「どこもかしこも『虫』だらけだ!」
「連盟」の長、ヴァルトールの言葉です。彼は DLC の配信に合わせて禁域の森へとアップデートされたキャラクターです。曰く、夜は汚物に満ち溢れている。穢れた獣、気色悪いナメクジ、頭のイカれた医療者。これら人の淀みの根源には絶えず汚物が蠢いており、「連盟」とはその根絶のために存在する。そしてその汚物とは「虫」なのだと。
前々回、前回と、『ブラッドボーン』における「虫」の重要性は語ってきたつもりです。ですがそれは上位者と呼ばれる存在と「虫」の関わり、そして医療教会が行った実験の一部について触れたのみで、まだまだ本作には汚物どもが隠れ蠢いています。我々連盟員は一日でも早く夜に清潔をもたらすため、その一助となることを願って、改めて「虫」について書き記すことにしました。
また今回は分量がなかなか凄いことになっていて、それだけに内容もぐっちゃりしてます。いつも以上にとりとめがないですが、ご了承ください。
申し訳ありません。性急過ぎました。以前の記事を読んでくれというのも不躾だと思うので、そこも含め改めて「虫」についておさらいしてみましょう。
「The Old Hunters Edition」を購入の方はご存じないかもしれませんが、 DLC エリア配信に合わせて無料アップデートが行われました。その中の一つ、上述の追加 NPC ヴァルトールは、プレイヤーに新たな誓約カレルをもたらしてくれます。そこに付随するアイテムが「虫」という訳です。以下引用。
- 淀み
- 人ならぬ声の表音となるカレル文字の1つ 禁じられた獣喰らいの内に見出されたというそれは 「淀み」の意味を与えられ、連盟の誓いとなった
- この契約にある者は別世界の狩人に協力し 狩りの成就に「虫」を見出す
- それは汚物の内に隠れ蠢く、人の淀みの根源 躊躇なく、踏み潰すことだ
- 虫
- 連盟の狩人が、狩りの成就に見出す百足の類
- 連盟以外、誰の目にも見えぬそれは 汚物の内に隠れ蠢く、人の淀みの根源であるという それを見つけ踏み潰すことが、彼らの使命なのだ
- おそらく慈悲はあるのだろう 願うものにだけそれは見え、尽きぬ使命を与えるのだ
この「淀み」を刻んだ状態でマルチプレイを成功(ボスを撃破)させると「虫」は手に入ります。オフライン環境下でも「狩人の悪夢」にいる一部狩人を倒せば一匹ずつ落としますし、ヴァルトールを召喚した状態で「初代教区長ローレンス」と「醜い獣、ルドウイーク」を倒すと手に入りますので、オンラインに接続しない方であっても、イベントのフラグに必要な数は揃うみたいです。
DLC のテーマは「血に酔った狩人の末路」と言っても過言ではありません。獣狩りに魅入られた狩人はいつしか忽然と姿を消し、ヤーナム市街とそっくりな悪夢の中で、永遠に獣を狩り続けるという末路が用意されていました。この DLC と同時期にアップデートされた「虫」の概念は、まず狩人というものの在り方に触れるものでした。狩人狩りのアイリーン、そして古狩人デュラ。彼らは劇中に登場した「血に酔わなかった狩人」です。もっともアイリーンはイベントの進行具合によっては話が変わりますが、取り合えずはそこには触れません。狂ってしまった狩人と彼ら古狩人の違いは何か。それは「理由」です。ただ理由も無く、狩猟者であるが故に狩りをする。このような者たちが血に酔っていくのでしょう。つまり「虫」とは、狩人たちを血に酔わせぬための方便なのではないでしょうか。「願うものにだけそれは見え、尽きぬ使命を与える」とはそういう意味で、実際には「虫」など存在せず、もしかすれば連盟と呼ばれる者たちは、ただ狂っているだけなのかもしれません。それでも与えられた使命により、連盟の狩人たちは血に酔わずにいられる…… DLC の前半部分だけを取り上げれば、そんな結論に達するかもしれません。しかし悪夢を進んでいくに従って、どうやら事情が変わってきました。悪夢の最奥、そこにあったのは、上位者ゴースの死体。そしてそこに巣食っていたのは、夥しい「寄生虫」でした。「虫」はいたのです。連盟だけが目にする「虫」は、彼らが正気を保つための欺瞞ではなく、いや、もしかすれば彼ら自身は狂っていたのかもしれませんが、それでも本当に存在していた。ここで初めて、連盟の長の言葉が真実に触れていたのではないかという可能性に行きつきます。人の淀み、つまり獣も医療も上位者も、その根源には「虫」が巣食っていたのだと。
悪夢の中盤、実験棟と呼ばれる場所で、何らかの人体実験が行われていました。通り過ぎる分には意味が分からないのですが、漁村で得た真実によって実験棟の闇が僅かだけ照らし出されることになります。恐らくあの場所では、ゴースの血を人間に輸血していたのです。医療教会は神秘の解明を血に求めた者たちです。だからこそシンプルに、上位者の血を人間に入れることで、その力を解明しようとしたのでしょう。しかし結果は「失敗」。そこには死体の山が積み上げられ、流れた血が河を成すことになりました。理由は、上位者の血に潜む寄生虫が人間に宿らないからであり、しかしそれでも、少なからず神秘を見出すことはできました。失敗はしても、血の医療そのものに間違いは無いことが証明されてしまった訳です。
上位者という存在の影に「虫」はいました。そして実験棟の惨状から分かる通り、医療教会が掲げた血の医療にも「虫」が蠢いていることも分かりました。そして悪夢をもう一歩下ると、そこは狩人と獣の巣窟です。街を流れる血の医療そのものが「虫」によって汚されているのだとしたら、ヤーナムに蔓延る獣の病も、そしてそれを狩る者もまた……?
