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ロンドール戦記

はじめに

シリーズ通して登場する「呪い」という言葉。しかし意味を問われるとなると、意外と答えられなかったりします。「石化すること」? それは呪いの結果であって、本質ではありません。今回はこいつについて考えてみた上で、ロンドールが行おうとした「火の簒奪」について仮説を立ててみます。あ、ちなみに「ロンドール戦記」は電撃プレイステーション Vol.636 で特集されていた宮崎社長のインタビューからの引用です! つまり今回の記事の内容とあんま関係無いです! みんな取り寄せて読もう!

「呪い」と石化

まずシリーズを代表する呪いは、バジリスクなどによる「呪死」ですね。即死させられる上に、ただでさえ死にやすいゲームで体力の上限値が減少させられる(しかも『1』ではド半減、かつアップデート前は効果が重複していた)という最高にイカれたバッドステータスさ。しかしこの石化という現象、以前の記事にも書きましたが、人間特有の状態異常です。なぜなら石化とは、文字通り石化させているのではなく、人間だけが持つ「人間性」を刺激することで、結晶化を促して攻撃しているのです。シースがソウルの結晶化に執心していたこと、かつて跋扈していた古竜が岩の鱗を纏っていたことなど、全てがこの性質に帰結します。しかしシリーズごとに仕様が変更されているので、以下簡潔にまとめましょう。数字はそのままナンバリングです。

  1. 「石化(即死)」かつ、最大 HP 減少
    • 発生源 : バジリスクのブレス(煙)、シースのブレス(結晶)
    • HP は「解呪石」で復元可能
  2. 「石化(即死)」せず、最大 HP 減少(亡者度進行)
    • 発生源 : 呪いの壺、呪縛者、デュナシャンドラなど
    • 最大 HP 減少は『2』における死亡時の仕様でもあるので、死亡自体が「呪い」の進行を伴っているとも言える。「呪い」と「死ぬ」ことは、その場で最大 HP が減少するか、死後に減少するかの違いでしかない。よって両者ともに「人の像」で最大 HP 復元可能。
    • バジリスクによる「石化(即死)」自体は健在。つまり「呪い」と「石化」が分かれている。ただし石化によって亡者度は通常よりも進行する。
  3. 「石化(即死)」のみ、最大 HP 減少なし
    • 発生源 : バジリスクのブレス
    • 最大 HP および容姿に影響なし。つまりただの即死攻撃となった。
    • 呪い攻撃とは関係ないが、「暗い穴」をあけた後、死亡とともに呪いが蓄積され、亡者度が進行するようになった。最大 HP に影響なし。また「解呪石」で亡者度を正常に戻せるものの、「暗い穴」は塞がらない。

こうしてリストアップすると確かに細かな仕様は変わっているのですが、描写が変化しているだけで、亡者化というものの本質は設定上変化していないのではないかとも思います。例えば『1』では生身の状態で死亡すると一挙に亡者へと見た目が変わります。対して『3』では何度死亡しても見た目は変わらず、ただし「暗い穴」を開けたことで、死が亡者度に影響するようになっていく。「暗い穴」のテキストにはこうあります。

不死人の証にも似た暗い穴 ぽっかりと体に開いている その暗い穴に底は無く 人間性の闇が徐々に漏れ出し 引き替えに呪いが溜まっていく

つまり「暗い穴」を開けたことで『1』の仕様へと遡った訳ですね。またこれは同時に「死を重ねることで緩やかに亡者度が進行していく」という『2』の仕様も含んでいます。これはシリーズ通しての亡者化の理由が、きちんと言葉で説明されたことを意味します。微妙に描写が変化しているだけで、起こっている現象そのものは一貫していた訳です。『2』では記憶の衰退が取り上げられて『1』の亡者化と差別化されることもままありますが、正気を失うことと記憶を失うこと、その双方にどれほど違いがあるというのでしょう。『3』のラップも記憶を失うことで人格に変調が見られたことですし、恐らくその二つにさほどの違いは無いのです。そして更に判明したことがあります。

解呪石(『3』)
小さな頭骨が溶け込んだ灰色の石。呪いの蓄積を減らし、亡者状態を解除する。

ここから分かるのは、亡者化という現象は「呪いが蓄積したことによって」起きていたということ。「人間性を失ったから」亡者になっていたというのは、間違ってはいなくとも、正確ではなかった。細かいことですが、なかなか重要なことではないでしょうか。人間性と呪いが共存せず、どちらかが充当されることで片方が減少する関係にあるのなら、かつて人間性や人の像によって生身へと戻っていたのは、それらを補充することで、蓄積した呪いを減少させていたことになります。一端、石化云々を切り離して考えてみますと、過去作品において一度でも死亡するというのは、それだけで亡者となることを意味しました。つまり呪死せずとも、不死が死亡することで呪いは蓄積していた訳です。シースやバジリスクなどが扱う呪死というのはこの性質を利用していたのでしょう。呪いを過度に注ぎ込むことで、人間性を無理やり排出させ、溢れだしたそれを結晶化させる。石化の正体見たり、ですね。

