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古竜新書

はじめに

今回は『ダークソウル』陰の立役者「古竜」、その正体について。実は過去記事で結論だけは述べてしまってるのですが、幾らか訂正がありますし、その上で広げたい話もあります。という訳で行ってみましょう。

……が、その前に注意事項。今回は話の根幹に「世界絵画説」を使用します。「世界絵画説」というのは適当に名付けただけなので皆さん自由に呼んだらいいと思うんですが、要するに「『ダークソウル』は絵の中の世界だった」というものです。これ個人的には気に入ってるんですが、話の拡げ方が派手過ぎて、多分受け付けない方は徹底して受け付けない類の与太話だと思うんです。なので最初に提示しておいた方がいいかなと思った次第。なんのこっちゃ分からんという方は、後程要約させて頂きますが、まずはこちらを読んで頂くと宜しいかと思います。では今度こそ参ります。

逃げるは恥だが竜になる

灰の時代と岩の古竜

初代『ダークソウル』 OP 、全文引用です。

古い時代

世界はまだ分かたれず、霧に覆われ 灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった

だが、いつかはじめての火がおこり 火と共に差異がもたらされた

熱と冷たさと、生と死と、そして光と闇と

そして、闇より生まれた幾匹かが 火に惹かれ、王のソウルを見出した

最初の死者、ニト

イザリスの魔女と、混沌の娘たち

太陽の光の王グウィンと、彼の騎士たち

そして、誰も知らぬ小人

それらは王の力を得、古竜に戦いを挑んだ

グウィンの雷が、岩のウロコを貫き 魔女の炎は嵐となり 死の瘴気がニトによって解き放たれた

そして、ウロコのない白竜、シースの裏切りにより、遂に古竜は敗れた

火の時代のはじまりだ

だが、やがて火は消え、暗闇だけが残る

今や、火はまさに消えかけ 人の世には届かず、夜ばかりが続き

人の中に、呪われたダークリングが現れはじめていた…

ひゃ〜、おもしろそうなゲームだなあ。「デェクソウル」っちゅうんか〜。

古竜。何もない世界で、最初から在ったものども。最初の火によって初めて「生命」という概念が生まれ、また増え広がった訳ですが、古竜とはそれ以前から、まさしく「在った」ようです。

竜頭石
朽ちぬ古竜の力を宿した石
古竜に祈り、近づこうとする超越者たちの秘儀
人頭を竜のそれとし、竜のブレスを吐く
超越者の目指すものは、生命の超越であり
そのために古竜の完全な似姿を得ることである
この秘儀はその入り口にすぎないが
その変態効果は死ぬまで解けることはない

次に『DARK SOULS DESIGN WORKS』の巻末インタビューで宮崎現社長はこう仰っています。

「『ダークソウル』のドラゴン、古竜って、ちょっと特殊なイメージがあって、生命が生まれるまえから世界にある、半分鉱物というか、超越的な存在。でも、もう彼らの時代ではなくて、現存するのはその生き残りみたいなイメージなんですが、『じゃあどうなってるの?』といったときに、生命の毒のようなものに侵されているんじゃないかと。生命の毒ってのは、感情というか、業というか、そういったもの」

これは「貪食ドラゴン」のデザイン及びその成り立ちについて述べたものなのですが、逆を言えば古竜というのはあらゆる業や執着とは無縁の存在なのでしょう。ついでに言えば「生」や「死」すら最初の火から生まれた概念であるが故、古竜とはそのようなものには囚われません。生命じゃない。アニメじゃない。だから死にもしない。竜頭石(竜体石)での変態が死亡によって解除されるのは、「死」ぬ時点で不完全な変態であり、また超越者としての在り方と「死」が相容れないからなのかもしれません。

では竜とは何ものなのか。どこから来て、なぜ存在しているのか。或いはこれを謎と思うことが愚者の行いなのでしょうか。竜は、灰色の世界に、ただ在った。これが「答え」であり、なるほど、竜を語るならそれだけで十分なのでしょう。ですが……なんだっけ、なんか荘厳なこと言おうとしてたけど書きかけて放置してたら忘れちゃった。

まあ御託はいいんです。じゃあ竜の正体について考えていきます。

人の可能性

竜についてを語るべく、人についての話をします。

こんな記事こんな記事を書きました。内容はロスリック天使信仰とエルドリッチが見たという「深海の時代」についてのうんぬんかんぬんですが、天使そのものについても触れています。

