セキロ・ビフォア・ノー・ディフィート


2026.04.00

はじめに

おはようございます。そしておめでとうございます。

あの大人気忍者ゲームの劇場アニメ、『SEKIRO: NO DEFEAT』が 2026 年に公開予定となりました!!!

というわけで、まだ情報が確定していない段階だからこそできる遊び、「予想」をやっていきたいと思います。予想は良いですよ。投げれば遠くまで飛ぶ。フロムゲーってやつは明確な答えをくれないことが多く、即ち正解も不正解もありません。「考察」に対するレスポンスは、基本的には存在しないのです。なので、こういう話になるんじゃないか、あーこう来たか、なんて形で騒げるのは今しかない。これが楽しい。見よ、人生が輝きに充ちていく。

また一応言っておきますが、原作ゲームのネタバレは容赦なく行いますので、今すぐトロコンしてきてください。

てなわけで、前文としてはこんなもので宜しいでしょうか。じゃあそろそろやっていきましょう。参れ、『隻狼』!

『隻狼』大体の流れ

まずは原作であるゲーム『隻狼(SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE)』の大体の流れを確認しておきましょう。

本作は細部がよく分からんので想像に頼っている部分もありますが、当サイトでは以下のように解釈しているということで、ひとつよしなに。間違っていたらこっそり教えてください。

それぞれのエンドついては我慢しきれず勝手な解釈を書きましたが、『隻狼』とは概ねこんな流れで進行するとだけ覚えておけばいいでしょう。

トレーラーで遊ぼう -映像編-

では次に、公開されたトレーラーを資本に楽しんでいきます。まずは一緒に拝見しましょう。

いいねぇ。見た事があるものが動いている感動と、見知ったものの中で見た事が無いものが蠢いている感動がある。なんだぁ~? あの御子様の格好したエテ公はよぉ~。

繰り返しにはなりますが、原作『隻狼』には四つの結末があります。所謂「不死断ち」「人返り」「帰郷」、そして「修羅」。映画ではその中のどこに至るのか、複合的な形になるのか、或いはまさかの茶屋エンドか。だとしてその道筋は? トレーラーってやつは大抵本編の時系列を継ぎ接ぎにする形で仕立ててあるもので、二つのそれらをどうにか筋が通るように並び変えてやることで推し量れるものがあるはず。そういう試みが始まろうとしている。

じゃあ早速やっていきましょう。

以下、トレーラーより引用

国盗りの血戦後、野良犬は梟に拾われる。

まずはここ。梟と狼と呼ばれることになる少年の出会い。しかし流血表現が不自然。線の歪み方もおかしい。まるで水中であるかのように。

ゲーム開始時点、狼は眠っていた状態から目を覚ますわけですが、これはその間に見ていた夢でしょうか。或いはこの後、弦一郎に敗れた際にも回想ポイントは回ってくると思うので、原作と同じこのタイミングか、もう少し後に狼の過去回想は回されるかもしれません。

狼の目の前で黒猫の遺体が解けるようにして魚に変わる。巨大な蛇がいたり手から米が出たりするのが精々の日ノ本でこんな非現実的なことが起きるはずもないので、やはり幼少期が夢の中の回想として描かれるのでしょう。

「薄井影身流」。どこまでを公式の設定と見るかはメディアミックスの際に付きまとう課題だと思いますが、取りあえず劇場版において梟の流派をそう呼ぶらしい。お蝶も同門と考えていいのでしょうか。というかこれって何やってる場面なんだ。写真とか無い時代に。

原作通りであるなら、義父から紹介される形で、主を得た瞬間。

懸念点が一つあるんですよ。上記したように狼の回想と思われる場面では、如何にも夢っぽく線が歪み、描写も現実離れしています。しかし同じ過去の描写でもこの辺りは線がはっきりしている。「狼の過去」と「過去を追憶している狼」は分けるべきかもしれません。

さて再起動した狼は、月見櫓にて主と再会し、葦名の外へと逃げるべくここに辿り着きました。

このまま葦名を抜け出せるのか?