人の像がなんだったのかというのは未だに分かっていませんが、人間性を使用することでも叶わなかった「亡者化の全快(解呪)」という機能を有しており、また闇の巡礼者関連のイベントで必要だった辺り、人間性を何らかの形で加工・改良したもの、というのが妥当かもしれません。火継ぎというシステムの検証が進み、合理化されていった時代に存在していたアイテムですし、不死について回る人間性や呪いの関係においても、探求が進んでいたということなのでしょう。だとしたら「呪い」と呼ばれるものが何だったのか、それも解き明かされていたのでしょうか。

あ、ちなみにですが『1』でイングウァードさんは解呪を行ってくれましたが、コストとして人間性を要求してきます。人間性によって呪死が解除できないのではなく、ただ使い方の問題だったのだとすると、ますます人の像との関連性が窺えるというものです。

人間の本質は闇

このタイミングで書いておきたいことがあります。『3』で登場した「運」というステータスは、『デモンズソウル』以来の登板……と見せかけて、実は『ダークソウル』シリーズ全作品に登場しています。

アンリの直剣
それは「本当に貴い者の剣」であり 人の本質的な力、運により攻撃力が高まる
亡者の貴石
亡者の武器は人の本質を見るといい その攻撃力は運により高まる

「運」は人間の本質的な力だそうです。そして運というステータスは、アイテムのドロップ率にも関わります。それを踏まえた上で、過去作において「人間性」というステータスもまたドロップ率に関与したことを思い出してください。そう、同じものなんです。「運」という力を、誰かが「人間性(人間の本質)」と呼んだのです。この事実を補強するために『2』を持ち出しますが、こちらでもやはり「人間性(運)」は生き残ってます。皆さん知ってました? 『2』で生者から亡者になると、アイテム発見力が下がるんですって(知らなかった)。つまり死亡と同時に「人間性の闇(運)が徐々に漏れ出していた」んですね。だから「人間性」というシステムは『1』だけの仕様では無かったんです。『ダークソウル』のテーマとして掲げられていたそれは、シリーズにじっと寄り添い、最終作において「運」という回答を与えられたのです。

人間性とは欲望と直結した概念でもありました。人間性をたっぷりと蓄えた人間というのは、得てして他者から奪ったか、心根に強い渇望を抱く者です。パッチが聖職者を毛嫌いしていたのも、彼らが無欲で慈悲深いというような顔をしつつ、その実多くの人間性を保持していたからでしょう。このシリーズらしい皮肉の込め方だと思います。かつて最初の火によって生じた闇のソウルは、どうやら自らを生んだ火へと回帰しようとする根源的な性質を持っていたようです。だからでしょう。人間性の権化たるマヌスから分かたれて生じたデュナシャンドラたち闇の落とし子は、皆が一様に王へと寄り添いました。結末はともかく、全ては最初の火へと到達せんが為に。また闇を用いた魔術などが追尾、つまり対象へと惹かれていく性質を持つのも、闇元来の性質である「ソウル(火)への渇望」を利用したもの。つまり人間性(運)とは、火への憧憬から端を発した、「欲しい者を手に入れる力」と言える訳です。「命」を「運」んで来ると書いて「運命」! よくぞ言ったものです。

シリーズを顧みると、死を重ね、人間性を失い続けた者は、大抵が理性無き亡者となります。しかし亡者武器は運(人間性)によってその威力を増加させる。一見矛盾しているようですが、つまりどれほど人間性を流出させようとも、本質を見失わないもが真の亡者と呼ばれるのでしょう。ちなみに亡者派生の武器は、呪いの蓄積が一定値以上で運にボーナスが入るようです。呪われて尚も残る人間性こそ亡者武器は「本質」とみなすということではないでしょうか。以下にロンドールのユリアと敵対した際の台詞を引用します。

「亡者となり、正気を失うなど そんな凡夫が、我らの王であるものか!」

無茶言うな。まあ、歴代の主人公はその無茶を通してきた訳ですが。人間性を失った者が亡者となる。これを言い換えるなら、体の中に呪いを溜め込めば溜め込むほど、理性を保つことは難しくなっていくことになります。しかし無尽蔵の呪いにも打ち克ち、人間としての本質を失わない。そのような「人間の中の人間」による永遠の統治を、ロンドールは王に望んだ訳です。しかしそれだけなのでしょうか。人間として如何に強靭かというだけでは、ロンドールが「火の簒奪」を悲願とした説明になっていません。もしかすればロンドールが求めたものとは、闇と引き換えに得たものの方だったのかもしれません。