巡礼の蝶 天使

有翼にして半身を根とする「人に似た何か」

ロスリックを飛び回る巡礼の蝶、そして吹き溜まりにて飛翔する天使。両者は多くの共通点を持ちます。有翼であり、下半身の代わりに木の根のようなものが垂れ下がっている。簡潔に言ってしまえば、巡礼者が己の闇を育み、しかし早い段階で溢れさせてしまったものを「蝶」と呼び、更に多くの時をかけて育てた者だけが蛹となり、空に天使を見出すことが叶うようです。付け加えるのであれば蛹となれるのは女性だけだとも推測しました。天使という存在には「月」が関わり、それは原則、女性だけが持つ力であるからだと。

さて実はこの蝶と天使は過去既に予見されていました。

天使 月光蝶

有翼にして半身を根とする「人に似た何か」 その 2

天使ビーム 月光蝶ビーム

月光蝶である。

「書庫」と上空を飛ぶ「蝶」というキーワードが登場した際にピンときた方も多いでしょうが、名称や形状を鑑みても、巡礼の蝶が月光蝶に似せてデザインされている事は偶然ではないと信じます。そして二つの蝶は天使に似ている。

月光蝶とは白竜シースの被造物なのだそうです。どうにもシースの探求は人に向いていたようで、それ故に「人」について深い理解を得ていたと考えられます。そして実際に、人間は遠い未来、蝶や、蛹を通しての天使に変態するのであり、そういった「人の行末」を再現したものが「月光蝶」なる怪物だったではないでしょうか。

しかし誰が知りましょう、他ならぬシースが、そも同じ特徴を有していたことを。

有翼 触手

白竜である。

「有翼」と「半身の触手」。人が至る蝶と人を基に造られた蝶、それら二つは天使に通じ、しかしそのどれもが古竜シースの似姿でした。一体どうなっているのか。説明を要求したい。

竜の末裔
闇喰らいのミディールのソウル
古い竜の末裔ミディールは、神に育てられ 朽ちぬが故に、永遠に闇を喰らう使命をもった
古竜画の大盾
蛇人は、悲しいほど卑小な末裔にすぎないが そこにすら朽ちぬ古竜の一端が見られるのだ

これらのテキストから読み取れる重要なポイントは、竜にも「末裔」という概念があるということ。だからと言って生死の無い竜が生殖・繁殖を行うかは不明であり、我々には及びもつかない方法で世界に生じるのかもしれませんが、とにかく「末裔」というからには「世代」という概念もあるんじゃないかと思うんですね。

また劇中に登場した竜は、シースを除いて四つ足の形態でした。石の古竜や黒竜カラミット、眠り竜シン、そして上記のミディールなどですね。これら三体のうち「末裔」と明記されているのはミディールのみ(ちなみにややこしい話ですが、シンは古竜と明言されていない……はず。『2』ではどうも竜を人工的に生み出す技術が確認されている為に、シンにも様々な可能性が生じてしまうのですが、取り合えずこの記事では重要じゃないのでスルーします)。なのでカラミットが「末裔」に該当するかは完全に想像に頼る形になってしまうのですが、要するに何が言いたいかというと、竜の「四つ足」は代を重ねて獲得したものなのではないかと。

ならば灰の時代に、例えば古竜最初の世代なるものが存在していたとして、本当に古い竜とはどのような姿をしていたのでしょうか。それこそ白竜シースと同じ「有翼」と「触手の半身」だったのではないかと推察します。

ちなみに以前はこの部分、なぜか簡単に断言してしまっていたのですが、どうもシース以外の古竜がシースと同じ外見であったという確たる場面が存在しない……のか、単に忘れているだけなのかは不明ですが、以下の画像を取り合えずの根拠とさせてください。

古竜狩り、ニト 古竜狩り、シース

たぶん触手。

共に討伐される古竜をチラ見せしてくれるありがたいシーンなんですが、これ竜のどの部分ですかね。「尻尾じゃねえの?」と言われると「そうかも……」となるんですが、特に左の画像、ニトの瘴気で朽ちていく体のパーツを、わざわざ体の背面、その末端(尻尾)だけ描くかなあとも思うんです。古竜の半身が触手で構成されているという事実、これを OP の時点では匂わせるだけに留めておきたかったんじゃないかと。ふんわりした憶測なので申し訳ないんですが。

ちなみに灰の時代には四つ足形態の古竜もちゃんといるようです。

古竜狩り。古竜狩り

たぶん四つ足。

こっちもこっちではっきりと分からんな……。まあこの雷の弾幕が飛び交うシーンでの竜は恐らく四つ足。比較的新しい世代の竜だったんじゃないかと思います。竜とは「触手形態」と「四つ足形態」を自由に行き来できるのではないか、なんて事をほんのり思い付きはしましたが、ややこしくなるので捨て置かせてください。最も古い竜は下半身が触手、末裔たちは四つ足、当サイトではこんな認識でいきます。ご協力お願いします。

