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本当に貴い者の記事

はじめに

ソウルシリーズにおける「貴さ」についての記事です。現在白竜シースについての記事を書いており、その中の一節とする予定だったのですが、そうやって継ぎ足していくと常しえに完成しないので別皿に取り分ける事にしました。好きに喰ってください。

「貴さ」とは

あまり前面に出てこないものの、本シリーズには「貴い」という言葉が幾つかの場面で登場します。

貴い犠牲の指輪
おそろしい呪死すら無効化してしまう
太陽の王女の指輪
貴い子たちをもうけたという
アンリの直剣
「本当に貴い者の剣」

「尊さ」ではないのがポイントです。

結論から言うと「貴さ」とは「人間性」を指します。そして人間性とは、そのまま人の本質。故にそれを多く持つ者は、財や地位や生まれに依らない、なるほど「本当に貴い者」と言えるのでしょう。

人間性とは、人の本質、人らしさの象徴です』(『DARKSOULS REMASTERED』公式サイトより)

人間性を多く持つ者は貴い。そして劇中には、その「貴さ」によって力を発揮する武器が登場しました。そんな訳で細かい部分を詰めていきましょう。

人の本質的な力
アンリの直剣
火の無い灰の一人、アストラのアンリの愛剣
亡国アストラにあって、最も鈍らとされたもの
だがそれは「本当に貴い者の剣」であり 人の本質的な力、運により攻撃力が高まる

実は別の記事で結構何度も言ってしまっているので、そちらをお読みいただいた方にはしつこい話になってしまうのですが、「人間性」と「運」は同じものです。故にアンリの直剣ならびに亡者派生の武器は「運」、即ち「人の本質(人間性)」によって強化される事になります。

人間性がステータスとして存在していた『1』において、人間性の量はそのままアイテム発見率の上昇に繋がりました。人間性が「運」だからです。

また『2』におきましても、プレイヤーキャラクターは死亡と共に亡者化が進行した訳ですが、実は HP ゲージだけでなく、地味にアイテム発見率が低下するんです。死亡と共に人間性(運)が失われる。従来通りですね。

そして『3』では、ソウルによって「運」の上昇が出来るようになりました。これは「ソウルを人間性に変換している」と言えます。なので、実のところ『1』に限った要素と思われていたステータス「人間性」は、『ダークソウル』三部作においてこっそりと皆勤賞を取っていたのでした。さすがシリーズの根幹を担う要素と言うべきでしょうか。

ただ、強いて運と人間性の違いを挙げるなら、『3』において運は死亡によって失われる事が無いという点。『2』時代には『1』に無かった「人の像」が人間性を回帰させ、やがて『3』では「運」として固着させることが叶います。これは時代と共に人間性の使い途が発展を遂げた結果なのか、或いはこれこそ唯の不死でない、ソウルの器たる「灰」の能力なのかもしれません。

そんな訳でアンリの直剣に戻りますが、これは「運(人間性)」によって攻撃力を高めるのだそうです。この性質は亡者派生した武器と同様ですが、なぜ「人間性」の力を反映させる性質を持つ武器に「亡者」の名が付けられているのでしょうか。人間性を失った者を亡者と呼ぶ、そんな認識だったのですが。

ロンドールという国があります。亡者の国だそうです。そしてロンドールのユリアは、敵対した際にこう述べます。

「亡者となり、正気を失うなど そんな凡夫が、我らの王であるものか!」

つまるところ死を重ね、尚も失われない強固な理性・人間性を持つ者こそを、ロンドールは真の意味で「亡者」と呼ぶ。彼女達にとっては「亡者であること」とは、むしろ「人間性」の証明であるのかもしれません。故にその力を反映させる武器は「亡者」の名を冠するのでしょうか。喪われる事の無い人間性は、きっとロンドールにおいて何より「貴い」ものだったと思われます。だから貴きアンリは、最も貴き亡者の王、その伴侶に選ばれたのでした。