なぜ灰は亡者化しないのか

『1』『2』の時代に当然のものとして備わっていた亡者化が、なぜ『3』では条件付きになってしまったのか。理由は幾つか思いつきます。

  • 「火の無い灰」の性質である
  • 最初の火が陰ったことで、呪いの力も弱まっている
  • 人間性が深みへ沈んでいるため、失われ難くなっている

言うまでもありませんが、灰も不死であるために当然ダークリングを保持しています。その意味では過去作の不死と条件は変わらないはず。それが灰なのだと考えるのは自然かもしれませんが、あえて穴を穿たなければ亡者にもなれない不死を、ロンドールが選定するのかという疑問もあります。しかし「だからこそ」、通常の不死では到達できない領域に灰は辿り着けるというのは面白い解釈じゃないですか。ロンドールのヨエルも主人公を「灰の英雄」と呼び従者になることを望みましたし、この線が有力と考えていいと思います。一応残り二つの仮説も検証してみましょう。『2』にあった「篝火の探求者」というアイテムのテキストを読んでみます。

火と呪いには、何らかの繋がりがある 火がその勢いを増すにつれ、呪いもまた……

強くなる、と。「最初の火」というものは少しずつ弱まっていき、誰かが継ぐことで勢いを取り戻すものでした。ですが『3』時点では、いい加減継ぎ火というシステムそのものが限界を迎えています。よって呪いも弱まり、必然的に蓄積効率も低下し、人間性の流出(亡者化)も抑えられてしまっている、というのは十分あり得る話です。また制作意図の勘ぐりにもなってしまいますが、「深み」というものが『3』でわざわざ取り上げられた辺り、それが原因というのもありえるかもしれません。そしてこれら二つの仮説は最初の仮説と異なり、不死自体ではなく世界のシステムに原因を求めるものです。火の陰りとともに世界は変わり始めています。火が消えた後も闇だけは残る、そのはずだったのですが、それは人知すら届かぬ深みの話であって、もしかすれば不死にとってはその限りでなく、火無き後に人間の時代は来ないことを意味するのでしょうか。想定を超えて続いてしまった火継ぎの先に、何かが狂ってしまった? ただ火の陰ったあの時代に至っても普通に亡者はいるんですよね。となるとやはり環境よりも、灰自体に理由を求めた方がシンプルかもしれません。

(追記 : 失念しておりましたが、インタビューで宮崎社長は『本作では死亡による亡者化は採用していません。また、本作の主人公が“火の無い灰”という、積み重ねられた火継ぎの先にある独特の存在であることも、そうした判断の一因です』と仰っていましたね)

おしえて! クラーナ先生

シリーズと切っても切り離せない「呪い」と言えば、呪術ですね。呪術を単に炎の属性と語るには、ちょっと紆余曲折が激しすぎるので、段階を踏みます。

まず、かつてイザリスの魔女たちは最初の火から、炎の魔術を見出しました。以下をご覧ください。

デーモンの杖
イザリスの溶岩石を削り出したデーモンの杖 炎属性の攻撃力を持った武器としても使える
デーモンの炎司祭は、最初のデーモンであり イザリスの魔女が混沌に飲まれる前の 呪術でない、炎の魔術の最後の使い手だった

デーモンの杖は『1』のボスである「炎のデーモン司祭」がドロップします。そしてデーモン司祭は「炎の魔術の使い手」とされているように、炎の衝撃波を放ってくる訳ですが、実のところこの攻撃は魔法属性なんですね。司祭が振るう杖はイザリスが混沌に飲まれた後に作られたものですので炎を纏いますが、呪術が生じる前にあったという「炎の魔術」とは、魔法属性、つまり「魔法によって作られた疑似的な炎」だったことになります。ですので対古竜戦で魔女たちが用いた「炎の嵐」とは、たぶん魔法攻撃だったんでしょう。戦後火の時代が到来し、イザリスが偽物ではなく、本物の火の再現に乗り出したのは、やはり彼女たちもまた、闇から生まれた故の憧憬から逃れられなかったからでしょうか。

(追記 : 考えみると『1』の OP には「イザリスの魔女と、混沌の娘たち」と表記されています。素直に受け取るなら、この頃には既に混沌(炎属性)が生まれていたことになります。そして最初のデーモン(炎司祭)も。ならば混沌の誕生が即イザリスを飲み込んだ訳ではなく、若干のタイムラグがあり、古龍狩りの際には原初の呪術「炎の嵐」が用いられていたという理解で良いのかもしれません。うーん、ここら辺のソウルシリーズ・クロニクルも一度整理したいところです。

次にご覧いただきたいのが、『1』と『3』それぞれに登場した「イザリスの杖」のテキストです。

『1』
イザリスの魔女が混沌に飲まれる前 まだ娘たちが炎の魔女だった頃の杖
呪術はまだ生まれておらず 彼女たちの杖も魔術の触媒であったが その炎の魔術は完全に失われてしまった
『3』
イザリスの魔女たちが用いたという杖 遥か昔、混沌も呪術もまだなかった頃のもの
後に混沌の火を生み出した彼女たちは 魔術師であると同時に祈祷師でもあり 故にこの杖は信仰補正を持っている