血の医療は「虫」に汚れ、そこからもたらされた獣もまた汚れている。そんな視点でやっていきます。なお、本編中でも獣とは汚れた存在だと見なす記述が散見します。
- 火炎放射器
- なによりヤーナムは、不浄な獣に満ちているのだから
更に血族狩りのアルフレートに「未開封の招待状」を渡すと、彼は別れ際にこう言います。
「お互い、この街を清潔にいたしましょう…」
もっとも後者に関しては特に含むところもなく、獣というものは汚らわしい存在なのだという程度の意味でしょう。しかしこの上さらにヴァルトールの口から「汚物」という言葉を吐かせる。どんだけ汚ぇーんだと。それはヤーナムという場所が、何か共通の穢れに侵されていることの示唆だと思えてなりません。加えて教区長エミーリアは、ボス戦前にこんな一言をつぶやいていたりまします。
「聖血を得よ」
日本語吹き替えです。「聖血」即ち holy blood とは、ローレンス戦の BGM でも使われていたフレーズだったと思います。「聖血」とは医療教会が用いる血の救い、その源と考えていいでしょう。もちろん他に解釈もできますが、個人的に面白いなと思うのは、「聖血」と「清潔」を掛けている点ですね。つまり街に蔓延する不浄の原因こそ「聖血(せいけつ)」なのだという皮肉なんじゃないでしょうか。これが正答だと仮定して、じゃあその聖血とは何かというと……え? ゴースの血じゃないのかって? 違います。ギルバートとアルフレートの台詞を引用します。
- ギルバート
- 「聖堂街の最深部には古い大聖堂があり…そこに、医療教会の血の源があるという…噂です」
- アルフレート
- 「血の救い、その源となる聖体は、大聖堂に祀られていると聞いています」
- 「かつてビルゲンワースに学んだ何名かが、その墓地からある聖体を持ちかえり そして医療教会と、血の救いが生まれたのです」
まず地下遺跡から聖体を拝領したという経緯があって医療教会が誕生しているので、悪夢の漁村で死亡していたゴースは除外できます(かつて地下遺跡の先に漁村があった、という可能性は排除するものとします)。次に、エミーリアが祈りを捧げていた先には巨大な頭蓋骨があります。これは獣化したローレンスの頭蓋ですが、言われた通りそこにあったものですから、初見時「聖体」はこいつのことかと思ってました。しかし後になって聖堂上層から大聖堂へと帰ってきた際には、エーブリエタースがいる訳です。ご丁寧にもローレンスの頭蓋が祀られている祭壇をエレベーターで降下していった先に、しかもそれまでテキストでちらちら顔を覗かせていた上位者がいる。「ローレンスの頭蓋はブラフで、エミーリアは地下のこいつに祈っていたのでは? つまり聖体っていうのはエーブリエタースのことなんだ!」ってなりませんでしたか? でもちょっと考えると、そうでは無い可能性が首をもたげてきます。
- イズの大聖杯
- 医療教会の上位会派「聖歌隊」の礎となった、イズの大聖杯は ビルゲンワース以来、はじめて地上に持ち出された大聖杯であり 遂には彼らを、エーブリエタースに見えさせたのだ
- 孤児院の鍵
- 大聖堂の膝元にあった孤児院は、かつて学習と実験の舞台となり 幼い孤児たちは、やがて医療教会の密かな頭脳となった
- 教会を二分する上位会派、「聖歌隊」の誕生である
エーブリエタースというのは「聖歌隊」が出会った上位者であり、そして「聖歌隊」は医療教会の設立時に存在していませんでした。なので血の医療の源となる聖体はエーブリエタースではありえないのです。一流の賭博師さながらの心理戦のブラッフ。見事だった!! 今さら何言ってんだと言われてしまうかもしれませんが、整理するまでは勘違いしてたんですね。じゃあ結局聖体ってなんなんだという話になります。分からないので、輸血してくれた人に聞いてみましょう。
「ほう…『青ざめた血』ねえ… 確かに、君は正しく、そして幸運だ まさにヤーナムの血の医療、その秘密だけが…君を導くだろう だが、よそ者に語るべき法もない だから君、まずは我ら、ヤーナムの血を受け入れたまえよ…
それでは、輸血を始めようか…なあに、なにも心配することはない なにがあっても…悪い夢のようなものさね…」
こんなのベッド横で医者に言われてしかもクスクス笑われたらうんこ漏らす自信ある。うんこ漏らす自信はともかく、何の血なのか言ってくれてます。「ヤーナムの血の医療」「我ら、ヤーナムの血」……そう、「トゥメルの女王ヤーナム」です。固定聖杯のラスボスとして彼女が設定されている理由は、ただ本編で登場した謎の花嫁の正体が明らかになるという以上に、かつて医療教会が遺跡から持ち帰ったという聖体を、その遺跡の最後に配置することで判明させる意図なのではないでしょうか。無論上記の台詞は言葉の通り、ヤーナムという場所に流れる血、そこに住む人々皆が共有する医療を受け入れたまえよという意味なのでしょうが、聖杯を制覇したプレイヤーだけが、一度聞いた台詞から初めとは異なるニュアンスを見出すことができる仕掛けになっていた……らいいなあと考えています。ちなみにですが、女王ヤーナム戦の BGM の名は「Queen of the Vilebloods(穢れた血の女王)」です。
また本編中では知れず、公式サイトなどでアナウンスされていることなので案外知られていないことなのですが、医療教会の本拠地であり、エミーリアがいた大聖堂。あそこが街の名前の由来になっているそうです。つまりは「ヤーナム大聖堂」。初めに聖堂ありき、次いでヤーナムという街が築かれていったことになります。ここからは解釈が分かれるところですが、つまり聖体となる女王ヤーナムを墓地から連れ帰ったローレンス達は、彼女を聖体として戴き医療教会を興したのでしょう。必然、ヤーナムの名を冠した大聖堂が建ち、そして血の救いに誘引された人々が集い、街を成すことになります。つまり古き医療の街ヤーナムは、ローレンスたちによって作られたことになるのです。こう考えると歴史の歩みが見えてくるように思えてわくわくするのですが、例えばビルゲンワース時代から、医療教会末期まで生き永らえていたウィレームは何歳なんだとか(半ば人間ではなくなっていたようですが)、色々考えないといけないことが出てきます。まあ正直今回の記事とはあまり関係がないので、その辺はいつかまた考えたいところです。話を進めましょう。