そんな訳でぼんやりした検証も済んだところで、シースを始め、本当に古い竜たちは「半身が触手」という形態を有することが分かって(?)きました。では、なぜ古竜たちと、人の変態であるはずの蝶や天使が同じ特徴を有するのか。ようやくこの部分に辿り着けました。非常にシンプルな話。竜とは、人だったのです。

岩のウロコ

以前、人間性が持つ異様な可変性について話をしました。それは如何様にも姿を変えるのだと。

岩、結晶 花 虫

人間性が深く関わる場所に必ずと言っていいほど存在する、「石(結晶)」と「花(植物)」と「蟲」の豪華欲張り 3 点セット

故にそれを身に宿した人間は、内なる人間性の変化には逆らえない訳です。

石化 木化 虫化

「石化」、「木化」、「虫化」

人のみが「変わる」。シースの研究成果であるスキュラが元聖女であった事もそうですし、『2』ではオーガ(サイクロプス)や獅子族も該当します。なぜ後ろ二つが元人間と言えるのかというと、あれらが「石化」していたからです。人間性が石になった結果、器である肉体もまた同様に石になる現象を「石化」と捉えるなら、人にのみ起こる状態異常を負った事で、例えどれほど元の形態から変わろうとも人であると解釈できます。外形に依らず、人間性の内在こそ人の本質なのだと。

思えばシリーズにおいて人が竜に至る道は常に模索されていました。それが上の方で取り上げた「竜頭石」「竜体石」だった訳ですが、思えば人のみが竜を目指した辺り、やはりそれは人にしか存在しない素養だったと捉えるべきなのかもしれません。そうした上で、ロスリック王城で行く手を塞ぐ二体の飛竜について思いを馳せてみると、あれらからは「人の膿」が生じていました。名の通り膿が人にのみ溜まるものであるなら、少なくともあの飛竜は人と遠からぬものなのだという示唆だったんです。

そんな訳で古竜のウロコについて。

「朽ちぬ」事が竜の代名詞ですが、同時に「岩の古竜」とも呼ばれました。竜は岩のウロコを纏っていたそうですが、あれは人間性ないし「闇」が上述の通り凝結したものなのでしょう。古竜狩りの際にグウィンたちがまず雷の力で岩のウロコを砕いたのは、それを構成する「闇」の反属性が「雷(光)」だからなんですね。飛竜など竜に属するものたちに対し、基本的に雷属性が有効なのはそういう所を由来とする訳です。

人だけが竜へと変わり、また人だけが持つ闇がそのウロコ足りえる。人を竜とする材料は揃ってきましたが、問題はまだ残っています。

世界絵画説

「岩の古竜」の岩たる由縁、ウロコについては何とか説明できましたかもしれません。しかし人を竜に仕立てる上で最も大きな問題が時間軸でしょう。灰の時代、火が起こるまで人はおらず、ならば人の誕生以前に在った竜が人の成れ果てであるはずもない。

例えば『3』で最初の火が消えた後に世界が灰の時代に戻った、なんて考察がありますが、確かにそれならば筋が通ります。火は灰へ回帰し、その後残った人間が竜になったと。……ただ記憶が確かなら宮崎社長がそのループ説をインタビューで否定なさっていた気がするのですが、個人の考察なのでその辺は「なんでもあり」とさせて頂きたいところ。そうした上で、当サイトはループ説の亜種とも言える「世界絵画説」を提言したい。

『3』DLC はアリアンデル絵画世界へ引きずり込まれるとこから始まり、絵描きのお嬢様が望む「暗い魂」を持ち帰る所までが描かれます。一見して本編に喰い込まない、ただ「暗い魂(ダークソウル)」に触れるだけに留まったという御意見に対し、以前こういう見方もあるのではないかと述べさせて頂きました。

お嬢様はアリアンデルの「火」とゲール爺から託された「暗い魂の血」を使って画を描く訳ですが、それは「灰」と命名されます。

「ずっと寒くて、暗くて、とっても優しい画…。きっといつか、誰かの居場所になるような」

世界を追われた忌み人たちの居場所とはどのような場所か。それは優劣無き故に差別も迫害も存在し得ない「差異なき灰の時代」。そうして「暗い魂」を顔料に絵画世界『ダークソウル』が創世した訳です。そう解釈すれば、 DLC とはシリーズ原初の謎に対する確かなアンサーだったと思えてきます。ソウルシリーズ、その終わり。影ではひっそりと「始まり」が提示されていた。火継ぎの傍ら、世界は描かれていたのでした。

