ACID BAKERY

ABout | Blotter | Text | Illust

『この先、絆があるぞ』 レビュー

はじめに

おはようございます。

皆様には大切な人がいますか? 固い絆で結ばれた、そんな「誰か」がいるのでしょうか。 ……失礼、不躾な質問でした。

いるわけないですよね。

『ELDEN RING』を(プレイする人たちを)描いた小説作品、『仕事が終われば、あの祝福で(以下『仕事』)』からテーマを引き継ぎ、新たな物語が紡がれました。

これより先は小説作品『この先、絆があるぞ(以下、『絆』)』の軽いレビューなぞを書いていきますが、ひとつお気を付けください。この先、ネタバレがあります。

前作『仕事』のレビュー

内容に関して

『この先、絆があるぞ』 - あらすじ

オンラインと現実の狭間で揺れ動く高校生のゲームライフストーリー。

高校生ユウの趣味はゲームだ。自分のプレイヤースキルを試せる PvP が特に好きで、それを配信しリスナーと共有する日々を楽しんでいた。そんなある日。クラスメイトのダイが漏らしたのは、ゲーム『ELDEN RING』初心者特有の悩み。思わずアドバイスを返してしまい、ダイと一緒にプレイすることになる。この手のゲームは初心者だというダイは、驚き、喜び、ムキになったりと全身でゲームに熱中していて、ユウも気づけばダイとのゲームを楽しみにするようになっていた。しかし同じように楽しんでいたはずのゲーム配信ではリスナーと微妙な空気になってしまい――。

カクヨムより)

『エルデンリング』のプレイヤー視点で描くもうひとつの物語、小説『この先、絆があるぞ』にてイラスト担当させていただきました。

よろしくお願いいたします。#ELDENRING #エルデンリング pic.twitter.com/KTAatHx0fY

— lack@日曜日東ス29ab (@lalalalack) April 27, 2024

こちらから本書冒頭部分が読めます。本編未読でこのレビューを先に読もうと思っている方は、リンク先でキャラクター紹介は確認しておいたほうが宜しいかと存じます。

ちなみに大事なことですが、作者は前作『仕事』の氷上慧一先生ではなく、田口仙年堂先生です。(イラストは引き続き lack 先生。)

舞台は職場から学校へ

前作『仕事』は、社会人の主人公が職務上の悩みや人間関係のアレコレを『ELDEN RING』で解決するという内容でした。あるよね〜そういうことって。今ではすっかり『ELDEN RING』が根付いた我々の生活ですが、『ELDEN RING』が無い時代ってどうしてたんだろ。

さて今作『絆』は大まかなテーマはそのままに、舞台は「会社」から「学校」に移ります。

主人公、「金森ユウ」は高校生。『ELDEN RING』のプレイヤーであり、「闇狩りチャンネル」を運営する配信者でもあります。専ら PvP、特に侵入を好んで行い、周回プレイヤーから初心者までを容赦なくブチ狩り、時に返り討ちにあったりして日々を過ごしていました。

目下の敵は協力プレイヤーです。ユウ曰くマルチプレイはリア充の証だそうで、これは優先的な狩猟対象となります。

いまの学生が「リア充」なんて言葉を使うだろうかという疑問はともかく、そう、ユウは「ぼっち」でした。

その自意識の強さ故かユウは中々に排他的であり、同級生が『ELDEN RING』について談話する様を見て嫌悪の感情を寄せるほど。それどころか「オタクども」などと心中罵る始末です。同じゲームを愛する仲間なのに、なんと一方的な物言いでしょうか。ちょっと「オタクたち」の会話に聞き耳を立ててみましょう。