(追記 : 2018.10.08) 話を進める前に一つ。今更ですが古都ヤーナムはローレンスたちが興したものではない、という考えに至りました。すっごい初歩的な部分として NPC 「孤独な老婆」が「お前らが来てから街はおかしくなった」という旨の台詞を口にしているんですよね。つまり医療教会は古都を乗っ取った訳です。ただし街の名の由来は変わらず大聖堂から取られているようで、思うにこの古街自体がトゥメルの遠い末裔であり、ローレンスたちはその歴史的背景をひも解く形で地下墓地から聖体を発見したのではないでしょうか)
そもそも医療教会はヤーナムの血を使って何がしたかったのでしょうか。思い出して欲しいのが、上位者の血が人間に馴染むことはなかったという事実です。人間は脳に瞳を持たないが故に、上位者の血に蠢く「虫」の宿主足り得ない。しかし例外がありました。それは人の中にあって人でない、特別な血を持つ人間です。それら特別な人間、主に女性たちは上位者に選ばれ、血を交えることで赤子さえ設けます。その結果、赤子の母親たちの中には人間から上位者にさえなった者もいたのではないか、とは以前の記事で触れました。ならば特別な人間の血を体に入れる、適合するということは、それだけで上位者へと近づく一助と成り得る訳です。そして実験棟の惨状を見るに、人間に対して上位者の血を直接用いるよりは可能性のある試みだったことでしょう。
トゥメルとは、地下遺跡を築いた古い種族の名であり 神秘の知恵を持った人ならぬ人々であったと言われている
トゥメル=イルとは、トゥメル人の王ないし王都を意味する それは、上位者の眠りを祀るトゥメル文明の末裔たちが せめて彼らの王を戴こうとした証しであろう
即ち医療教会の狙いとは、女王、つまりはトゥメル人の血を使い、古き叡智を秘めた人ならぬ人を製造すること。そしてかつてあった上位者との結びつきを得ることにありました。言い換えればそれは、ヤーナムという街に、トゥメルを再臨させる目論見でもあった訳です。結果として血の医療は救いをもたらしはしましたが、同時に獣の病を蔓延させることになります。ですがこれは何も教会に技術的な不手際があったということではありません。思い出して欲しいのが、聖杯ダンジョンを進んでいった先に待ち構えていた「獣血の主」という巨大な獣です。「獣憑き」含む、遺跡道中の獣たちも同じです。これらはトゥメル文明に元より獣の病が存在していた事実を示します。つまるところ、医療教会はとても上手くやったのです。ですが、だからこそ、トゥメルが有する生命力とともに、獣化という病魔をも呼び覚ましてしまった。不浄は聖血に宿っていたのです。
興味深いのは女王ヤーナム自身が獣ではなかった一方で、女王の血が獣を生んだ事実です。ならばトゥメル人達の中に現れた獣は、女王から血を拝領した者たちの成れ果てなのか、或いは女王のみに関わらず、獣化はトゥメルの血筋に共通して潜伏する病だったのか、そこはちょっと分かりませんが、どちらにせよ古代の超人たちであっても、獣化という呪いを克服することは叶わなかったことになります。だとすればこの不浄の発端は何なのでしょう。神秘の古代人と言えど、そのような存在が降って湧いたとは考えられません。「もたらしたもの」があったはずです。上位者の「虫」が何かをきっかけにトゥメル人へと感染したのかもしれませんし、宇宙から隕石と共に降ってきたのかもしれない。或いはそんなちっぽけな想像を超えた、もっと暗い場所から這い上がってきたとでもいうのでしょうか。
医療と獣の病を語るのに欠かせないのがローランという土地です。ここに関しては「よく分からない」というのが本音なのですけれども、劇中には以下のような記述が存在します。
ローランとは、砂の中に消えた悲劇の地である 悲劇の所以は「獣の病」であったといわれ 病めるこの地は、あるいはヤーナムの行く末なのだろうか
病めるローランの各所には、僅かに、ある種の医療の痕跡がある それは獣の病に対するものか、あるいは呼び水だったのか
獣の病というものが古い血に宿っていて、そしてこの地に医療の痕跡があったことから、ローランはヤーナムの「前例」だったことが分かります。しかしヤーナムのように学徒たちの探求の結果として病が蔓延したというよりは、純然たる医療行為が悲劇を招いたという方がしっくりきます。なぜならばローランは、まるで全体がヤーナム旧市街であるかのように羅患者の獣、つまり元病人で溢れかえっているからです。砂の中に消えたというのが分かりませんが、獣の病の果てにはそういった異変が訪れるということなのでしょうか。
重要なのはローランが何を拝領したかという点です。地下遺跡を築いたのがトゥメルということからも、医療教会と同じものを聖体としたのではないかというのは想像に難くありません。しかし血に渇いた獣や獣憑きなどは一部共通するものの、ローラン産の銀獣や黒獣は地下遺跡に巣食う獣と違って「雷」という特性を持ちます。これはトゥメル産の獣にも見られないものです。これをヒントと捉えるのなら、ローランにとっての聖体はまた別にあるのではないか、という推測が浮上してきます。というかそれ以前に、「女王ヤーナム」が二度、或いは二代に渡って捕まったと考えてしまうと、トゥメル=イルのセキュリティどんだけガバガバなんだという話になりませんか。
ただ、すみません。一点だけ嘘をつきました。禁域の森で出会う身を窶した男、オドン教会に移動させると NPC を殺害してしまう彼ですが、この男はローランにもボスとして出現した「恐ろしい獣」に変態する能力を持ちます。これは「聖職者こそがもっとも『恐ろしい獣』になる」という記述からの名称、そして人間時に纏う「やつしの頭巾」からして、彼はきっと医療教会の聖職者だったのでしょう。つまり雷特性を持つ獣はヤーナムの血からも生まれていることになります。さあ、ややこしくなって参りました。
この辺りに整合性を持たせるなら、ローランの「恐ろしい獣」もまた、ローランという土地の聖職者だったという事実の示唆になるのでしょうか。また、ローランにはそのまま「ローランの聖職者」という mob が出現するのですが、こちらは炎を使役します。そして上述したように医療教会のローレンスは全身が燃え盛ってさえいました。これらのことからどんな推測が立てられるのかというと、聖職者が恐ろしい獣となる時、出自に依らず彼らは炎や雷などを、超常的な力を行使するに至るのかもしれません。思えばエミーリアも自身を回復させる神秘を用いていましたね。だとすると地下遺跡の獣憑きの正体とは、「トゥメルの聖職者」だったのではないか、なんてことも考えられる訳です。そういえばオドン教会の最下層に獣憑きがのんびり座っていましたが、あれは地下遺跡から逃げ出してきたのか、或いは医療教会の聖職者の成れ果てだったのかもしれません。