かくしてお嬢様が望んだ通り、忌み人たちは絵画世界「灰」へと集うのでしょう。そこは差異無き優しい、忌み人の為の世界。新たに幕を開けた灰色の世界で、今や彼らは竜でした。

捕捉 : 世界絵画説の嘘

この場を借りて申し開きがしたいのですが、実は「世界絵画説」について一つだけ嘘をついていました。いや嘘というか、黙っていたというか。

だが、いつかはじめての火がおこり 火と共に差異がもたらされた

熱と冷たさと、生と死と、そして光と闇と

「ずっと寒くて、暗くて、とっても優しい画…」

ちょっとした齟齬がある事をご理解いただけるでしょうか。灰の時代には差異が無い故、「熱と冷たさ」、「光と闇」もまた存在していなかったようです。つまり絵描きのお嬢様が「寒くて暗い世界」を描いたのなら、灰の時代ではあり得ないのだと、「世界絵画説」にはこのような穴がある訳です。この点に関しましては口を噤んでいたのが実のところであり、悩みどころではあったのですが、ちょっと前に「一応」解決しました。

これは言葉をどう捉えるかという話になってしまうのですが、要するに灰の時代は「冷たく」「暗い」世界ではあったものの、それは「絵画の外側」からの観点だったのです。「外」から見て冷たく暗くとも、「内」にはそのような概念が未だ存在しない。「最初の火」とはビッグバンとか、人類と火の歴史の始まりのメタファーだった訳です。ビッグバン、つまり火が生じたことで「熱」と「光」の概念は生まれ、瞬間、それまで普遍的に存在していた「冷たさ」と「暗さ」に名前がついた、ただそれだけの事だったのではないかと思い至りました。光が無くとも闇はあります。しかし闇と名付けられる言われが無い。ならばやはり、光無くして闇は無いという話なのかもしれません。そんな感じで、ひとつ。

絵画の底で

そんな訳で、人は人だけが持つ闇をウロコと纏い、絵画を使ったある種のタイムトラベルにより、灰の時代に君臨するのだという仮説を立ててみました。しかしここまでは以前申し上げたこと。ここからはもう少し深みを目指してみましょう。

前述したように、人が変態する「月光蝶」「巡礼の蝶」、そして蛹を通して見出された「天使」は特徴を共有します。

月光蝶 巡礼の蝶 天使

有翼にして半身を根とする「人に似た何か」のみなさん

故にこんなことを言っていました。天使こそ「原型」であり、あれが岩のウロコを纏ったものが古竜なのではないか

時間軸的に天使が最も後期の形態であるので、その登場は「世界絵画説」と合わせた竜への示唆なのかなと当時はそう納得していたのですが、今では考えが変わっています。本稿ではそれをご紹介したい。

さて人が進化の果てに取る「有翼」かつ「下半身を根とする」形態はこんなところにも見出せます。

聖堂騎士の大盾

ロスリックの先王の紋章

聖堂騎士の大盾
深みの聖堂の騎士たちの分厚い鉄の大盾
その表面に黄金で大胆に描かれた天仰ぐ大鳥は ロスリックの先王の紋章として知られるものだ

聖堂騎士たちがロスリックにまつわるシンボルを身に着けていたのは、両陣営の関わりを推測させるものですが、それは取り合えず置くとして、問題はこのシンボルがどう見えるかという話。見たまま、書いてあるままに「天仰ぐ大鳥」であるなら下半身のそれは根でなく尾羽なのでしょうが、「巡礼の蝶」や「天使」に意図して似せていると受け取っています。

つまり志高らかなこのシンボルは、やがて巡礼の蝶が飛び交い、天使信仰が蔓延した自国の未来を暗示するものでもあった訳です。希望と共に抱いた夢や高潔さが、見た目だけは似た悪夢に沈む。火継ぎの道が呪われているなら、それを悲願としたロスリック国の末路としては相応しいのでしょう。

ここで取り上げたいのは「鳥」というキーワードです。

変態こそ人の本質。人はみな、変態。しかしこの変態機能はまだまだこんなものではありません。劇中、人は多くのものに変わりましたが、その一つがまさしく「鳥」です。

鴉人 鴉頭

「鴉人」と「鴉頭」

鴉人の大短刀
異端の語り部に導かれた 忌み者たちの短刀
短剣としては大きく、攻撃力も高いが その大きさは、むしろ恐れの現れだろう
哀れなこけおどしだ
語り部の杖
忌み者たちに絵画の伝承を伝える 異端の語り部の杖
彼ら自身もまた居場所ない忌み人であり その体も、魂も、杖も、全て穢れている