彼女たちは何に祈っていたのでしょうか。イザリスの魔女はグウィンやニトたちと同格の神ですので、彼らを信仰の対象にはしなかったでしょう。であるなら、恐らく最初の火それ自体に祈りを捧げていたのではないかと考えられます。それが何なのかというと、たぶん何ともならなかったのです。どれほど祈ろうとも、彼女たちが生み出した火は、火には成らなかった。だとすれば、やがて出現する呪術に信仰の補正が乗る理由とは、そして彼女たちは如何なる手段を用いて火を生み出すに至ったのでしょうか。

混沌の嵐(『1』)
「最初の火」を作ろうとした魔女の野心は 異形の生命の苗床、混沌の炎を生み出した

設定上、混沌の火にはある特性があります。後に変更されてしまいましたが、『1』の混沌の呪術には「その威力は人間性に依存する」という一文が添えられていたようなのです。ちなみにこの設定は実際には搭載されておらず、それ故にアップデートによってテキストは削除されてしまいました。恐らくかつての呪術がレベル帯に関係なく最高威力を発揮することが可能で、そこに人間性の数値まで上乗せできてしまえば、その後の阿鼻叫喚が回避できないと予期したからでしょう。ですが『1』の混沌の武器が人間性を反映して火力を増減させることも含めると、やはり混沌と人間性の間に何らかの関係があることは疑いようもありません。

混沌と人間性の関係は、そのまま篝火と人間性の関係へと直結します。闇もまた王のソウル。人の本質たる人間性はダークソウルのほんの一欠けらでしかありませんが、しかしその欠片が篝火の勢いを増大させることに、イザリスの魔女は気づいたのでしょう。火を生むためには闇が要るのではないか。その着眼点からイザリスは、己の領分から外れた暗部へ手を出してしまったことが想像できます。それが全てを狂わせた。アルトリウスが深淵の闇に飲まれ、獣の如く理性を手放したように、人間の手にすら余る闇の力とは、人間でないものに決して手懐けられるものではなかったのです。かくしてイザリスは火を生み出しはしましたが、それは暴走の火としてイザリスを溶けた廃都と成しました。更には、闇は生命の苗床であるが故に、その性質を歪んだ形で受け継いだ混沌は、世にデーモンという異形を産み落とすことにもなったのです。

言うまでもありませんが、あくまで想像です。ただ思い出して欲しいのが、火の強さは呪いの強さに繋がるということ。イザリスはそのことを理解していたのでしょう。ならば火を作り出し、その力を行使することは、呪いを行使することに等しい。だからこそ、そうして誕生した火の業には「呪術」なる名が与えられたのではないでしょうか。

更に『1』ではただソウルのみによって強化できた呪術が、『2』以降は火力の上昇に理力と信仰をも必要とするようになりました。『1』の呪術は上述したような理由で強力すぎたから、というのもあるでしょうが、それだけとも言えません。

闇の貴石
主なき人間性に生じるもの。
闇の武器は闇攻撃力を持ち信仰による補正も高くなる。

闇と光はかつて同じものであり、火の出現によって分かたれました。故に太陽がそうであるように、闇もまた祈りによって力を増すのです。なので呪術に信仰補正が乗るのは、呪術それ自体が闇と不可分であるためであり、「火が人間性(闇)によって勢いを増す」ことの、正しく名残りなのです。祈祷師でありながら神を持たない魔女たちの祈りは、自らが炎に飲まれて始めて成就したのかもしれません。

という訳で呪術の成り立ちを考えてみましたが、重要なのは混沌の起源に闇が関与しているだろうという点で、今や広く普及した呪術それ自体は通常のソウルで運用されています。

追尾するソウルの塊(『3』)
探求者たるローガンの一端が見える魔術だが 生命に惹かれるその性質において 後の研究では、むしろ闇に近いとされている

類例として余り上手くないかもしれませんが、呪術のニュアンスはこれに近いのだと思います。闇そのものではなく、闇の性質だけが引き継がれた、扱いやすいダウングレード版といった感じでしょうか。ただしこれら通常のソウルで動く魔術や呪術を、人間性を用いて展開することにより、かつて「闇術」と呼ばれたものになります。或いはそれは、原初の混沌よりもおぞましい業なのかもしれません。

呪いってなぁに?

ということなんですが、ここに及んでもまだ「呪い」が何なのか分かりません。ただ劇中の呪いという言葉を一つの定義に集約させるというのも無理がある気がします。強いて言うのなら、「歪められた運命」というような意味で劇中では使用されているようです。

家路
本来は故郷への帰還を可能にするが不死の呪いがそれを歪めている(『1』)
呪いを受けた者は徐々に記憶を失っていく 彼らは自らの生まれすらもやがて忘れ 篝火だけがその寄る辺となる(『2』)
祭祀場の侍女(無縁墓地)
「貴方様、呪いに囚われたくなければ あまり長居は無用ですじゃ」
ロスリック
「兄上は私の、王子ロスリックの剣。だから、どうぞ立ってください。…それが、私たちの呪いです」
「貴公もまた、呪いに囚われているのだと…」