医療教会の血の源は女王ヤーナムである、という発想に基づいての考察ですが、一応まだ根拠はあります。劇中、医療教会上位学派のメンシスは女王ヤーナムとその赤子メルゴーを利用していたようですが、なぜそんなことが出来たのか。どこで出会ったのか。単純な話、医療教会に元々「聖血」として祀られていた彼女たちを引っ張ってきただけなのではないでしょうか。加えて言えば「メルゴーの乳母」直前、エレベーター横にあった「ヨセフカの輸血液」。滅茶滅茶意味ありげだったあのアイテム配置ですが、こちらも単純な話、ヨセフカ の診療所にメンシス派の息がかかっていたことの示唆でしょう。そしてヨセフカはあるタイミングで、偽の女医に成り代わられることになります。服装などから察するに、偽ヨセフカは「聖歌隊」の人間です。つまりここでも「聖歌隊」と「メンシス学派」の抗争劇が垣間見える訳です。そりゃ同僚同士でこんなことやってる職場なら滅びるよ。
図はないです。ようやく「虫」の話ができます。さてヤーナムの血の医療には不浄が蠢いていて、そして不浄とは「虫」のことでした。ではその「虫」は具体的に何をもたらすのでしょうか。
- 輸血液
- ヤーナム独特の血の医療を受けたものは 以後、同様の輸血により生きる力、その感覚を得る
- 故にヤーナムの民の多くは、血の常習者である
- ヨセフカの輸血液
- 感覚効果が高く、より大きなHPを回復する
- 感覚麻痺の霧
- 狩人の生きる力、その感覚を鈍らせ、HP回復を阻害する
作中幾度か登場する「感覚」という言葉。違う視点で読むのなら、そのまま精神力という意味ではなく、「生きる感覚」をもたらす「何か」を指す言葉なのだと考えられます。まあ前回の記事でも触れたので遠回りに語る意味もないですね。要するに「虫」を体内で飼うことで、それは尋常でない生命力を授けてくれるようです。ならばプレイヤーキャラクターの HP の意味は、体内の血液量及び、そこに巣食う「虫」の量と捉えてよさそうです。輸血によってそれを補充すると。水銀弾を生成する際に HP が減少するのは、狩人の生命力と血液量が連動しているという描写ですね。
また、これは狩人のみの能力なのかもしれませんが、「リゲイン」というシステムも興味深い。前回の記事で触れましたが、これは返り血によって体内へと血液を補充しているのでしょう。排出してしまった「虫」を相手の体液から取り戻している、という考え方もできますが、毒沼に生息するウジ虫からもリゲインが可能なことを考慮すると、血そのものを取り込んで「虫」に栄養を送っているとした方が自然かもしれません。だとすればヤーナム民が皆持っていそうな能力ではありますが、これに関しては確認する術はありませんね。また「なぜリゲインには制限時間が決められているのか」という疑問についてですが、たぶんリゲイン受付時間は、そのまま狩人の外傷が修復されるまでの時間なのではないかと考えました。開いた傷口から血を補充することをリゲインと呼ぶなら、塞がった後でそれが出来なくなるというのは頷ける話です。なので HP が減少し、かつリゲインができない状態とは、言い換えれば「傷は塞がったが血が足りない」状態な訳です。ということはゲーム中描写こそされていませんが、たぶんヤーナムの血の医療を受けた人たち、特に狩人は、傷ついても瞬く間にそれが塞がるといった体質を持っているはずです。すげーな血の医療。この考えを突き詰めると、経口投与、つまりそこら辺の人間に噛り付いて血を啜れば回復が可能になる理屈ですが、それをする者を人間と呼べるかは疑問ですね。
次に獣化という現象です。これはヤーナムに蔓延する風土病であり、「獣の病」と呼ばれています。「虫」による強靭な生命力と獣化は表裏一体ということですね。ですが誰もかれもが獣になりはしません。宮崎社長曰く「人間性という枷が外れた結果」だそうです。全て理解した気になってしまう説明ではあるのですが、謎は残ります。何を引き金にして獣化は起きるのか。単純に心折れた者が獣となるのか。劇中、獣にならずに死んでいく者がいるのはどういうことなのか。聖堂前の大男たちなども「虫」の影響だとは思いますが、彼らはなぜ肥大化だけして獣になっていないのかなど、ここら辺まだ分からないことだらけですが、そこは一旦忘れて、獣の病が「虫」によるものなのだという事実を示す描写に思いを馳せてみます。
劇中「獣」に属する敵は共通する弱点を持ちます。「ノコギリ」と「火」です。如何にも獣に効きそうな要素なのですんなり受け入れてしまうところですが、改めて考えると意味不明です。獣は火を恐れるとは良く言いますが、だからと言って人間よりもよく燃えるなんてこともないはず。というか巷の印象ほど獣は火を恐れないとも聞きます。ノコギリだって同じこと。むしろ獣となって身体能力や生命力が増大する訳ですから、外傷に対しても頑強になるはずではありませんか。獣になった結果、それら 2 つへの耐性が低くなる、そんなことあるのでしょうか。あります。実は火に弱いのは獣ではありません。その内に潜む汚物たち、そう、「虫が炎に弱い」のです。劇中で炎を恐れる獣がいますが、あれは獣の内に蠢く「虫」たちがビビり倒している訳です。そしてこれは病が進行した宿主はその行動規範を「虫」によって支配されてしまう事実を示します。合わせてノコギリが獣に対して有効な理由は、ノコギリという形状がより肉を酷く裂き、多くの血、つまり「虫」を排出させることに適しているからでしょう。つまりは「ノコギリ」も「火」も獣そのものへの対抗手段ではなく、獣を動かす根源へと働きかける手段だったのです。ヤーナムという街にはヤーナム葬という独特の風習があります。市街各所で見かける、獣を磔にして火を放つやり方です。それは古来より人間が伝染病に対して行ってきた手法に似て、また彼らは不浄が何を嫌うかを本能で嗅ぎ分けていたのではないでしょうか。
余談ですが、この理屈の上でルドウイーク戦を思い出すと、彼は HP が半分になった途端に人間性をやや取り戻したように思えます。これは血を排出させたことで、「虫」の支配から一時的に逃れた描写なのではないでしょうか。ちなみにメンシスの悪夢に登場する銀獣は、倒すと寄生虫を排出する訳ですが、この時炎属性の攻撃、また内臓攻撃によって倒すと「虫」が出てこないまま死んでくれます。