ちなみにアンリの直剣にはもう一つ特徴があり、「運(人間性)」の他に、僅かばかりですが信仰補正も乗ります。他の亡者武器には無い能力なので、この武器のバックボーンに関わる要素なのかもしれませんが、もしかすれば闇派生武器と同様の理由とも考えられます。

闇の貴石
楔石が変質化したという貴石
主なき人間性に生じるもの
闇の武器は闇攻撃力を持ち 信仰による補正も高くなる

人間性(運)とは闇であり、闇は信仰に感応する。アンリの直剣の信仰補正はここが由来かもしれません。ただアンリの直剣を始め、運補正の武器は特別闇属性という訳ではないです。なので前述した通りこの信仰補正は、アンリの直剣と、由来となる国に関わる何らかのフレーバーである可能性も否めません。

ちなみにアストラとは貴族の国だったそうです。

アストラの直剣
没落したアストラは、かつて貴族の国であった

この場合の「貴族」とはどういう意味でしょうね。単純に豊かな国だったという意味なのか。或いはアストラの民が押し並べて人間性に富んでいたと解釈すべきなのか。しかしアストラという国はすさまじい国で、人間性の権化とも言える火防女アナスタシアや、シリーズきっての上質 NPC アンドレイやソラールたちを輩出した国だったりまします。もしかすれば、もしかするかもしれません。アストラ(星)の名は伊達じゃないと見るべきなのでしょうか。……いや、言ってる意味が自分でも分かりませんが。

あと、まあ、余談なんですが、「貴い者」を「貴族」と称するとして、現実に彼ら貴族の白い肌と透ける静脈を指し「ブルーブラッド」と呼ぶ事があったそうな。ただの豆知識です。それ以上のことはありません。

求める力

ではなぜ「運」が人の本質なのか。それは人が持つ「渇望」に関わります。

追う者たち
禁忌とされる闇の魔術
人間性の闇に仮そめの意思を与え放つもの
その意思は人への羨望、あるいは愛であり 人々は目標を執拗に追い続ける
その最後が小さな悲劇でしかありえないとしても
追尾するソウルの塊
追尾性の高いソウルの塊を浮かべ、放つ
探求者たるローガンの一端が見える魔術だが 生命に惹かれるその性質において 後の研究では、むしろ闇に近いとされている
深みのソウル
暗いソウルの澱を放つ
それは深みに沈み溜まったソウルであり 生命に惹かれ、対象を追尾するという

「闇」に由来する、或いは近しい魔法は追尾性能を持つことが多い。それは「はじまりの火」が起きた時、闇だけが唯一、火そのものではなく、火によって生まれた影から見出されたが故に生命(火)に惹かれるのだと、そんな解釈で良いでしょうか。だから理性の壊れた亡者はソウルを求める。それが人としての本質なら、それを良しとせぬ「枷」たるもまた人間性なんですね。難儀な生き物だ。

しかしよく考えてみれば、これは恐ろしい事です。渇望こそ人間性であり、そして多くの人間性を有する事がアイテム発見率を上昇させるなら、つまり「本当に貴い者」は欲しいと願ったものを、運命すら捻じ曲げて誘引できるのだと解釈できます。故にその力は「運」であると。

人間性については多くを記事にしてきたと思います。曰くそれは「生命力の源」であり、 HP を全快させる(生の力)一方で、虫や植物を始め生命の種子となり、その変性ゆえに器である人間に様々な姿を与える。しかしそんなものは、本当は「ついで」の性質なのかもしれません。欲しいものを欲しいまま手にできる。まさしく「王のソウル」と称して差し支えの無い「貴さ」こそ、人間性の本質だったのです。

貴い犠牲、貴い子(追記)