世界に居場所を持たない忌み人を誘うものがいて、彼らは絵画の中で鴉に変わったのでしょうか。画像左側の鴉人は絵画の外でも散見しますが、右側の鴉頭は絵画の中にしかいない所を鑑みるに、絵画に留まり続けたものは、より深く鴉に変わっていくと推測できます。

またアリアンデルの方ではなくエレーミアス絵画世界にも鴉人と呼ばれるものたちはいました。形状こそ違うのですが、以前は「ハーピー」などと呼ばれ復讐の証マラソンにご協力頂いた方も多いのではないでしょうか。彼らは正式には「ベルカの鴉人」だそうなのですが、情けない話「罪の女神ベルカ」に関しては途方も無さ過ぎて考えるのを止めているので、今は絵画は人を鴉に変えるという部分にのみ着目して頂きたい。

さて、そもそもなぜ絵画を潜れば人が人でないものに変わるのかというと、ここに「深み」という要素が絡んでくるものと思われます。

人の澱み
人の内にある最も重いもの。人の澱み
それはどんな深みにも沈み 故にいつか、世界の枷になるという
深みの加護
深みは本来、静謐にして神聖であり 故におぞましいものたちの寝床となる
それを祀る者たちもまた同様であり 深い海の物語は、彼らに加護を与えるのだ

要するに「人の澱み(人間性)」は深みへと沈んだ先を寝床として、「おぞましいもの」へと変化する訳です。上述したように内在する人間性の変化に、器である肉体は引っ張られてしまいます。そうして人間性の可変性に付き合わされる形で生まれたものが、過去シリーズに存在していた「異形異類の人間」であり、巡礼の蝶であり、蛹を通した天使であり、またその仕組みを利用して作り出されたのがシースの月光蝶なのでしょう。

だから鴉人や鴉頭も同じ。絵画を潜ることで引き起こされる人間性への変化が、器である人間を鴉へと変えてしまった。「なぜ鴉なのか」は分かりません。それこそベルカ方面の読み解きが必要になるので、前述した通り「分からない」としか申し上げられない。ただ一つ言えるのは、「信仰」が変態の方向を定めている気はしています。

光と闇は最初の火によって分かたれました。故に光(雷)の奇跡や武器が信仰補正によって強化されるように、闇の奇跡や武器もまた信仰補正が乗る。つまり闇が祈りに感応する性質を持つのであれば、世界を追われた忌み人たる彼らの祈りが、彼ら自身の闇を刺激し捏ね上げ、肉体を「鴉の形」へと変化させたのでしょう。

そしてもう一つ。

強い深みのソウル
魔術師でもあった大主教マクダネルは 聖堂に澱むソウルに歓喜したという
素晴らしい、ここが世界の底であると

単純な深度のみに関わらず、人間性が澱んだ場所が「深み」となる。マクダネルはその深みを指して「世界の底」と認識したようなのですが、並べて気にしたいキーワードがあります。アリアエンデル絵画世界の篝火の一つ、「絵画の底」です。

単純に絵画世界の最も深い場所と捉えることも出来ますが、この篝火名を「世界の底」になぞらえているのだとすれば、「絵画の底」及び、絵画世界そのものが一種の深みであると読む事も可能でしょう。深みはそこに澱んだ人間性を変えてしまう。故に忌み人たちの祈りは、絵画という深みにおいて、己に内在する闇(人間性)に一層干渉し、自身を鴉へと変えたのではないでしょうか。

絵画にのみ生息する「白木女」も同様の存在であるはず。

白木女

「白木女」

思えば白木女は火の粉を纏い放ってきますが、彼女たち自身は炎に弱い。また絵画の外の話ですが、人の澱みは「残り火」をドロップしながらも、自身はやはり炎に弱い。炎に近しくありながらも炎に焼かれる事で苦しむのは、深みに属する者の特徴なのかもしれません。ちなみにその最たる者が「深みの聖者」エルドリッチです。人喰いにより取り込んだ人間性は彼の中で蟲となり、そして力となり、それ故に薪の王たる火を宿しながらも、しかしエルドリッチ自身は炎属性に酷く弱い。だって蟲は炎に弱いから。大きな矛盾を孕んだ存在でした。

人の膿 エルドリッチ

「人の膿」と「エルドリッチの薪」

深みもまた闇属性。しかし別段、闇が炎に弱い設定は無かったはず。上述した通り、むしろ闇の反属性は光(雷)です。深みに澱んだ闇が「おぞましいもの」へと変化したとたん、それは炎に焼かれる「実体」をも獲得してしまったという話なのかもしれません。何よりも火を求め続けた「闇」の末路が火から遠ざかる事だとは何たる皮肉でしょうか。