他にもあるんですが、ちょっと拾いきれないのでここら辺でご勘弁を。で、この引用を読むに、やはり呪いという言葉は、「運命」や「ルール」が本来の道筋から外れてしまったもの、という意味に捉えられるように思えます。そしてこの考えを転換させると、亡者というのは自らの「人間性(運)」と引き換えに、歪な宿命を抱え込んでしまう存在のようです。上述したように「運」が「自らの欲するものを手に入れる力」と言い換えられるなら、亡者という歪められた運命の中、尚も自らが定めた道を往ける者を、ロンドールは王として求めたのだ、というところに着地できます。何だかそれらしいアンサーだと思うのですが、どうせならもうちょっと踏み込んで考えたいところ。

なので劇中に登場した他の「呪い」を当たってみることにします。

  1. 死の瞳
    • 他世界を「呪う」
    • mob 闇霊の配置、ボス HP 増加
  2. 篝火の探求者
    • 篝火の勢いを増すことで、「呪い」もまた勢いを増す
    • 篝火周辺のエリアの難易度を次周回時へ引き上げる
  3. 呪腹の大樹
    • 数多の「呪い」が流れ着いた不死街の、特に酷いものを封じた

番号はシリーズのナンバリングです。特にアイテムに限定はしてません。なぜこれらを取り上げたかというと、少なくともこの三種に用いられている「呪い」という言葉は、同じものを指しているのではないかと考えられるからです。まず上二つ、自他の世界の違いはあれど、「難易度を上げる」という点で同じものです。それでなんですが、「死の瞳」は墓王ニトへの誓約アイテムですよね。このアイテムで引き起こされた災厄によって死亡した者の瞳が、更なる災厄を起こすために「死の瞳」へと変化するそうですが、ニトは死を司るが故に、自らの眷属へこれを与え、また捧げさせています。そして「死の瞳」はバジリスクがドロップします。バジリスクが吐き出す呪いが「死の瞳」から引き出されたものだとするなら、両者の呪いは根源を同じとし、転じて、世界へもたらされる災厄の「呪い」、そして不死が溜め込む「呪い」とは、同質のものであるということが導き出せます。

次に呪腹の大樹のソウルから錬成できる「アルスターの槍」に注目します。この槍は呪腹の大樹に納められた武器だとテキストには書かれていますが、問題はこの槍そのものではなく「アルスター」の名です。『1』に実は登場しているんですね。

呪い咬みの指輪
カリム公アルスターが作らせたと言われる 独特の「咬み指輪」の1つ
解呪石
カリム伯アルスターの秘宝の 1 つ

だそうです。「アルスターの槍」には対象を殺害することによる HP 回復効果があり、これがこの武器の呪いなのかもしれませんが、重要なのは、この呪われた武器を持ったアルスターが、「呪い」そのものについて深い造詣、または強い興味を有していたという点です。アルスター自身が呪いを扱っていた為かその一環として、または自身が呪われることを忌避して指輪を作らせたのか、そこは想像するしかありません。ですが「呪い咬みの指輪」と不死街に流れ着くという「呪い」が結びついたおかげで、それらを「死の瞳」や「篝火の探求者」がもたらす「世界への災厄」と共に、大きな定義でくくることが可能になります。

即ち、「呪い」とは「死」である。

死。または死をもたらす全ての力。世界を呪うことで呼び込まれる難易度の上昇は、即ち「死」という力が引き起こす災厄だった訳です。死は生の結果として当たり前のように存在していますが、灰の時代には存在しなかった概念です。そして生に対する死を火より見出した者こそ、我らが「最初の死者」ニト様でした。グウィンの雷やシースの魔術、そしてイザリスの魔女たちの呪術など、プレイヤーが直接行使できるものではないために影が薄いですが、ニトが司る「死」もまた、生命すべての源たるソウルの一面なのです。ご理解頂きたいのは、「死」とはそれ自体が一つのエネルギーだということ。ニトやネクロマンサーは生命力ではなく、「死という力」を操ることで骸骨(死者)を稼働させていたのですね。漠然とした生の結末ではなく、紛れもない王のソウルの一つとして、「死」は存在するのです。

(追記 : 今思えば呪い(死)が蓄積し、死者に近い状態だったからこそ『1』では幽霊に対して攻撃が有効となったのかもしれません)

みんな死ぬしかないじゃない

ただ、すみません。死ぬことがそのまま呪いなのかというと少し違います。死もまた逃れられない運命と言えますが、それはあくまでも生者の話。灰の墓所から続く祭祀場の侍女はこう言っていました。

「死を糧に、それが我らの呪いですじゃろう?」

不死という存在は、その名の通り「死なない」のではありません。不死とは「何度も死ぬことができる」存在なのです。

王者の遺骨
不死の価値は、死の積み重ねにこそある 終わりなき闘いが必要なのだ

それは通常の生物とは異なる生の在り方です。つまり不死として呪われた者のみが持つ、歪んだ運命。故に生者とは違い、不死にとって「死」とは呪いに他ならないのでしょう。幾度も死を重ね、「死」が暗い穴の中に蓄積していった結果、亡者はその深みを増します。なぜ、死ねば死ぬほどに不死の外形は亡者然として痩せさらばえていくのか。それは「死」が蓄積されていくだけ、不死は死者に近づいていくからでしょう。だから(過去作では)亡者深度に比例して最大 HP が低下していったのです。生命力とは死と相反するものであるが故に。