「虫」が人を獣にする。では獣は何になるのでしょう。その答えが、劇中で幾度となく登場するカラスやネズミやブタさんです。彼らは見るからに尋常の状態ではありえませんが、それもその筈、彼らアニマルたちは、まず最初に「虫」に侵された死体でも食べたのでしょう。その結果があのように異常なまでに肥大化した姿です。つまり人が「虫」によって獣性を獲得する一方で、獣は獣としてその凶暴性や食欲とともに肉体を際限なく肥え太らせていったのだと思います。もちろん、彼らもまた「火」と「ノコギリ」に弱いです。ちなみに犬も「獣」に分類されるのですが、こいつは特別大きくなっていません。なぜなんでしょうね。まあ、でかい犬とか勝てる気しませんけど。
このことからも、宿主が元の形態からかけ離れるといった現象は人間にのみ起こることが分かります。やはり人間性という、人だけが持つ知性や魂のような部分に「虫」は大きく作用しているのでしょう。人はその人間性ゆえに人を失い、或いは超えることができますが、動物は所詮、動物でしかないということなのです。……実は例外が存在するのですが、これは後述。
人間を獣に変え、獣の成長を促す「虫」ですが、「死体」に取り付いた場合どうなるのか。その答えがヤーナム市街や禁域の森の沼に出没する、上半身のみで動く死体なのではないかと思われます。獣になる間もなく死んだか、死んだものに寄生したのかは不明ですが、「虫」はある程度原型を留めてさえいれば死体を操ることができるのでしょう。またそれは、裏を返せば獣化という現象に「生者の意志」が不可欠だという事実も示します。
石になります。「虫」が。なるったらなるんです。結論を言ってしまうと、「血石」と「血晶石」はこいつらが血中で固まったものです。
- 血石の欠片
- 死血に生じる固形物の欠片
- 血中に溶けたある種の成分が、死後凝固したもので 結晶化していないものは血石と呼ばれる
これ笑ってしまうのが、「(血の持ち主が死ぬことで)血中の成分が凝固する」という意味の文章じゃないんです。「死んだ血中の成分が凝固する」という意味なんです。ずっと前者だと思っていました。意味合いとしてはあまり変わらないかもしれませんが、要するに血の中に何らかの生物が蠢いていることは初めから仄めかされていたんですね。そして「『虫』は死ぬと石になる」という視点を持つことで、他にも色々楽しげな事実が見えてきます。
ほおずき(脳みそ女)やメンシスの脳みそに視認されることで、発狂とは別に狩人の体から鋭い槍のようなものが突き出してきます。あれ、血中の「虫」が無理やり血石化させられているんです。つまりあの腐れ脳みそどもは、「虫」に直接攻撃を加え、そしてその性質を利用することで内部から攻撃してくれていた訳です。メンシスの悪夢に転がっているトゲだらけの遺体はその被害者なんですね。ファック! また面白いのが、メンシスの脳みその邪眼は人間は勿論、敵キャラクターであっても同様の効果を及ぼします。つまり巨人や銀獣の体から針が突き出しているということは、彼らの体内にも「虫」がいるということ。しかし銀獣の死後、その体を突き破って出現する「虫」自体にはこの効果が及ばないんですね。脳みそが「虫」を攻撃するというのであれば、これはおかしい。つまりこれは血という触媒が持つ性質な訳です。恐らく血と言う触媒を介してのみ、「虫」に対して強制力を発揮できるのではないでしょうか。また最大の血石である「血の岩」は本編中、メンシスの脳みその傍で、そして DLC エリアではほおずきの近くで「岩」は手に入ります。手に入る血石が強力になっていくのはストーリーの進行度合いを知らせる意味が強いのですが、「岩」に関して言えば両者ともに脳みそが近くにいたという描写から、「そこまでたどり着いた強力な探索者の血が固められた」というフレーバーにもなっているのではないでしょうか。
そしてもう一つ。狩人ブラドーと彼が振るう「瀉血の槌」です。
- 瀉血の槌
- 医療教会の刺客、狩人ブラドーの狂った狩武器
- はらわたの、心の底に溜まった血を吸い おぞましい本性を露わにする
- それはまた、悪い血を外に出す唯一の方法だ 地下牢に籠ったブラドーは、そう信じ続けていた
「瀉血」とは古く信じられてきた「悪い血を出せば健康になれる」という治療法だそうですが、現代の医療では限定された状況でしか用いられません。つまりブラドーの思想は狂っていると言っていいのですが、『ブラッドボーン』というゲームでは、狂気の沙汰ほど真理に触れているもの。そして彼の「気づき」は正しく、血中にこそ「淀み」の根源があるというのは、ここに至るまで再三口にしてきました。「虫」の認識が禁断の獣喰らいより端を発したように、獣の皮と血を被るという所業がある種の啓蒙をブラドーにもたらしたのでしょうか。
さて瀉血の槌ですが、これは DLC で追加された特殊な変形武器です。通常形態は変哲もないメイスなのですが、腹に突き立てることでそれはグロテスクなモーニングスターの如き姿へと変形します。腐れ脳みそどもがやったことの逆利用、つまり「自らの血を血石化させて武器としている」訳です。更に注目すべきポイントとしては、変形前が筋力武器であるのに対し、変形後の槌は血質武器へと変異すること。これらを鑑みることで、地味に謎だった「血質とは何か」という疑問に光明が見えます。この辺りは後述。
そして極め付けは女王ヤーナムを撃破することで入手できる「ヤーナムの石」です。
- ヤーナムの石
- トゥメルの女王、ヤーナムの残した聖遺物
- 女王の滅びた今、そのおぞましい意識は眠っている だが、それはただ眠っているにすぎない…
ヤーナムの胎内にはメルゴーという赤子の上位者がいました。ならばこの石は、メルゴーが丸のまま血石化したものと捉えるべきでしょう。まだ生きているらしいです。さながら冷凍睡眠のよう。いつか目覚める日が来るのでしょうか。
言うまでも無く「炎」や「雷」、そして「神秘」と名の付く血晶石の存在は、血に宿った「虫」がそれらの事象を引き起こし得ることの示唆です。一部炎や雷を行使する獣が存在しますが、上位者が「虫」から刺激を受けることで神秘を行使するのと同様の仕組みなのかもしれません。