そうは問屋が卸さない。葦名弦一郎は立ち塞がる。立ち塞がるのが弦一郎。葦名の夜明けには竜胤の力が必要なんスよ。

みんな狼と弦一郎の剣戟に気を取られて、その少し右下あたりからニョキっと人影が生えていることに気付かない。御子様かとも思いましたが、たぶん寄鷹衆でしょう。原作では明確に描写されていませんでしたが、負けイベであるはずのこの戦いに勝つと、どこからか飛んできた手裏剣に気を取られ、狼は隙をつかれて腕を切断されます。劇場版ではそれをはっきり描くのではないかと。忍びよ、卑怯とは言うまいな。

『隻狼』を『隻狼』たらしめるイベント。敗れ、腕を斬り飛ばされているものと思われます。

狼の名を叫びながら駆け寄ってくる御子様。弦一郎に敗れた狼に駆け寄ろうとしているのか、或いは、忍び寄る寄鷹衆を察知し、危機を知らせるために走るのか。

弦一郎に敗北後、荒れ寺にて目覚め、仏師に取り付けられた忍義手を眺める。

実はここで平田屋敷襲撃と、その際に狼が敗れた過去についての回想が入るのでは、と思っていたのですが、さすがに序盤で詰め込み過ぎているのではないかと判断し、後に回しました。といいつつ過去のことは一気にこの辺りで片付けてしまうのもアリかもしれない。

何にせよ、目覚めた狼は自らの二度の敗れ、そして二度主君を失ったことを突きつけられる。「SHADOWS DIE TWICE(影は二度死ん)」だ。三度目はどうだ?

刑部戦。劇場に鳴り響く「マイネェエエエム・イズ!」に否応にも期待が高まる。

そして鬼刑部、忍殺確認。でもこの殺し方だと「弦一郎……すまぬ」が聴けないかも。

弦一郎との再戦。この時点で外には雨が降っていることに注目。

回生。御子の忍びは立ち上がる。立ち上がるのが御子の忍び。

みんな見て!! 身に受けた落雷によって甲冑がパージする仕様になってる! カッコいいけど、こんな奴に雷返しは効くのだろうか。

天守・弦一郎、後半戦。果たせるか、地に足付けぬ雷返し。しかしここの弦一郎、空中で身を捩って回転しているような……。まさか見られるか、桜舞い散る雷返し返し。

決着後。弦一郎が変若水のぶっ濃いところを飲んでいたことが判明するシーン。原作通り一時離脱か。再登場時に梟に首を斬られでもしない限りは、弦一郎とはもう一戦、剣を交えることになる。

あと別にいいんですが、弦一郎が自らの顔を覆う手がめっちゃデカいというか、手前にあるように見える。別にいいんだけど。

荒れ寺にて。おいおい最高の絵じゃねーか。原作では天守に御子様の部屋を取っていたが、映画では荒れ寺に避難してきたのだろう。原作だとあの場所が安全なのか安全じゃないのかさっぱり分からなかったので、荒れ寺を拠点とするのであればこちらの方が流れとしては自然な気もする。

ひょっこり半兵衛がかわいいし、最低限の荷物を抱えている御子様もかわいい。ちゃんとモバイルバッテリーとか持ってきた?

たぶん平田屋敷、襦袢姿の御子様。瞳の反射光は、燃えゆく屋敷を映したものでしょうか。

唐突に過去。この後に控えているであろう梟戦の前に、少なくともこの回想、或いは過去世界編は消化しておかないと、と思い何となくこの位置に挿し込んでしまいました。弦一郎初戦で敗れた直後にこのイベントだと、流れとしておかしいと思うんですよね。まずは忍義手の性能含め、狼の力量を見せるターンだと思うので、その段階で過去編はまだ早い。ところで、ただの追憶なのか、本当に過去世界に飛んでいるのか、どちらだと思いますか?

イカ娘のサントラの画角。

この場面、一応ここに挿し込みましたが、どうなんでしょうね。トレーラー内で梟と水辺で闘っている描写があるので、その前後かとも思ったのですが、もしかしたら平田屋敷襲撃に合わせて竜泉川から侵入しようとしているのだろうかとも思い、ここに。

で、御覧ください。狼の髪と肌の一部が白いですよね。これって御子との契りの証だと思うんで、ここの遊泳狼が平田屋敷襲撃の場面だとすると過去世界に飛んでいる一つの根拠になります。マジ? 過去世界に飛ぶの? 尺足りる?