それはプレイヤーにとっては明らかな不利益なのですが、ロンドールや神々はそう考えなかったようです。なぜかというと、死は力だからです。通常の生物とは異なり、不死はこの力を際限なく溜め込むことができる唯一の存在なのです。言い換えるなら、死ねば死ぬほど強くなる。そんな馬鹿なという話ですが、このゲームにおいて死亡したプレイヤー(キャラクター)が、何度もエリア攻略やボスに挑戦し、やがてはそれらを突破しうるというのは、「死が不死を強くしたから」と言えるのではないでしょうか。分かりやすい数値で表現されていないだけで、不死にとって死亡とは、人間性と引き換えに力を得る行為なのです。だから何度も何度も死んだ末にクリアした人は誇っていいと思います。これは「運」ではないのだと。

そしてこの性質を利用して、自らを鍛え上げていた者たちがいました。ファラン不死隊です。ムービー中、彼らが身内同士で殺しあっていたのは、単純に不死という体質を利用した戦闘訓練という意味もあるでしょうが、死を重ねることで自身を強化する意図もあったのだと思います。或いは深淵の監視者でありながら自分たちがそれに飲まれつつあったからこその自傷行為だったのか。ともかく極めつけが、ロンドールのユリアがさるイベントの報酬にくれた「モーリオンブレード」です。

モーリオンブレード
黒教会の祝福は使用者の危機を喜ぶといい HPが大きく減ると、攻撃力を一時的に高める 異形の姿に相応しい、呪われた剣であろう

つまりこの異形の剣は、装備者の「死」に反応して力を高めている訳です。だったら呪いの蓄積に反応した方がそれらしいのでは、と思いましたが、それではこの剣を扱う際には亡者化しなければならず、またソウルを必要としない火力アップによって低レベル狩りが捗ってしまう。そんな危険な仕様は避けたかったんじゃないかなあ、というのは都合のいい解釈でしょうか。

また過去の記事で申し上げましたが、神は人に枷をはめました。そしてその枷とは、人間が持つ「際限の無さ」に対してのものだったということも述べました。他の生命から貪欲にソウルを喰らい、更には死んだら強くなる。どうすんだよこいつら、ということで、神は人間に「限界」という枷を「椎骨」という形で与えたのだと思います。今でこそ、不死とはいえ死を重ねれば正気を失っていくようですが、かつて枷の無かった人間はそのような制限すらなかった可能性があります。多分、ニトがやったのかなあと。単に「骨だから」ということではなく、ニトは自らが見出した「死」の恐ろしさを知っていたからこそ、人間にとっての「死」を管理できる範疇に押し留めようと努めたのかもしれません。現に古い時代、枷が機能しているんだかしていないんだか分からない不屈の不死によって、最古の王たちは討伐されてしまったのですから。

さて、不死にとって死は呪いであり、同時にエネルギーである。これらを踏まえて、ようやく火の簒奪について語ることができます。

補足 : 死を糧に

話題としては「ついで」に近いのですが、「死を糧に」という言葉は、不死が持つ性質に限定された意味だけではなく、他者を犠牲にするという意味の言葉でもあります。むしろ祭祀場の侍女が口にしたのはこちらの意味合いの方が強いでしょうが、まあどちらにしても同じことなのでしょうね。自身の死だけではなく、他人の死さえも養分とする。まさしく不死とは呪われている。「積む者」たちは自身の人間性の証明のために椎骨を重ねていましたが、それは不死の世界にあって、むしろ人間らしいとさえ言える行為ではありませんか。

一時の呪い
呪われて死んだ者の腕
亡霊は呪われた存在であり それと戦うには自らも呪われる他はない
最も安全に呪われる方法があるのなら 死者の腕を切る冒涜も仕方ないだろう
解呪石
半ば頭骨が溶け込んだ灰色の石
人は呪いに対し無力であり それを逸らすことしかできない
解呪石もまた、呪いを逸らす先でしかなく それは人、ないし人だった何かなのだろう

これなど顕著ですね。呪死した者の肉体には呪いが蓄積しているので、それを一時のみ自分に移すことができると。まさしく死を糧に。また解呪石というのは一部商人が売り出していましたが、五足のバイバル(二枚貝)がドロップしてくれました。あの凶悪二枚貝の正体は不明ですが、貝の中にはたんまりと頭蓋骨が敷き詰められていたこと、そして解呪石自体が頭蓋骨だったことを考えると、きっと真珠が出来上がる要領で「死」が結晶化したものなのでしょう。これにより、一時の呪いとは逆の効果、つまり呪いの矛先を外側へ向けることが可能になるんですね。輪の都にあった解呪の碑は、膨大な数の死者が凝り固まることで出来上がった巨大な解呪石という印象でした。まさしく死を糧に。憶測ですが、犠牲の儀式とやらで作り出すという女神ベルカの犠牲の指輪からも、似た気配を感じますね。