「こないだなんか裸でレベル 1 でエルデの獣までブッ倒してやったぜ!」

「マジー? すげーじゃん」

「このくらい時間かけりゃ誰でもできるって。楽勝楽勝」

「やっぱプレイヤースキル競うなら裸レベル 1 だよなー。遺灰とか使ってんの雑魚だけだろ。バランス崩れてクソゲー化するっての」

わーお。

高校生としてのユウはぼっちです。しかし褪せ人としての自分には「狭間の地」という居場所がある。リアルが充実してそうな奴らはここに来るな。ここは「ぼくたち(持たざるもの)」の居場所だ! ――この鬱屈こそ、ユウが日々侵入に勤しむ原動力なのでした。2500 万本売れたゲームで何言ってんだと思わないでもないですが、そんなユウにもたらされた転機は、やはり『ELDEN RING』からでした。

ある日。

クラスメイトであり、陽キャ代表と言える、ユウにとっては不快の象徴、「五十嵐ダイ」がブツブツと何やら独り言を繰り返していることに気づきます。

「…………光るナイフはガードしちゃダメ…………でも……左側は杖が……」

「転がっても意味ないんだよな…………盾でガード…………いや、でも……」

ダイがマルギットに詰まされていることを察したユウは、咄嗟に「パリィできるだろ、あんなん」という、こっちも大概まとめサイト的なクソアドバイスを返します。

あっ、と思った時には既に遅し。ユウはダイに押し切られる形で、あれだけ忌避していた協力プレイに手を染めていくことになります。

こうしてこれまで交わらなかった正反対の二人の間に、『ELDEN RING』による縁が結ばれることとなりました。

ユウとダイ……二人合わせて「YOU DIED」の物語が始まります。

バレは全てを溶かし、全てそこから生まれる

というわけで、今回も「バレ」ました。

前作『仕事』でも休憩時間中に攻略 wiki を眺めていた主人公が、同僚に『ELDEN RING』プレイヤーだとバレ、協力プレイを要請されるといった導入だったわけですが、つまるところ、『ELDEN RING』とは「バレ」るのです。

「いや〜ゲームなんてもうすっかりやらなくなりましたね〜」みたいなツラで器用にプライベートを隠しているつもりになっている皆さんも、その実『ELDEN RING』プレイヤーであることは職場や学校で公然の事実となっていることでしょう。

素敵なことですね。

往々にして物語というものは抱えていた秘密がバレるところから始まるもの。つまり『ELDEN RING』プレイヤーである皆様方は、その時点で物語のタネを抱えているに等しいのです。

嘘だと思うなら、『ELDEN RING』についてぼそぼそと囁きながら街を徘徊してみては如何でしょう。きっと人生に特別な彩が添えられるはず。

あ、このサイトにそう書いてあったとだけは供述しないでくださいね。

感想

絆があった

というわけで「ゲームをする人×エルデンリング」という題材での二作目、『この先、絆があるぞ』でした。

率直な感想と致しまして、前作より読みやすかったですね。違和感が無かったと申しましょうか。

学校という舞台に底は無いので、故にすべてを受け容れます。どんな無茶な設定だろうとも。それは我々が大人や仕事というものに「かくあるべし」という規定を押し付けている側面も否めませんが、やはり前提として「ゲームによって結ばれる絆」というものを描くに、学生生活の方がどうしたって向いているのでしょう。なので『仕事』から受けた如何ともしがたいむず痒さのようなものは、『絆』においてはかなり軽減されていたと思います。

また本作は各章の合間にショート・エピソードが配置してあり、これがかなり息抜きとして効果が高い。主要人物だけが小さくまとまってしまい、学校を舞台にした意味が消失する作品というのは時々見受けられますが、本作のこのショート・エピソード群は、主要人物を孤独にせず、その他の人々の息遣い、そこに学生生活という「営み」が存在することを実感させてくれます。本作の読みやすさは、この部分が寄与するところも少なくないでしょう。

しかしながら、そこまで行き届いているからこそ、ユウが配信者であったという設定が少し浮いてしまっていたかなとも思いました。物語の進行と決着のために必要な設定だったとは思いますが、「必要だから設置した」という機械的な意図を感じましたし、結果として「学生」や「エルデンリング」という主題を希釈してしまった感も否めません。

