入る。ちょっとだけ眺めて、やめた。前に「眠眠打破」を飲んで、さぁ勉強という気分になった直後に爆睡したのを思い出したからだ。レッドブルとかもそうだけど、栄養ドリンクの効果を実感したことがない。鈍感なんだろうか。  さて何食べよう。ごはんがあるから色々総菜買って食べるのも楽しそうだけど、そういうのはスーパーでやらないと割高になっちゃう。コンビニならではの食べ物ってなんだろ。あ、と思い立って冷凍コーナーに行く。これこれ、ラーメン。コンビニの冷凍ラーメンって凄く良くできてるんだよね。久しぶりに食べよう。後は……。ああ、甘いの食べたかったんだ。シュークリーム。ロールケーキ。温かいものを食べるなら冷たいデザートも食べたい。でも甘いの食べるとなるとポテチも欲しくなる。もちろん全部買えるはずもない。……どうしよう、楽しい。 「おい岡崎! いんじゃねーか!」  急に大声を出されてびっくりする。振り返ると、レジの店員さんに男の人が怒鳴りつけたみたいだ。友達かな? 様子おかしいけど。 「てめー嘘ついてんじゃねーよ」 「休みだったんだけど、急にシフトが……」 「は!? 聞こえねーから。取りあえずタバコ。あと……」 その人はわたしの近くまでずんずん歩いてきて、適当に、本当に適当にスナックを抱えてレジまで戻った。 「おら袋よこせ……おい何で箱なんだよ! カートンだろ。ふざけんなよマジで」 「いや、もうほんと勘弁して……」 「はっきりしゃべれよてめー!」  そいつは店員さんの胸ぐらを掴みあげた。店員さんの方は、引きつった笑顔を浮かべるだけだった。友達……じゃなさそうだな。その後、店員さんが出してきたタバコの大きな箱を二つとビニール袋を引ったくって、男の人はそのまま店を出ていってしまった。お勘定は? 店員さんを見ると、後ろを向いて、目元を拭っているのが見えた。……はあ。  わたしは冷凍ラーメンだけを棚に戻して、迷った後、買い物かごをその場に置いた。すぐ戻ってくるからいいだろう。      ×  店から少し歩いたところで、さっきの客と、たぶんそのお仲間たちがたむろしているのを見つけた。よかった。大捜索することになるかと思った。 「すみません」  声をかけると、その中の一人が「なに?」と尋ねてきたので、「さっきお金払ってないですよね?」と聞いた。一応だ。確認は必要でしょ。もしかしたら、ああいう買い物の仕方が世の中にはあるのかもしれない。お金は事前に渡している、なんてことも、絶対にありえないとは言えないでしょ。すると彼らはお互いに顔を見合わせて、なぜだか笑い出した。  いや別にね、正義の味方がやりたいのではないのだ。ただ目の前で行われた不正を見逃せなかっただけで……いや違うな。わたしが一番苛立ったのは、あいつが殆ど確認もせず、棚から商品を奪っていったことだ。その上でお金を払わなかった。こっちが限られた予算の中、何を食べようかと頭を悩ませていた、その幸福な時間そのものを、ぞんざいに扱われた気がしたんだ。身勝手な理屈だけど、そのことにわたしは一番腹を立てていた。こんなこと、誰にも言えないけど。  すると、窃盗の張本人が歩み出てきて、ポケットから金属の何かを取り出した。折りたたみナイフだった。  え、マジで? こいつ凄いな。      × 「すみません」  わたしは冷凍ラーメンを忘れず回収して、レジへと差し出した。さっきの店員さんは、何事も無かったかのように笑顔で応対してくれる。 「あとピザまんと、おでんください。はんぺんと、大根と、卵でお願いします」  ピザまんは帰り道で食べる。行儀が悪いけど、体を動かしたら余計におなかが減ってしまった。  会計を終える。店員さんが「ありがとうございました」というのを聞いてから、わたしは「あの……」と切り出す。「なんか、あの、男の人に、そこで渡されたんですけど」  店員さんは唖然としていた。わたしの手には十万円という大金が握られていたのだ。うう、こんな大金持ち歩くの、すごい緊張した。それと、ビニール袋に詰め込まれた、手つかずのお菓子とタバコ。タバコは数箱開封されてしまっていたが、仕方ないだろう。わたしは冷静に努めながら、考えておいた言葉を読み上げる。 「『今までごめん』だそうです。……足ります?」  まじまじと顔を見られる。しかしその後辛そうな顔をして、店員さんは声にならない返事をして、お金と商品を受け取った。なんだろ、今の顔。何か間違ったかな。イイことしたなんて気取ってた訳じゃなかったけど、でも、だけど、どうすれば良かったんだろう。あいつに直接返させるのが一番だったのかもしれないけど、お金を降ろさせるところまでが限界だったしな。 そこへ救急車のサイレンが響いた。店員さんは音の鳴る方を見て、「事故かな」と呟いた。わたしは「怖いですね」と答えた。      × 「いただきます」 【ごはん】 小分けして冷凍しておいたもの レンジ解凍なのでぺったりしてる 【ラーメン】 冷凍食品とは思えない 刻んだネギは自前 【おでん】 よく染みてる 辛子は貰ってきたが足りないので、自前で足した  まずはラーメンをすする。うん、これですよ。次にわたしは麺を持ち上げてごはんに乗せた。ラーメンライスは最高の食べ物。たまに「炭水化物と炭水化物が〜」なんて言う人がいるけど、だからなんだと言いたい。肉じゃがだって芋は炭水化物だ。クリームコロッケなんて、言ってみれば小麦粉に小麦粉をまぶして油で揚げた食べ物だろう。だけどあんなにごはんに合うおかずもない。人間、食べ物を成分表でしか計れないようになったらおしまいというものさ。 「あ、ラーメンとおでんで汁がダブった……」  やってしまった。冷凍ラーメンはラーメンの形してないからすっかり騙されてしまった。コンビニの魔力というやつだろうか。  なんてことをぼやきながら楽しく食事を終えた。さ、あとはアイスを食べて暖まった体を程良く冷やして、ポテチを摘みつつ……勉強しますか。はあ、なんでテストなんてあるんだろ。