余談ですが、バイバルは解呪石とは別に光る楔石もドロップしてくれました。テキスト曰く「他の楔石とは違い原盤から剥がれた後に力を帯びたと言われるが詳しいことは分かっていない」そうなのですが、たぶんバイバルが頭蓋骨と一緒に楔石を飲み込んだことで生まれたのでしょう。だとすれば楔石に光を与えたのは、不死の呪いということになります。これもまさしく、死を糧に。そういえば『2』の変質強化素材は、楔石に魔力を与えることで生成された物質でした。そして魔力の結晶化は白竜の専売特許。つまり魔力が込められた楔石から雫石に至るまで、遂には虫にまで身を落としたシースが、未だ捨てきれぬ妄念の中で達成した偉業な訳です。そんな白竜の領地であった結晶洞穴にバイバルは生息し、そいつは特別な製法を持つ楔石をドロップしていました。かつシースは人間性の結晶化を促す「呪死」にまで着手しており、同じ業をバジリスクが操っていた点を鑑みるに、さては貝と蛙って、シースの被造物なんじゃないの。探求の過程で生み出したスキュラや獅子族と同じ、人工(?)生命だったのでしょう。ニトの領分である死の瞳まで素材にするとは、本当に手広い奴ですね。

ところでロスリックの大書庫で本から手がニョキニョキ生えてきてましたが、あの青白さはシースのものですかね。だとすると書庫自体に染み付いた白竜の妄執・啓蒙の残滓のようなものが攻撃を加えてきていたのかなあと。呪腹の大樹から生えてきていた巨大な腕と似ていなくもないですが、事が呪いですので、亡者の腕、白竜の腕、どちらでも通るのではないかと思います。

……申し訳ありません。脱線が過ぎました。次にシリーズ中ずっと我々を助けてくれたエスト瓶です。で、エストって結局なんだったんですかね。

エスト瓶
不死の世界に灯る篝火と大きな関わりが あるようだが、その意味はとうに失われている

まーた失われてんのか。しかし一考の余地がある描写がありまして、それは「ロイドの護符」と「ミミック(貪欲者)」です。考えてみて欲しいのですが、不死はエストを飲むことで生命力を得ます。そしてその効果はロイドの護符(不死狩りの護符)によって封じることができます。一方、ミミックもまた護符の力で封じることができました。そしてミミックは人間を、不死を食います。だとするとミミックはエストで動いていたことになり、そして不死が飲むエストとは、「ミミックが食べていたもの」で出来ているという図式が出来上がります。

貴き者の骨粉
かつて自ら篝火にその身を投じた聖人の骨が 灰になったものといわれる。
不死の遺骨
篝火の薪は不死人の骨であり まだ燃え尽きぬそれは新しい薪になる
死を糧とするなら、死に祈ることだ

『1』では火防女の魂を火防女に渡すことでエストの回復量を増やすことができましたが、その業は失われてしまったのでしょうか。それとも火防女という存在が減少していく中で新たな技術が生み出された……のかは分かりませんが、ある時代以降、特定の不死の骨を特定の篝火にくべることで同様の効果がもたらされると、誰かが見出したのでしょう。ニトやネクロマンサーは、そこに宿る死を操ることで骸骨を使役していました。骨は生きていた証であり、同時に死そのものです。ならばそれをくべることでエスト量が増えるというのなら、不死がエストから生命力を得る行為には、「死」が関わっていることになる。つまりこれに関しては言葉通り、「死を糧にしていた」訳です。『3』では特定の条件下、敵を倒すことでエストが補充される現象が見受けられますが、これもまたそういうことなのでしょう。

以上、補足でしたが、本稿の最重要ポイントです。「火は死をくべることでも、その勢いを増す」のです。

火の簒奪者

ようやく本題です。『3』で亡者の国ロンドールは、主人公を担ぎ上げて「最初の火」を簒奪しようとしていました。曰く、火継ぎは神の理であり、奪うべきものだと。そしてその言葉に従った結果のエンディング「火の簒奪者」では、主人公は最初の火をわが物とします。闇の王からは遠く、そして火継ぎに近く、しかし決定的に異なるそれは、果たしてどういったものだったのでしょうか。

そもそも火継ぎとは、火というものがいつか燃え尽きるものであるが故、火から生じたソウルを火へと還して延命を図るものでした。ソウルを自身という器に集め、さらには自らを火へ投じる者は「薪の王」と呼ばれています。そして歴史上、それは幾度となく繰り返され、「火の時代」は辛うじて続いてきたのです。ですが世界の全ては「最初の火」から発生したもの。燃えるもの全てをかき集めていけば、いずれ全ては灰となり、そして灰は燃えません。ですから緊急措置として、最古の火継ぎを再び行おうする計画が持ち上がります。そこから先は、皆様がよく知る通りです。