世界の底の、更に底

要するに絵画世界とはある種の深みであるという部分を念頭に置いて欲しい訳ですが、ここで一つの大きな仮定を置きます。思考実験と言っていいかもしれません。

「絵画という深みの中で、更に別の絵画へ潜った場合、それはどのような変化をもたらすのか」

話は変わりますが「鳥が恐竜から進化した」という論説をご存知でしょうか。今なお議論の盛んなテーマらしいのでここで詳しくは取り上げませんが(難しくて分からない)、こと本シリーズにおいてその大雑把なくくりであるところの「鳥の祖先は竜である」という説を採用しているのだとすると、朧げに見えて来るものがあります。そこで上述した仮定が使える訳です。結論を言いましょう。

絵画の中で鴉となった忌み人が、続けて絵画を潜った場合、それらは竜へと変態する。

恐竜が進化して鳥になったなら、その逆はどうなのか。ここでの恐竜はそのまま古竜に当てはまります。最初の火がビッグ・バンを元ネタとして設計されたものなら、古竜の元ネタの一つは分かりやすく恐竜なのでしょう。思い出して欲しいのが、無名の王が搭乗していた竜です。半ば鳥類のような形態だったあの竜は、竜の中でも世代を重ねた個体だったのかもしれません。恐竜が鳥になったように、古竜もいずれ鳥になる、その途上だったのではないかと。

だとすれば、竜が時代を経て鳥になるのなら、絵画を使った変則的なタイムトラベルによって、それは逆転しうるのかもしれません。世界の底よりさらに底。本来であれば存在し得ない深度への潜航が、絵画という経路によってのみ可能であるなら、鴉となった忌み人にのみ、「鳥から竜」というある種の先祖返りがもたらされるのだと考えられます。

飛竜を以て他国を制したというロスリックが掲げた大鳥のシンボルは、こうした忌み人の未来を、或いは原初の過去を暗示していたのでしょうか。

これからの古竜の話をしよう

竜の始まりについては語り終えました。ここからは竜の行末について。

そして、灰の時代と岩の古竜

忌み人が絵画世界で鴉になり、その中で更に「灰」の絵画に潜ることで竜となる。それが灰の時代と古竜の由来でした。正しいかは知りませんが、当サイトではそのように扱っていきます。で、古竜について言いたいことはほぼ言い尽くしたのでここからは補足になるんですが、こんな事を前述しました。人間性は如何様にも姿を変えると。

岩、結晶 花 虫

「石(結晶)」と「花(植物)」と「蟲」

だからそれを宿す人間もまた、内なる人間性の変化によって様々な変態を遂げる。ちょっとした復習ですね。

石化 白木女 鴉頭

「石化」、「木化」、「虫化」

人の変態の最たるものが古竜であり、それが絵画世界を二重に潜る事で引き起こされたのだとして、どうやらその変態は竜のみに留まりません。

世界はまだ分かたれず、霧に覆われ 灰色の岩大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった

「灰色の岩と大樹」、そう「石」と「植物」です。人間性が変化する大きな 2 つが、世界の始まり、灰の時代には存在していた。ならば古竜と同じくこれら岩と大樹もまた、絵画の外からやってきた人間の成れの果てなのかもしれません。しかしこれに関しては別の解釈もあって、この「灰」と名付けられた絵画世界が「暗い魂の血」を顔料に描かれたものなら、世界そのものがダークソウル(闇)によって形作られていると言い替える事が出来ます。人間性とはダークソウルの欠片だそうです。もしも人間性の変質機能が、闇それ自体の有する機能を引き継いだものだとするなら、「灰色の岩と大樹」は人間性を由来とするものではなく、顔料である「闇」が絵画の中で変質し生成されたものなのかもしれません。だとすれば、それはそれで「世界は闇(暗い魂)によって描かれた絵画である」という仮説を補強してくれていると思えるのですが、皆さまはどう受け取ったでしょうか。

また一方で「エレーミアス絵画世界」の時には存在しなかった白木女が「アリアンデル絵画世界」には存在していた点は感慨深い。これは絵画という深みで人は時に木に変態するという印象を強調する為であり、やはり灰の時代における灰色の大樹とは、外部から渡ってきた人間が成り果てたものなのだという示唆にも思えます。サイドストーリーに終始していたとされる『3』の DLC ですが、振り返ってみると結構な量のヒントを放出してくれていたんじゃないでしょうか。ありがたや。