お蝶殿への忍殺確認。トレーラーに「楽しんでおくれ、倅どの」というセリフがあるので、幻影も行使してくるものと思われる。問題は種鳴らしを仕込んでくるのかという点。是非、種は鳴らして欲しい。 IMAX では種が鳴る音すら聞き取れる。

で、上記の水面のシーンを平田屋敷襲撃ではないかと読んだ根拠がこのカット。まぼろしお蝶との戦いで、既に狼は忍義手で、かつ髪も白い。やっぱり過去に飛んでるっぽい。

燃える仏殿。そして本来の過去では、ここで竜胤の契りが結ばれるはず。

現在。なぜか失意の御子様。自分の為に幾度も死を重ねる狼を思うか。そしてそこに身を寄せるエマ殿……エマ殿のラフな格好よくない?

御子様が眼前の蝶を見つめている、と思われる場面。何となくここに配置してみます。御子様が蝶の羽ばたきを通し、自由を見ているのだとすれば、それはそのまま彼の内面、葦名の外への憧憬でしょうか。

原作の範疇において、御子様はあくまで竜胤を遠ざけるために葦名から逃れようとしていました。そこから自由への憧れのようなものを読み取るのは個人の解釈でしょう。しかし此度ここに強くフォーカスを当てるのだとすれば、それは劇場版においての主題、その一つに成り得る。

不明。原作では出てこない。しかし人体模型だとすると道順の持ち物っぽい気もするので、捨て牢のどこかだろうか。変若水についての話をするなら、あの場所と道順は欠かせまい。仙峯寺という見方もあり。

なんとなくライティングの雰囲気が人体模型のシーンを感じさせるのでこの位置。捨て牢で道順に弄繰り回されている患者な気がする。小太郎の父親だったりして。

ぬう、仙峯寺の坊主ども! よく見るとメリケンサック的な得物(この時代では「鉄貫」か)を着けている。原作では素手で刃物と渡り合っていたはずですが、映像にすると不自然と判断したのでしょうか。

絶対観たい最高のシーン。小太郎がここにいるということはどこかで神隠しを行ったか、そうでなければ NPC「幻廊の僧」のように最初からこの場所にいたように改変されているのでしょう。

もし小太郎が猿追いイベントに協力してくれるのだとして、彼の「見えないものを捉える力」が見え猿を捕捉してくれるような展開だったら熱い。

トレーラーで最もギョッとさせられたのはここ。幻廊の猿が御子様に化けている。通常、着物が緑色なのは聞く猿だが、これは御子様の出で立ちを模倣したもの。そして原作で眼鏡をかけているのは見る猿。推測ですが、ここのギミック自体に手が加えられており、猿を追う者に己の内面や迷いを突きつける、そのような試練に置き換わっているのではないでしょうか。

爆竹で雑魚猿に対処する狼。爆竹で獣に挑むなどと。

衝撃! 服装から見て御子様でしょう。それを貫く凶刃は……! 狼は修羅に落ちてしまったのか!?

……ではなく、恐らく御子様に化けた見る猿(?)を忍殺しているのだと思われます。そもそもなぜ猿に御子様の姿を取らせたかに関しては意味があると思っていて、つまるところここで「狼が主を手にかける」絵を見せておくためではないか。それは主従の終わりの暗示であり、最後の決断として、不死断ちの為に狼が御子様の命を断つ末路を暗示しておきたかったのでしょう。

こういった手法の効能は大方二つ。結末を補強することか、見せた上で否定することです。ならば『NO DEFEAT』では「狼が御子を手にかけるか否か」に焦点が合ってきます。

となると、少なくとも劇中で御子様に手を掛けていない修羅ルートに対し、このように狼が御子様を殺害する前振りは必要ないはず。ならばこの時点で修羅ルートは否定されている……というのが個人的な想像。

こんなこと言っといてマジで御子様殺してたらどうしよう。泣いちゃうんだけど。

ありがて~。やっぱこの場面が無いとね。

やったー豊穣だ! 米は力だ!

米を頂くということは、生米を食うシーンがあるか、おはぎイベントがあるかのどちらか。後者を期待すべきだと思う。やってくれると信じよう。

さて、不死斬りは手に入れました。原作では物語も終盤。源に至るアイテムをどのタイミングで手にするかにもよりますが、狼は御子様の命にて、仙郷を目指すことになります。

んん? 御覧の通りの梟です、原作では不死斬りを手に入れ天守に戻ると義父との再会になります。なのでそれに沿うならこの辺りではないかと思うのですが……。

ご存じ天狗面は一心のアイコンです。それを梟が被る意味を考えてみましたが、原作の天狗役が梟にシフトしたか、過去、実は梟が天狗として活動していた話にされるか、或いは終盤で命を落とす一心は劇場版では梟に殺害される流れになり、それを示すために梟が一心の面を被って見せている、とか。