最終盤の展開も、現代インターネットの住人である身としてはちょっと嘘過ぎると思いはしたものの、かつて「『ELDEN RING』は持たざる者の居場所」だと固執したユウへの反証のために必要な描写ではあったのでしょう。しかしながら、やはり舞台が「学校」である事といまいち接続が甘いと感じたので、主人公が学生である意味をもう少し強調したオチにしてくれれば、より満足度の高い仕上がりになったかと考えます。

彼、あるいは彼女

さて。ここから先は本作に存在する「不思議なミスリード」の話をします。

一応ネタバレなのでこういう持って回ったような書き方になりましたが、ここまで読まれている方は『絆』本編を当然既読でしょうし、この事実もご存じでしょう。

主人公の金森ユウは、女の子です。

一人称が「ぼく」の、いわゆる王道の「ぼくっ娘」だったわけですが、劇中の少なくとも前半部分において彼女の性別に触れる描写は無く、まあ何も言われなければ男子として読むように作られているわけですね。中性的なキャラクターデザインとその口調などから、逆にピンと来てしまう人はいるでしょうが、特殊な部類だと思います。

またキャラクター紹介に記載された、ユウに関する「ゲーム好きの高校生」という一文も、思い返せば性別をあやふやにする表現ですし、イラストで描かれた際にも、学生服ではなくショートパンツスタイルの私服を着用しているので、ここでも曖昧にする意図を感じます(横に並んだダイは制服っぽいですが、さすがに私服のユウと学生服のダイを並べるのは作為が過ぎるので、これは彼の私服でしょうか)。

などの理由から、受け手としては本作を「中性的な容姿の陰キャと、スラリと背の高い陽キャ、正反対の男子高校生が織り成す友情もの」として読み進めるわけです。

で、「実は女の子だった」と。「不思議なミスリード」と書きましたが、これ自体はお約束というやつでしょう。不思議だと感じたのは、その事実の開示があまりにも「ぬるり」としていること。「サプラーイズ!」の号令もなく、中盤あたりから、ユウというキャラクターがさも当然に女性であるテイで話が進行し始め、また読者以外は皆ユウが女性であることを知っているので、読んでいる側としては「そうだったのか」よりも、「あれ? なんか……読み飛ばしてた??」と不安になるんですよね。

なぜこんなやり方をとも思いますが、そもそもユウは性自認が肉体と一致していますし(自分の性に確信が持てないといった描写もないので、本当にただの ぼくっ娘)、このミスリードが劇中で重要な要素になることもなく、ぶっちゃけ単なるちょっとしたサプライズなんですね。なのでその程度の演出をわざわざ派手にブチあげる理由がないのでこういうやり方に留めたのでしょうが、個人的にはこのサプライズ自体をやらんほうが良かったのでは、と思うところもあるので、それについてちょっと書きます。

中盤。この辺りからユウとダイが互いを「意識」し始めたり、あるキャラクターから二人が付き合ってるんじゃないかと指摘されて共に慌てるシーンが差し込まれます。しかしこちらはこの時点までユウは男だと思って読んでいるので、「おや、急に BL 感出してきたな」と受け取るわけです。得意なジャンルでこそありませんが、「そういうのもあるのか」くらいの感慨で読み進めると、この直後から少しずつユウが女性である事実が開示されてくるんですね。

これねえ、受け手が想像していた性別が実態と異なっていた、という演出が意図するところは、多くの場合、嬉しいサプライズなのでしょう。しかしこの構成だと……「安心して。 BL じゃないよ!」、の文脈が乗っちゃってる気がするんですよね。