環の外から再び内へ

人から竜への変態について、補足事項をもう一つまみ。

巨人という種がいました。彼らもまたシリーズでは欠かせない存在であり、『2』では特に重要でしたね。彼らが何だったのかというと、『3』の暗月騎士団総長ヨルシカはかく語りました。

「かつて我らの父グウィンは、火の陰りを憂い自ら薪の王となり 以来人の子ら、その英雄たちが、火を継いでいきました」

この言を信じるなら、巨人ヨームもまた人という事になります。議論の分かれる部分だとは思うのですが、仮にヨームや歴代の「巨人」を一括りに「巨大な人間」だとします。そうなると『2』アンディールの館で巨人のソウルから仮初とは言え竜を製造していた事の意味が深くなるでしょう。人は竜になる、その素養を持つ。だから巨人から竜は造れる訳です。人が持つ変身能力、そしてその果てに竜が座するという示唆は、シリーズの一大テーマとして予断なく描かれていたんですね。

更に付け加えるなら、巨人は「巨人樹」に変態します。人間が植物へと変わり、巨人もまた人間であるなら、やはり巨人もまた同様の変態を迎えるんです。

巨人樹

巨人樹

巨人の木の実の種
朽ちた巨人は大樹へとその姿を変えた
死は終わりではなく、生きとし生ける者は 再生の環のなかにある
ならば、その環の外に出た者はいったいどこへ行くというのだろうか

このテキストが結局何を指していたかは分かりませんが、人が二度の絵画潜りによって竜となり、超越者として生死の輪を外れた事の示唆。それを巨人という「人の亜種(?)」によって示していたのだとすれば、何とも遠大なお話です。

少し話は戻るのですが、超越者たる竜もどうやら世代を重ねていた事は前述した通り。そうして生まれていったのが飛竜であり、蛇人ないし蛇であり、鳥でしょうか。

鴉

火継ぎの使い、鴉

コルニクスの上衣
かつて鴉は、火継ぎの使いであり 不死たちを古い神々の地へ導いたという

このテキストは『1』で不死院から祭祀場に運んでくれた鴉の事だと思いますが、古竜(恐竜)が世代を重ねて鳥に成っていくのなら、やはりあの鴉もまた竜の流れにあるものなのかなと。また『2』には『1』のイベントを踏襲した、プレイヤーや呪縛者を運ぶ大鷹がいましたが、あれも大元は同じなんでしょうね。

そんな感じで、かつて生死の超越者であった古竜は、世代を重ねていく内に、再び生死の輪の中に戻っていったようです。かつて人だった忌み者達は、絵画の中で人を超え輪を外れ、やがて人でないものとして再び営みを紡いでいく。絵描きのお嬢様が望んだ「居場所」とは、或いはそのような円環であったのかもしれません。

古竜の座

古竜についてはこんなものかなと思ったのですが、末尾の前にもう一つ付け加えるべき事を思い出しました。

火の時代の終わりから世界の始まりへと流れ着いた忌み人たちは、超越者として灰色のバカンスを満喫していたようですが、突如「火」が生まれ、それは世界に色を付けました。この火は絵描きのお嬢様が絵画へと描いた事で生まれたと見ていいでしょう。彼女は火を描くために、火を見たがっていたのです。不思議なのは、彼女は忌み人たちの居場所を望み画を描いたにも関わらず、差異の根源となる火を描き入れた事。何がしたかったのでしょうか。前述の通り、忌み嫌われた者達の血を鳥として空に昇華させてやる所までが望みだったのでしょうか。ともかく差異から逃げてきた忌み人たちは、やはり差異によって討ち倒される事になります。

そうして古竜は狩り尽くされました。数少ない生き残りであるミディールやシンなどと相まみえる事はありましたが、前述したように下半身が触手で構成された「最初の古竜(仮称)」たちとは終ぞ出会う事は叶いませんでした。

ちなみに『1』の灰の湖で出会った個体は「石の古竜」と言います。

古竜の大剣
灰の湖に座するかつての朽ちぬ古竜の末裔 石の古竜の尾から生まれた武器

古竜への道 1 古竜への道 2

ドラゴン・ザゼン

分かりづらくて申し訳ないのですが、『3』のジェスチャー「古竜への道」は、画像(左)で石の古竜が取っている姿勢の踏襲となっているようです。竜を追う者が竜の姿勢を模倣するのは当然の事なのかもしれませんが、石の古竜が末裔であり、本当の本当に最初の古竜たちには座禅を組む下半身すら無かった仮説を思うと感慨深い。或いはこの座禅、最初の古竜たちには存在しなかった半身を表現するものだったのかもしれませんね。石の古竜が「樹」に座するのは、末裔とは言え本物の竜なればこそ、古竜が持つ真の姿を理解していたからだとも想像できるのですが、どうでしょう。