思い切ったアレンジを予感させる場面なので、ここは大いに期待できます。

特筆すべきは一点。梟の得物の刀身は赤く、鍔も特徴的。つまり不死斬りです。それを梟が手にしている。どう抜いたんでしょうね。狼が抜いた不死斬りを受け取っただけ? だとすれば、奪われたのか、それとも親を絶対とする狼が捧げてしまったのかは気になるところ。

もう一点。原作では天守の御子様のもとに梟が忍び寄るといった形でしたが、劇場版では御子様は荒れ寺に身を寄せていると見ています。つまり仏師の庇護下にあると判断するなら、或いは二人の老忍びが邂逅するのでしょうか。

切断された腕で殴りつける!

隻腕のフクロウ……隻ロウ! お主をそう呼ぼう。

殴られた衝撃か、狼の髪の結びが溶けているのが見所。幼少期の出来事である可能性も考えないではないですが、狼が既に義手を身に着けているに、素直に現在の出来事と見ます。まさか二度目の過去世界ってことはあるのでしょうか。

しかし解けた髪に加え、義手とはいえ梟の刀、その刃を握っている(ように見える)あたり、これは両者を戦場跡で出会った当時に回帰させる描き方だと思います。即ちこれはただの戦いではなく、親子としての二人の在り方に決着をつけるためではないかと。

ここのカットで忍義手が壊れている気もするのですが、その割に刀握れてるし、そう見えるだけでしょうか。

いえね、原作では選択次第で弦一郎三戦目がカットされるというのが流れの一つとしてはあり、劇場版で狼と梟の親子関係が強くピックアップされるのだとしたら、梟がラスボスという線もあるかなとも思うのです。であればここで忍義手が使い物にならなくなる流れもあり得る。

ただまあ、原作では老境・一心を下した後に再び現れた梟は黒の不死斬りを手にしており、劇場版でそれが確認できないということは、この後に弦一郎戦と剣聖戦が控えていると見るべきか。

つぶらな瞳。血を吐いているということは、内臓を傷つけられたことを意味し、つまり影落としをお返し致している?

駆け寄ってくる御子様。すすきがダブる辺り、弦一郎に初戦敗れた際の光景を重ねているものと思われます。

仮に梟戦後にここに繋がるとして、この水辺ってどこだろうと思ってたのですが、御子様の背後に見える建物から、葦名城下か、それとも竜泉川か?

ちなみにトレーラーでは、この直後に水中から顔を覗かせる狼の絵が配置されています。トレーラーのまま見るべきか、バラバラのものが繋ぎ合わされていると見るべきか。さて。

御子様ですよね。赤いアウターの下から覗く緑と、白髪の混じり方からして間違いないとは思うのですが、随分と憔悴していらっしゃる。平田屋敷襲撃後とも思いましたが、であれば白い襦袢姿ではないかと。梟の手から救い出した後に、狼が自らの服を羽織らせているのだと予想してみますが……。そうなると水辺で戦っていたのにびしょ濡れの服を着せるか? という疑問も発生します。

破戒僧内定。まあそりゃいるか。ある意味、本作の代表キャラクターでありまする故。

原作では天守・梟を倒した後に手に入るアイテムをヒントに仙郷を目指すことになるわけですが、破戒僧とはその門番である。つまり何かしら大きくカット・改変されるのだとしても、不死断ちを求めて源に向かう流れは残ると思います。

ところでなのですが、白蛇や獅子猿など、ヌシの類がトレーラー内に全く出演していないんですよね。一瞬映った幻廊の怖気猿が唯一この世ならざる存在ですが、目に見える怪異の類は現時点ではごっそりと秘匿されています。トレーラーに第三弾があるならそこで映るのかもしれない。まさか怪異関係が全て消されているってことはないでしょうし、映画で『隻狼』に初めて触れる人たちのために、その手の超常的な存在は隠しているのでしょうか。

不明。竜胤の象徴とも言える桜が天に舞って行くのは、不死断ちを為し遂げたことを意味するのだろうか。

だが描き方からして現実ではないことを示しているようにも思えます。つまり狼が幻視した一つの結末であり、御子(竜胤)との別れであり、それをこうした形で見せるというのは、この結末を否定する為ではないかと思うのですが……。