また興味深い描写があるのですが、漁村に点在する小さな灯を思い出してください。それらをよくみると蝋燭などではなく、ナメクジに似た軟体生物から火が出ているんです。この軟体生物はゴースの精霊です。初めて気づいた時にはシュールさに笑ってしまったのですが、しかし何も漁村民も伊達や酔狂で軟体生物に火をつけてみた訳ではないでしょう。わざわざ油をナメクジに塗りたくって燃やしたとも考えられません。精霊や上位者と言えば神秘が目立ちますが、恐らく使いようによっては火や雷の触媒にもなるということなのではないでしょうか。漁村の司祭などは雷を落としてきましたが、もしかしたら精霊を触媒にしていたのかもしれませんね。ゴースの遺子が母体を起点にして落雷を招いていたことからも考えられることではあります。そこから考えを進めてみると「トニトルス」の雷光や、炎・雷のヤスリには血晶石、もしくは教会が保有するエーブリエタースの精霊などが利用されているのでは、などと想像できてしまいます。
じわじわとダメージを受ける「遅効毒」に対して、一気に HP を持っていかれる「劇毒」ですが、これらは名称通りの意味で「毒」なのではなく、「虫」が悪さをしているのではないかと考えます。後者に関して言うなら、例えば「虫」が対象に纏わりついて噛り付き、激しい出血を促す、というような。劇毒ゲージが蓄積しきることで大量の血飛沫が発生するのはそういった理由からではないでしょうか。そして狩人に宿る不浄の源が聖血であると捉えるなら、まさに聖血の主である女王ヤーナムの血飛沫は劇毒の効果を持ち、また同様の攻撃を獣血の主も行ってきます。更にはカインハーストの武器である千景は、変形することで狩人自身の血を刀身とする訳ですが、これには劇毒の効果があります。
では遅効毒の方はどうなのかというと、こちらももしかすれば「虫」に原因を求められるかもしれません。理由は「白い丸薬」で治癒できるからです。劇毒が「虫」による侵食なのだという仮説が正しいのだとして、それを治せる丸薬とは何なのか。簡単な話、「虫くだし」なのではないでしょうか。そして劇毒が虫下しで治るのなら、遅効毒もまた「虫」による健康被害だと考えて不自然さは無い気がしますが……。
白い丸薬の話が出ましたが、その前に「獣血の丸薬」に触れましょう。これはもうそのまま、テキストにある通り「獣血を固めた」ものなので、その主たる獣、名の通り「獣血の主」が源となったのでしょう。獣の血を取り込む、それは「獣喰らい」に通じますが、あちらが「虫」の認識という、狩人としての在り様に影響を及ぼしたのに対して、丸薬とした際の効能は純粋に獣性の高まりという形で表出します。重要なことは、「虫」とは時に人の意思を変質させ、石になったかと思えば毒にもなり、更には薬にもなるのだということ。触媒如何で様々なものに変態するのです。という訳で、白い丸薬に触れます。
- 白い丸薬
- 毒を治療する小さな丸薬
- かつて旧市街を蝕んだ奇怪な病、灰血病の治療薬
- もっとも、その効果はごく一時的なものにすぎず
- 灰血病は、後の悲劇、獣の病蔓延の引き金になってしまった
「灰血病(ashen blood)」。白い丸薬のテキストにしか登場しないのでご存じない方もおられるかと思いますが、本作屈指のミステリーです。手がかりが少なすぎるのでこの謎の病に関しては現状降参するしかありません。今取り上げるべきは白い丸薬の方です。少ない情報を意地でもヒントとするなら、これをわざわざ「丸薬」としてあるのは、この薬品が獣血の丸薬と同様の製法だからではないでしょうか。
しかし仮に「白い血」などというものを原料にしているのだとすると、候補は多岐に渡ります。脳喰らいや星の子などの眷属、そしてエーブリエタースの一部分から流れる血は、白いような、銀色のような、もしかしたら灰色のような血液をしています。エーブリエタースなどは教会が保有していることですし、あり得そうですね。もっともそれだと旧市街の惨劇と聖歌隊の設立(エーブリエタースとの邂逅)の順序まで考えなきゃいけない。ああ、頭がこんがらがってきた。ただ可能性としてもう一つ考えられるのが、「血」という入れ物を抜きにした、「虫」そのものをすり潰して丸めているのではないか、というもの。もしかしたら獣血の主に巣食う巨大なウジ虫を原材料にしているのかもしれません。毒性の原因となる「虫」そのものを摂取することで、それらへの耐性を上げる、または「虫下し」としたのではないでしょうか。多分に推測ですが、一つの考察としてあっても損はないかなと思っています。
降参と言いましたが、ちょっとだけ頑張ってみます。灰血病の元ネタが「敗血症」なのだと仮定してみます。敗血症とは現実に存在する病で、簡単に言えば重度の細菌感染症だそうです。では灰血病もまた、何らかの細菌やそれ以外の何かに蝕まれたもの、と推察できます。そして灰血病は「旧市街を蝕んだ」そうですが、この「蝕み」という言葉が、病魔に掛かった比喩というだけではなく、言葉通りの「虫食み(むしばみ)」だとすると、何かうっすらと見えてくる気がするような、しないような。
分かっている限り、旧市街というのは二つの異変の舞台になっています。「灰血病」と「赤い月」です。そしてこの二つが無関係だと考えるのは不自然でしょう。赤い月が上位者の徴(しるし)なのだとすれば、旧市街の異変にも上位者が関わっていたことになります。そして上位者の何某かが旧市街を「虫食んだ」のだと仮定した上で、前述したように一部眷属が「灰色の血」を持っていること、特にヨセフカ診療所で人間が眷属(星界からの使者)化させられていた事実と結びつけると、ちょっと突拍子もないですが、こんな推測が出来ます。「灰血病とは、旧市街の住民が眷属化していく現象だった」
そして医療教会は、その異変に立ち向かうべく、或いは既存の技術を有効と見ただけなのか、白い丸薬による「虫下し」を試みます。もっとも医療教会が事の原因を「虫」と捉えていたのかは怪しいので、単に眷属化、人間の血が灰色になっていく現象を投薬により何とかしようとしたのかもしれません。そして確かに薬効は現れましたが、一時しのぎにしかならず……そして「何か」があったのでしょう。旧市街を蝕んだ灰血病は、代わりに獣の病によって塗りつぶされることになります。後のことは、ご存じの通り。焼き討ちというパワー医療の決行です。
余談ですが旧市街のボスである血に渇いた獣は、常に血を噴き出しているが故に渇いているのだそうですが、その血は毒を含み、また灰色のように見えます。旧市街の獣だけが毒性を持っているのは、灰血病の名残なのでしょう。そしてローランの獣もまた毒性を持つのは、或いはあの土地はヤーナムというより旧市街の似姿だったのかもしれません。