「人間性」について知るならば、「呪い」についても知らねばならない。なぜならこの二つは切っても切り離せないからです。

暗い穴
不死人の証にも似た暗い穴。
ぽっかりと体に開いている。
その暗い穴に底は無く、人間性の闇が徐々に漏れだし引き換えに呪いが溜まっていく。
それは決して消えぬ呪いの印であるが、かつて一人の、深淵から戻った火防女だけがその呪いを癒したという。

「呪い」については色々言えると思いますが、要するに「死」です。不死人とは「死なない」のではなく、「何度でも死ねる」んですね。この二つは大きく異なります。「死」はかつて墓王ニトが見出した王のソウルの一つであり、世界を構成する大いなる力。死者であるスケルトンはこの「死」を原動力とし、ニトやネクロマンサーは「死」によってスケルトンを駆動させていたんです。

王者の遺骨
不死の価値は、死の積み重ねにこそある
終わりなき闘いが必要なのだ
祭祀場の老婆(『3』)
「死を糧に、それが我らの呪いですじゃろう?」

生者はやがて死ぬ。そして「生」と交換に得た「死」は、しかし通常自分で操れるものではない。しかし不死人は何とこの「死」を蓄積できるんです。つまり、死ねば死ぬほど強くなる。これはプレイヤーが何度も死を重ねて、やがては難所をクリアする様と重ねることが出来ます。『3』で手に入る「モーリオンブレード」なる武器は HP 残量が少なくなることで所有者の火力を底上げしますが、これは「死」を力に変換する典型的な例でしょう。

ですが普通は死んだら終わり。故にそれを蓄積できる不死人とは呪われている訳です。不死が死ぬ事によって亡者然とした見た目になるのは、溜まった「死(呪い)」によって死者に近い存在となるからで、かつて「呪死」が HP の半減を招いたのも同様の理由。

しかしながら、幾度も死ねる不死にあって、それを回避する手段が存在します。その一つが「貴い犠牲の指輪」です。

貴い犠牲の指輪
犠牲の儀式によって作られる 罪の女神ベルカの、神秘の指輪
中でも、赤紫の色味を持つものは特別とされる
装備者は、死んでも何も失うことはなく おそろしい呪死すら無効化してしまうが この指輪は壊れてしまう

『1』において、人間性の所有はアイテム発見率のみならず呪い耐性の上昇に繋がりました。もう一つ、魂を人間性により食い荒らされていた、つまり多量の人間性を所有するという火防女、その一人であるアナスタシアの装備一式は同様の効果を持ちます。また『3』では「運」を上昇させるほど、呪い含む状態異常耐性に直結します。

「暗い穴」のテキストも合わせるとこんな解釈ができます。人間性は「呪い」と交換可能だと。

そして「貴い犠牲の指輪」。通常の「犠牲の指輪」もそうなのですが、これらは装備すると人間性のアイコンが体力バーの下に表示されます。

てぇてぇ

貴いアイコン

ベルカについては訳わからんので考えるのを放棄している現状ですが、こと呪いに関してだけは、この指輪に込められた「人間性に関わる何か」によって対抗しているんじゃないかと解釈しております。つまりここでも「人間性」と「貴さ」は結び付けられる訳です。

さて、大分過去記事と重複する内容となってしまいましたが、もう一つ指輪に纏わる「貴さ」について少し触れましょう。

太陽の王女の指輪
最古の王グウィンの長女として知られる 太陽の光の王女グヴィネヴィアの名で伝わる指輪
多くの神と共に故郷を去った彼女はやがて妻となり、母となった
そして貴い子たちをもうけたという

ここまでの内容から、「貴さ」が人間性を示す言葉だと解説できたでしょうか。ではグウィネヴィアがもうけたという「貴い子」が気になるところなんですが、簡潔にこれ、人の血を引く何者かとの間に子をもうけたと考えています。グウィネヴィアはフランなる火の神の妻となったそうですが、これはそのフランを指すのか、或いは何らかの事情で人か、人に似た何かと結ばれたのかは不明。

