ACID BAKERY

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ねずみのクリスマス

「新しいクリスマスを思いついたのよ!」

 ヴィクセンは言いました。コメットは「またか」と思いながら、仕方なく彼女の話に耳を傾けます。他のみんなは大抵物思いに耽っているか寝ているかなので、おしゃべりが大好きなヴィクセンはいつも聞き上手のコメットを標的にするのです。

「新しいって、何が新しいのさ」

「今までのクリスマスを見て疑問に思わないの? 不公平だと思わない? プレゼントを貰えない子供がいるだなんて」

 コメットは呆れて溜息を吐きます。「良い子にしてなくちゃプレゼントは貰えないよ。これまでずっとそうだったじゃないか」

「それがおかしいのよ。良い子ってなに? 悪い子が一体何をしたっていうの?」

「そりゃあ、悪いことさ」

「悪いことって?」

 答えようとして、出来ないことにコメットは気付きました。考えたことも無かったのです。ヴィクセンは馬鹿にしたように鼻を鳴らしました。「良い子は悪い子を食い物にしてるのよ。酷い話だわ」

その言いぐさにコメットはカチンときました。「それで君はどうしたいんだい? その不公平で酷い『古いクリスマス』がどうなれば良いってのさ」

 気分が良さそうに散々勿体ぶった挙げ句、ヴィクセンはこう言いました。「みんなにプレゼントを配ればいいのよ。良い悪いなんて考えずに全ての子供にね。それでみんなが幸せになれるわ」

 再び呆れる番でした。「プレゼントの数が限られてるのにそんなこと出来やしないよ! もしプレゼントが巨大なケーキで、それを人数分切り分けるっていうんなら話は別だけれどね。でもそれで子供達に行き渡るのは、ほんの一欠片のスポンジと生クリームの雫だけさ」

「あら、それでいいのよ」

「……なんだって?」

「自分が手に入れるプレゼントのクオリティを上げる為に『悪い子』を蔑ろにしてもいい。コメットはそう思ってるのね?」

「だってしょうがないじゃないか。良い子になるチャンスを掴まなかった子供が悪いんだから」そう言ってから、コメットは閃きました。「いいかいヴィクセン。プレゼントはもう既に、全員に公平に配られているのさ。ただし最初の一回だけ、『生まれてこられた』っていう素晴らしいプレゼントをね。チャンスは公平なんだ。掴めない子供が『悪い』」

 会心の言い返しが出来たと思いました。ですが、ヴィクセンはやはり鼻で笑います。「尚更おかしな話じゃない。公平なプレゼントの筈なのに、中身に差がありすぎるわ。足の速い子、歌が上手い子、美人な子。そしてそれらを持っていない子……どうして?」

「で、でも、良いことをしてる筈の良い子が、悪い子の為に我慢しなくちゃいけないのはおかしいよ」

「みんなの幸せを願ってこその良い子でしょ?」

「良いことをしても報われないなら、良いことをする子供なんていなくなるよ」

「クリスマスプレゼントが不公平だから、子供達は拗ねて良いことをしなくなるのよ」

「じゃあそんな沢山のプレゼントをどうやって配るっていうのさ! 配る相手が少ししかいないから一晩で配れるっていうのに、それを全員にだって!? ふん! クリスマスプレゼントを配り終える頃には、もう次のクリスマスが始まってるだろうね!」

 ムキになって言い返します。怒られるかなと思いましたが、意外にもヴィクセンは口を噤んでしまいました。でもコメットは全然嬉しくありません。彼女の言うことも一理あるのです。納得できないのに上手く言えない。そんなもやもやがコメットを苛んだ時のことです。

「あのぉ」ずっとコメット達の話に耳を傾けていたらしいルドルフが、気弱そうに口を開きました。「僕、先輩達の話を聞いて思いついたことがあるんです」

「なによルドルフ。文句でもあるの」

 ルドルフはヴィクセンの剣幕に身体を震わせます。ヴィクセンはルドルフの特徴的な赤い鼻が嫌いなのです。

「なんだいルドルフ。言ってごらん」

 コメットが出来る限り優しく言うと、ルドルフはヴィクセンの顔色を伺いながら一息で言いました。「全てのプレゼントを一人の子供にあげたらいいんじゃないでしょうか。中身は全て同じですが、他の誰かにプレゼントを分け与えられる良い子には、次からより質の高いプレゼントが配られます。分け与えられた子供は自分もそうなりたいので、沢山の友達にプレゼントを渡すでしょう。するとどうです。プレゼントの輪が広がる度に良い子が増えて、最初の子供の功績は積み重なっていき、何もしなくてもプレゼントの質が上がっていくんです。全ての子供にプレゼントが行き渡って、尚かつクオリティも上がってしまう画期的な方法だと思うんですけど」

 コメット達はしばらく顔を見合わせました。そして大声を上げました。「すごいじゃないかルドルフ! 一分の隙も無い完璧なシステムだ!」「私もそう思うわルドルフ! まるで魔法みたい!」

 御本尊を前にした信仰者のように喜ぶ二人を眺めて、ルドルフはにこやかに微笑みながら思いました。

(こいつら馬鹿じゃねえの)

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