『ブラッドボーン』には炎・雷だけでなく、様々な効果の血晶石が登場します。それらは全て凝固した「虫」の力ではないかというのが何となく分かってきた訳ですが、中でも特筆すべきは「獣狩り」や「眷属狩り」と名の付くものです。これらは実際に獣や眷属への特効となりますが、果たしてどのような力が働いているのでしょうか。例えば松明を持って火を放ち、自身は雷光の能力を持つ銀獣は炎と雷の血晶石をドロップします。松明を基にした火炎攻撃であるにも関わらず炎の血晶を落とすというのが腑に落ちない気もしますが、或いは炎を苦手とするはずの獣が炎の道具を所持するという習性が、銀獣に宿る「虫」に何らかの変質を促したとも考えられます。このように対獣・対眷属の血晶をそれぞれドロップするものたちに何らかのヒントが無いかを調べてみたのですが、ちょっと分かりませんでした。
分からなかったんですが、分からなかったなりに仮説を立ててみるなら、「虫」はそれ自体が「虫」に対する特効に成るということなのかもしれません。毒のくだりで申し上げた、「虫」はすり潰せば「虫下し」となるという仮説や、「虫」を宿した狩人が、同じく上位者の「虫」が宿ったエーブリエタースの血飛沫を受けて発狂してしまうのは、そういうことなのではないでしょうか。この仮説に基づけば、やはり「白い丸薬」は巨大なウジ虫をすり潰したものなのかもしれません。ヤーナムの聖血から生じたであろう「虫」故に、同種の「虫」がもたらす毒性への薬効が認められるものの、上位者由来と思われる灰血病の治療には効果が足りなかったのではないでしょうか。もしかしたら「発狂」とは、上位者の「虫」がもたらす「毒」なのかもしれません。通常の「虫」では宿主の血液ごと排出するしか逃れる方法がなく、故に白い丸薬が効果を見込めない……とか。ちなみに時折出てくるウジ虫ですが、この寄生虫、遅効毒に滅法弱かったりします。
余談ですが「醜い獣、ルドウイーク」には当然獣狩りの血晶が有効です。しかし「聖剣のルドウイーク」となってからはこの特効が消えるそうです。一方で変わらずノコギリや炎はよく通ります。つまり対獣の血晶というのは、「獣が持つ肉体的な弱点」ではなく獣化の際に失われた人間性、転じて「獣性」部分に対して効果を及ぼしていたということなのでしょう。
「ルドウイークの聖剣」などによってその名を馳せた古狩人中の古狩人ルドウイークですが、 DLC でついに登場しました。しかしその姿は獣の中でも一際醜く変質していて、ビジュアルと強さの両輪でプレイヤーを苦しめます。しかし戦闘も中盤、倒れ伏したかに見えたルドウイークは、最初から背にあった一振りの剣を目にし、正気を取り戻したかのように二本の足で立ち上がり、以降「聖剣のルドウイーク」として立ちはだかることになります。
最早恒例となった、 HP が減少することによるボスの行動変化ですが、ルドウイークのそれは中々に興味深い。彼がなぜ幾ばくかの人間性を取り戻すに至ったかと言えば、恐らくそこに至るまでに「虫」を大量に排出させたからではないかと推察します。同じ獣型ボスのガスコインやエミーリアにはなかった特徴ですが、それだけルドウイークという狩人の精神が頑強であった、ということなのでしょうか。
また一連のイベント中、肝は何といっても彼が見たという「光の糸」です。
- 導き
- かつて月光の聖剣と共に、狩人ルドウイークが見出したカレル
- 目を閉じた暗闇に、あるいは虚空に、彼は光の小人を見出し いたずらに瞬き舞うそれに「導き」の意味を与えたという
- 故に、ルドウイークは心折れぬ。ただ狩りの中でならば
「…狩人よ、光の糸を見たことがあるかね? とても細く儚い。だがそれは、血と獣の香りの中で、ただ私のよすがだった」
ルドウイークは血と獣に塗れた夜の深みに誰よりも身を沈め、それでも血に酔いませんでした。それは彼が月光という導きを得たからであり、その光が彼の人間性を維持し続けた訳です。しかし上記の台詞はこう続きます。
「真実それが何ものかなど、決して知りたくはなかったのだよ」
闇夜に見出した光が彼の正気を繋ぎ留め、しかしその正体を知ってしまったが故にルドウークは人間性を失いました。彼が見出した光の糸とは何だったのか、と勿体つけるのもなんですね。「虫」です。哀しいかな、その後実験棟の高みまで到達すると、一匹のカラスが狩人を「導く」ように梁から飛び降りるのですが、こいつを倒すと同じ「導き」のカレルをドロップするんですね。つまり聖剣のルドウイークがよすがとしていたものは、何のことは無い、カラス程度にも宿る「虫」に過ぎなかったのだと、自らを導いていたものの正体に打ちのめされた彼は、正気を手放したということなのです。
「ほら、これがルドウイークの導きの光だ …英雄を導いた、目も眩む欺瞞の糸さ …俺はゴメンだね…」
面白いのが、これは上述した「連盟」の使命とすり合わせたイベントであるところです。
- 長の鉄兜
- ヴァルトールは、もう長い間「虫」が見えなくなっていた
「虫」は実在します。しかし実のところ「連盟」にとってそれはあまり重要ではなかったのだと思います。繰り返される狩りに意味はあり、夜はいずれ明けるのだと自らに言い聞かせることが許される「慈悲」。それこそが彼らの見出した使命の本意なのです。ヴァルトールは淀みの根絶など不可能であることを理解して尚、いや理解しているからこそ、せめて同志として名を連ねた狩人が血に酔わぬために、「連盟」の使命が継承されていくことを望んだのです。
「…きっと、誰にも理解されぬだろう。だからこそ、俺は同志たちを愛するのだ」
彼が「虫」を見出せなくなったのは、きっともう必要が無くなったからなのではないでしょうか。欺瞞と知る使命ではなく、確かな同志の存在こそが、今や彼にとっての獣狩りの意味に成り得たのだと思います。
何という皮肉でしょう。ヴァルトールとルドウイーク、夜道に「虫」を見出した二人の狩人の行く末は、しかし対照的なものでした。導きは、それを光と信じたものを裏切り、始めから見向きもしなかった者にこそ応えたのです。
ルドウイークが見た「虫」は、ヤーナムの聖血に宿る不浄、いわゆるヤーナムに蔓延するものとは異なると考えています。恐らく感染源はゴースです。場所が実験棟であったこと、ルドウイークが他の獣とは一線を画す能力を有していたことなどからそう考えているのですが、それよりもこちらをご覧ください。再びの引用になってしまいましたが、この「導き」のカレル文字……ゴースの死体に似てませんか?