もちろんそんな作為が無いのは重々承知しておりますが、特定のジャンルを意図せず足蹴にする構成になってやしないかと少し考えてしまうところ。

ただこれは「配慮」の話がしたいのではないです。考える必要がある事ではあるかもしれませんが、キリがない部分でもありますからね。言いたいのは、あまりに劇中の描写がこうも曖昧であり、恐らく本来意図していないであろう含意が読み取れてしまうと、これはひょっとすると単純に自分が文章を正しく追えておらず、ミスリードというよりは普通に「誤読」しているだけなのでは、と不安になるんですよ。個人的にはこの手のサプライズをやるならもうちょっとドラスティックというか、明確さが欲しかったですね。

二つめ。ユウとダイが互いに寄せる感情は、最終的に「よくわからないもの」として落着するのですが、あえて言うならそれこそ『ELDEN RING』によって結ばれた「絆」と呼ぶことができるでしょう。多くの人間が異性間に期待する「恋愛感情」に(今のところは)分類されない、友情とも少し違う、言語化の難しい関係性を描きたかったのだろうと推察します。

ですがそういったテーマを扱うなら、最初からユウの性別を明かしておくか、同様のサプライズを仕込むにしても序盤のフック程度に留めておくべきだったのではないかと思います。中盤で急にユウの性別を意識・強調させたのは、ちょっと遅かったんじゃないかと。「この気持ちは恋とは呼べない、まだ名前の無い、独特で大切なものだ」と提示するのは、それ自体は素晴らしい結論ではあっても、本作ではユウとダイが異性同士である事実が中盤突然明かされるので、このテーマと答え自体が急に生えてきたように感じました。答えを出す為、話を畳む為の問題提起というか。

あとこれは別の話になりますが、話を畳むために入れた要素、というのは上の方でも触れました。ユウが配信者である設定です。「性別が曖昧である」見せ方は、ユウが顔の見えない配信者として活動していることと一見して噛み合わせが宜しいように思えますし、そしてネットストーキングされたことで異性に、ダイにすら一瞬忌避の気持ちを抱いてしまうのも展開としては自然。本作『絆』は「配信者のストーリー」として見るとおかしなところはないと思います。

でもそれってわざわざ主役を「学生」にした意味あるの? とは、やはり思ってしまう。『ELDEN RING』である意味も、あんまり無い。それともフロムゲーの配信見てる奴なんてどいつもこいつもロクなもんじゃないだろと言いたいが為の……? なんてことを、そんな……そ、……ぐぬぬ。

冗談はさておき、上の方で「配信者という設定は物語を機械的に畳む為のもの」と評したのはそういうことです。「人と人」の関係性を描くに向いている格ゲー等ならいざ知らず、よりによって『ELDEN RING』で一本書けと言われる難しさは伺えるのですが、話を成立させるために付け足した幾つかの要素が、「このゲームでなければならない必然性」を遠ざけたように感じたのでした。とはいえ「性別隠し」にしても、主人公が女の子だった! やったー!くらいに受け取っておけば良い要素だと思うので、あんまこんなこと言われても困るでしょうけどね。

またこれはただの連想ゲームなのですが、『ELDEN RING』ってキャラクター作成時に性別ではなく「A」「B」の体型を選択させる仕様じゃないですか。そして一つの身体に複数の性別を同居させるキャラクターがいたりするので、ここら辺に引っ掛けてユウの性自認的な話を展開するつもりだったのかなーと、ちょっとだけ思いましたが、まあ、さすがに考えすぎでしょう。

おわりに

というわけで『この先、絆があるぞ』は、主人公が「実は」女の子だった……という読解に基づいたレビューでしたが、「実は」も何も最初から性別を隠して無かったらどうしよう。全く成立しない、恥のレビューになってしまう。だとしたら笑ってください。

ともかくごちゃごちゃと色々言いましたが、本作は非常に読みやすいジュブナイル・ノベルでした。

このレビューだけ先に読んでる人もいないと思いますが、もしおられるようでしたら、是非お手に取ってみることをオススメ致します。

スポンサーリンク