さてトレーラーの資本も尽きてきましたし、ここらで終わりにしましょう。美しいシーンを見つけたので、ここに配置します。

走る竜胤の御子、九郎。個人的には時系列上最終盤の場面ではないかと思います。いやいや、襦袢姿だし平田屋敷じゃないの? とお考えかもしれませんが、白く見えるだけで襦袢ではありません。高貴な者が纏うという「狩衣」に見える。この上の画像、目覚めた九郎の服装もそう見える。

ちなみに白い狩衣は「浄衣」、即ち神職が纏うものらしいが、詳しくはないのでご勘弁願いたい。しかしその上で予想してみるのなら、原作にはない、不死断ち、或いは「開門」の為の何らかの神事が差し挟まるのかもしれない。

一通りの出来事が終わった後、九郎は荒れ寺で目を覚ますのではないかと思います。そう、彼の忍びがそうしたように。予想ですが、九郎の中では不死断ちの結果、自らの命も断たれることを覚悟していたように思います。だがこうして自分は生きている。なぜ?

彼の頬に残る痣や傷のようなものは、彼が今や傷つき死に至る存在に返った証でしょうか。

繰り返しますが、ここは本編の最終盤、全ての戦いが終わった後でしょう。今や不死は断たれ、人に返った九郎を縛るものは何もない。「人返り」、それがこの物語の結末だと考えます。何か根拠でもあんのかと聞かれると困るのですが、だってこんなに空が青いから。

一つ余談として、『NO DEFEAT』のメインテーマは坂本龍一の「Blu」だそうです。

かつて洋服の青山の為に作られた曲とのことだそうです。「Blu」はイタリア語で「青」を意味し、要は「青山」と掛けたタイトルだったのでしょう。そして「青」の名を冠する曲が、この度『SEKIRO: NO DEFEAT』に起用されたわけです。

思い出すのは物語の始まり、狼と共に葦名を脱出しようとしていた時、そして弦一郎の手に落ちた時、そこは夜の世界でした。一方で弦一郎もまた、葦名の夜を明かすために戦っていました。夜が外圧の暗示であるなら、『隻狼』とは夜の終わりを目指す物語と言えます。

そして夜は明ける。

ならば物語の終わり、目の前に広がるものは、どこまでも続く空のブルーが相応しい。

トレーラーで遊ぼう -台詞編-

映像面では楽しんだので、続いてトレーラー内の台詞にも注目してみましょう。

最後に。「NO DEFEAT」について

以上、トレーラーから『SEKIRO: NO DEFEAT』の内容を予想する遊びでございました。楽しかったねー。ここまで出された情報をざっと眺めるだけでも、大部分は原作そのままの流れで、アレンジを加えてくるなら、葦名の外に憧れる御子様、そして親と主の定めた掟の間で揺れる狼あたりを中心に描写や構成を組み直してくるのかなと考えています。

戦闘や探索をダイジェストでやるのでもない限り、どこかしら大きくカットしてくるとは思うんですよね。白蛇や獅子猿とか、やるのかなぁ。また勝手に尺の心配をしている。個人的には詰め込み過ぎているくらいが好きではあるんですが。

で、劇場版タイトルの『NO DEFEAT』ってなんなの? って話になりますが、直訳すれば「NO DEFEAT(不敗、負けない)」であるわけです。これは主の為に駆け、「負けられない」戦いに身を投じる狼についてだと理解できますが、もう少し踏み込むなら、本作を代表する名台詞「迷えば、敗れる」に掛かっていそうだと考える次第です。

迷えば敗れる。では「NO DEFEAT(敗れない)」ためには、つまり迷ってはならない。それは戦場での一瞬の判断のことでもあり、そして迫られた選択に対する決断を指しての言葉なのでしょう。Make your choice.

親か主か、或いは己の掟か。華々しくなくとも、最期まで自分で選んだ。これは、かつて戦場跡で拾われた狼が、最期には自らの定めに従い、人となる物語であると見ます。

付け加えるなら、トレーラー内で繰り返される「生きろ」というメッセージは、狼が末期に放つ「人として生きて下され」と重なるものと考えます。従って、『SEKIRO: NO DEFEAT』は「人返り」にて結ばれると、改めてそう予想して見たところで記事を終えましょう。

これであっさり「帰郷」エンドだったり、「修羅」エンドで何もかもブチ壊し始めたら、それはそれで面白いと思います。何にせよ楽しみです。 2026 年は他に『The Duskbloods(ダスクブラッド)』も控えているし、『ELDEN RING(エルデンリング)』のアップデート版も(たぶん)控えているし、こんな……え? いいんですか??

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