……と、古竜については大体の事を語り終えましたが、肝心な部分がまだ残っています。

朽ちぬ古竜、朽ちぬにも関わらず、本当に絶滅したのでしょうか。いえ、思うに古竜とは未だ滅びてはいません。恐らくは、一体たりとも。そんな事にはならないから、あれらは超越者なのです。

古竜は朽ちぬ

古竜が朽ちぬ由縁はその岩のウロコだったようです。ウロコは人間性(闇)が凝結したもの。故に反属性である雷(光)によって砕く事が可能であり、鱗を失くした竜は炎や瘴気により討ち滅ぼせるのだと。ただミディールも「朽ちぬ」と明記されている割に普通に倒せた気がしますが、あれは闇を喰らい続けた事でガッタガタになっていたのでしょうか。兎にも角にも朽ちぬとされている古竜を「倒す」手段は存在する訳ですが、生死という概念を持たず、故に朽ちぬ彼らにとって「倒された」とはどういう状態を指すのかという話を最後にします。

再三の繰り返しになりますが、岩のウロコを纏っているが故に、彼らは「岩の」古竜と呼ばれています。そのウロコは正しく「岩」なので、それは武器を鍛える為の力ある鉱石として機能しました。冒頭の方で引用させて頂いた宮崎社長の言葉にもあるように、古竜とはそれ自体が「半分鉱石である」という認識で良さそうです。生命体ではない、活動する岩石。故に生死という領域におらず、彼らを倒すというのは、まさしく砕いて、バラバラにするといった方が正しい表現なのかもしれません。そしてそうなって尚、古竜とは死に至りません。「活動する岩」に生死などあるはずもなく、ただ存在としての在り方が流動しただけに過ぎないのではないか。故に朽ちぬのだと。

「光る竜頭石」にはこうあります。

光る竜頭石
朽ちぬ古竜の力を宿した石
山のような古竜に捧げられたもう一方
その幻は、人が初めて得た古竜の似姿であり 同時に己の竜体の卑小を露わにする
古竜への道は長く険しく、往ける者は一人だ

古竜山

山のような古竜

「山のような古竜」、英訳版だと「towering(高くそびえる) dragon」とあるので見たまま「山のように大きな古竜」と捉えればいいのですが、思うにこれ、文字通り古竜は山になったという意味なのではないでしょうか。砕かれて尚も力を持つ鉱石として存在し続けるのであれば、動かなくなった古竜はその土地と同化し、まさしく「山のような」状態に移行しただけなんじゃないかと思うのですね。

石の古竜について前述しましたが、「岩」に対して「石」という言葉を用いているのが、先祖と末裔の関係を表しているように思えます。対して「山」のような古竜もまた、石の古竜のように「岩」という字から分化した文字が使われている。そしてもう一つ。

嵐の曲剣
古竜の同盟者たる無名の王は 生涯、嵐の竜を戦場の友とし 竜が倒れたとき、そのソウルを己のものとした
戦技は「竜巻」

至極簡単な言葉遊びだと思うのですが、「嵐」という字にも「山」が使われている。これもまた「岩」から派生した末裔の竜である示唆なのかなと考えているのですが、同時に、竜が嵐を司るとするならば、元を「岩」とする竜が「山」に溶けたように、一方では「嵐」そのものになっていくとも考えられます。

竜が竜として跋扈する時代は終わります。しかし竜とは朽ちず、これからは土地そのものであったり、自然現象として世界に在り続けていく事になる。さながら恐竜が化石となり、石油となって未来に影響を及ぼし続けていくように。

倒されたからそこで完結する脆弱な存在を超越者とは呼ばないのです。砕かれて尚も朽ちぬ。竜とは元より、そういった存在なんじゃないでしょうか。

岩の古竜、朽ちぬウロコの竜でした。

まとめ

  • 人間性は深みに澱むことで変質する。人間性を宿す人も変質する。
  • 絵画という深みで人は鴉になり、再度潜って竜になる。
  • 「世界絵画説」を使ったタイムトラベルにより、人は灰の時代で竜に成った。
  • 朽ちぬ古竜は例え倒されようとも、その後は「力ある土地」や「現象」となって世界に在り続ける。

最後に

毎度お付き合い頂きありがとうございます。さて「古竜新書」と名付けた本項ですが、実はもう一対用意してあります。いや用意してないです。これから書くんだから。古竜について触れるなら、当然掘り下げてしかるべき部分が抜け落ちています。という訳でこれからせこせこ書きますが、次回の「白竜白書」でお会いしましょう。

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