分からない点が多いところではあるのですが、一つ言えるのは、ロスリック王妃についてです。また別記事でも触れてますが、ロスリック王妃とはロザリアであり、彼女はグウィネヴィアの子孫だと解釈しています。神の血を取り入れる為にロスリック王家はロザリアを招いたと思われるのですが、思えば神そのものではなく、人の血が入った半神だからこそ可能だったのかなと、この記事を書きながら思い至りました。

ちなみに DLC の舞台「吹き溜まり」、その入り口にいる蓋かぶりのおばあさんですが、彼女はロスリックの祭儀長だったと考えられます。遺灰に「祭儀長の指輪」と思わしきものが装着されており、両アイテムのテキストに「乳母」とあるからです。

ばばあの遺灰 祭儀長の指輪

老女の遺灰と祭儀長の指輪

そして遺灰のテキスト。

老女の遺灰
老女とて、かつては貴人の乳母であった

貴人。(恐らく)貴い子であるロザリアの子らもまた貴い者達だったと示されている訳ですね。「貴さ」が人間性を示し、また篝火がそうであったように、はじまりの火を大きくするために必要なものが多量の人間性であるなら、神の血以上にその「貴さ」を求めてロスリックは「血の営み」に踏み込んだのでしょうか(血の営みについてはここで書いてますので興味があればどうぞ)。

という訳で、以上の事から劇中において「貴さ」という言葉には一貫性が持たされている事が分かりました。見逃しているだけで他にあるかもしれないので、探してみるのも一興かと存じます。

白竜シースがウロコを求めた理由

「貴さ」については終わり。最後に余談。

古竜の正体について書かせて頂いた訳ですが、要するに竜は人の成れの果てだと、当サイトではそのように解釈しています。

呪死状態となった時に人は石化する訳ですが、これは人間性が石になっているんですね。ソウルは時に結晶化しますが、人間性もソウルの一種なので同様に結晶化します。それが「闇の貴石」であり、人を覆う「石化」とは同源の現象なのでしょう。

石化

石化も人の本質

竜は全身を硬いウロコで覆い、故に朽ちず、故に「岩の古竜」と呼ばれていました。竜が雷(光)を弱点とするのは、ウロコが闇で出来ているから、なんて話もしたと思います。そして人だけが持つ闇が石となり、その性質を起源として竜のウロコが形成されているなら、両者はつまり同じ存在だったのではないかと、掻い摘めばそんな感じの主張です。

で、白竜シースはこのウロコを持たず、永い時をかけてこれを得る為に探求を続けていました。原始結晶の力を借りて仮初ながら「真の不死性」を得ていた辺り、シースは単純に、他の古竜と同じように「朽ちぬ」事を望んだと考えるのが自然かもしれません。

しかしながらここまで人が持つ本質的な力について書いてきて、実のところシースは、人間性のウロコを通して、その「貴さ」をこそ欲したのかなと考えました。

結晶古老の刺剣
結晶の魔力により魔力攻撃力を持ち また、装備者のアイテム発見力を高める。
それは古老が、生涯探求者だった証であろう

これは結晶の古老にまつわるテキストですが、しかし結晶を操り探求者であったという老人は、言わば白竜の末裔であり、また似姿です。探求者(渇望するもの)としての在り方がアイテム発見率(運)を左右し、「ソウルを求める」人の本質が、それを結晶化し留める業に繋がった。探求者が結晶という境地に辿り着くのは当然の成り行きなのでしょう。

そして探求者シースが求めたソウルは、人間性。白竜が啓いた結晶の業は、ウロコを得る為の副産物でした。ウロコと人間性が同じものであり、形を変えようとその本質に「貴さ」が根差すなら、シースは不死性のみならず、ただ渇望のままにその力を求めて止まなかったのではないでしょうか。

「貴く、もっと貴く」と。

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