ではロスリックの火継ぎに対し、ロンドールの火の簒奪とは何だったのか。ロンドールの建国者であろう「闇撫で」のカアスはかつて確かに語りました。「火を消せ」と。火によって生きる神々は火の消失によって死に絶えるでしょうが、後には闇が残ります。そして人は闇から力を取り出すことができる、闇の子供なのです。では消えることを望んだ火を今さら奪えなどと、長い時の中、心変わりでもしたのでしょうか。

カアスが何を考えていたかは今では分かりませんが、しかし過去の記事でも述べたように、元より火と人は相反する存在ではありません。元来、人は火によって生じた闇からダークソウルを見出したのです。人間性が火への憧憬と切り離せないのなら、火を奪おうとする在り方こそ、人の本質。にも拘わらず人の不死性が火の勢いに隠されてしまっているのは、神が人へ火の封を施したが故であり、それは不死の力を恐れ、また火が不死の手に渡ることを忌避したからではないかと考えられます。以来、封によって不死の発現と火の存在は矛盾するものになってしまった訳です。しかしながらカアスとロンドールは、その矛盾を解決する方法に行き着いたようです。それが薪の王でも闇の王でもない、亡者の王です。

ヨエルによって暗い穴を穿たれたところから、ロンドールが主人公を王とする動きは始まっていました。挙句、限界まで力を引き出しておきながら、「伴侶」としたアンリから更なる暗い穴を頂戴させられる始末。まったく、こんな穴だらけにしやがって。やはり統治者に相応しい、呪いに負けない強い人間性を求めていたのでしょうか。それもあるのでしょう。しかしそれだけではなく、むしろロンドールは、無尽蔵に溜まっていく呪いにこそ興味があったのだと思い至りました。

そも最初の火の炉それ自体が、世界維持のために神が作ったシステムなのでしょう。故に火の炉が最盛を迎えることで、世界と神々に力が行き渡ってきた訳です。ならば「簒奪」とは、文字通り火を炉から奪う行為なのだと考えます。更に言うなら、ロンドールは自前の炉を用意する準備があったと思うのです。神に火を与えず、人だけが火を独占できる炉、「亡者の王」という不死の炉を。

灰とはソウルの器なのだと、火防女は述べました。故に薪を探り当て、王のソウルと、その器たる資格までも継承することができた訳です。同じなのではないでしょうか。ロスリックが灰に器たるを求めたのなら、ロンドールもまた同じものを灰へと求めたのではないでしょうか。陰りゆく火にソウルをくべる。灰がそのための容器だとして、しかしロンドール製の器は一味違う。

火が強くなれば呪いもまた強くなる。ならば逆も然りでしょう。呪いが強くなれば、火もまた……。不死にとっての死は呪い。そして亡者の王が、死というソウルを、底なしに蓄えることができるのなら、それはまさに「無限の薪」と言い換えられはしないものでしょうか。或いは、呪いもいつかは燃え尽きるのかもしれません。しかしご心配なく。器の中身が尽きたならば、死して薪を戻せばよい。ロンドールの技術力は世界一。その為に、幾重に死を重ねようとも心折れぬ亡者の出現を、ロンドールは望んだのですから。いえむしろ、火によって焼かれ続けるだけで勝手に呪いは充当されていく可能性すらあります。あのエンディングでは、世界から遂に火が消え去りました。しかし何のことは無い。最初の火は、その炉を移しただけのこと。主人公が到達した存在とは、永久なる人間の王であり、底なしに燃え続ける、暗き薪の王だったのです。

ロンドール戦記、ここに終結。

世界蛇からの卒業

ロスリックはアノール・ロンドをモデルにした国だと思われます。グウィンらと旧知の間柄であったフラムトが、火継ぎのノウハウを人へと伝え作り上げた国なのでしょう。『3』は『1』で行った王のソウルの回収を追体験する物語なので、かつての旅路の再現、或いは逆回しとして、まず王都より出発するんですね。

対してロンドールですが、こちらはカアスが関わっていること、そして国名から推察するに、かつての小ロンド遺跡を基盤とした国だと思われます。最初は「黒教会」という名称から、ペトルスなどがいた、白教のソルロンドが元かなあと思ったのですが、こちらは恐らく深みの聖堂になってしまっていますね。ソルロンド(太陽の輪)の信徒であり、おぞみを封じるべき彼らがおぞみに飲まれ、あまつさえそれらを信仰するようになってしまったという末路が描かれているのです。聖職者に容赦なし。

ともかく、二匹の世界蛇は、互いに国まで興し、最初の火を巡って争い続けてきた訳なのですが、『ダークソウル 3』という物語は、そのどちらの勢力に加担するかという物語でもありました。そしてこれは『1』のマルチエンドの条件と全く同じです。我々は長い時を経て尚、世界蛇の因縁に巻き込まれ続けていたのです。故にそのどちらでもない、「火継ぎの終わり」を迎えるエンディングこそ、火への固執、そして暗躍する蛇の陰謀から脱却し、シリーズを自らの手で終わらせる、本当の結末と言えるのです。

まとめ

  • 呪いはソウル
  • 呪いはすごいよ 無いと困るよ むしろ呪いが薪だよ

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