これは別記事で取り上げようと思っていたことではあるのですが、「狩人の徴」を初めとするハンターを象徴するルーンは、漁村にぶら下がる首なし死体が原型となっていると思われます。ここら辺を掘り下げると、シモンが死に際に口にした「狩人の悪夢は漁村という罪の跡を苗床にしている」という言葉の真意が探れそうなものですが、脱線するのでまたの機会にします。
で、狩人を象徴とするカレルと、「導き」のカレルは、同じコンセプトを持つルーンだと思われます。首が胴体から離れている光景をモチーフにした、つまり「狩り」という行いの象徴。ゴースの死体は漁村民のように首を斬り落とされてこそいないようでしたが、医療教会はその血を拝領していました。以前申し上げました通り、「拝領」とは医療の業であり、「継承」は狩猟の業になります。実験棟での拝領が失敗に終わった一方で、「ゴースの血」を何らかの形で継承した人間がいたのではないでしょうか。それがルドウイークであり、彼を導いたという光の糸、その本当の正体なのかもしれません。なので彼が見たものは寄生虫というより、ゴースの血から継承した遺志のようなものだったと考えてみるのはどうでしょう。なぜルドウイークだけがその器足り得たか。上位者の血が啓蒙と結びつくことで変態するなら、彼には狩人でありながら高い啓蒙が備わっていたということなのかもしれません。継承という狩人の業、そして高い啓蒙。その二つが合わさることで、聖剣のルドウイークは生まれたのではないでしょうか。
結局彼は心折れたが故、ついには獣と成り果てましたが、そこにはおぞましい「瞳」が幾つも蠢いていました。これもまた他の獣には見られない特徴です。瞳とは「卵」などの暗喩であり、瞳という形状そのものに意味はないと主張してきましたが、ルドウイークのそればかりは、もしかすれば彼が上位者に近づいていたことの示唆であるように思えます。聖職者ほど恐ろしい獣を生むとはよく言ったものです。その醜い獣の姿は、彼の気高い信仰の象徴でもあったのでしょう。
図はありません。さて不可解なことがあります。上述したように「我らヤーナムの血」という言葉が、「ヤーナム市民共通の医療」と「女王ヤーナムの血」のダブルミーニングになっているのだとして、逆を言えば主人公は他の市民と同じ「ヤーナム独特の血の医療」を受けた訳です。だとしてですよ、じゃあ「何が主人公を狩人にした」のでしょう。
- 汚れた包帯(初期装備)
- 血と獣の悪夢から目覚めたとき、巻かれていた包帯 ひどく汚れ、決して衛生的なものではない
- かすかな記憶は、これが血の医療 すなわち正体不明の輸血の痕だと教えている その直後から、悪夢がはじまったのだ
ヤーナム市民が皆狩人となり夢を見ている筈もありません。では主人公だけが別の血を輸血されてしまった? それでは冒頭の台詞がダブルミーニングだったという前提が崩れてしまい、「聖血=ヤーナムの血」説も共倒れなので却下したいところ。ではヤーナム市民も主人公も同じ血を受け入れたが、その後の何かで結果が変わったのだと考えてみましょう。どう考えても重要なのが、冒頭、輸血を終えた後の主人公に迫る獣が炎にまかれるシーン。あの獣が獣性の象徴であり、それを退けるか否かで「獣を狩る者」か「獣と成る者」かに結果が分岐するのではないでしょうか。後者もすぐに獣化する訳ではなく、恐らく限りなく危うい、それこそギルバートのような末路を迎えるのでしょう。最も狩人と言えど獣の病からは逃れられないのですが。そして一連のシーンの後に聞こえてくるのがこちら。
「ああ、狩人様を見つけたのですね」
見つけられちゃいました。つまり獣性を退けた者は、狩人として認められ、めでたく夢へと誘われる訳です。しかし、だとすると困ってしまうのが、「トゥメルの女王の血を輸血されて、なんで月の魔物が棲む悪夢に連れてかれんの?」という点です。女王ヤーナムが月の魔物の母親というのは無いと思います。これもいつか整理したいのですが、女王のお腹にはずっとメルゴーが入りっぱなしな訳ですから、妊娠期間中の合間に別の子を孕んで産むというような驚異的な産み分け能力は、如何に神秘の古代人と言えど備わっていないでしょう。
ここで思い出して欲しいのが、上位者の先触れ、つまり精霊と呼ばれる軟体生物たちは、次元を超えた交信能力を有するということ。あれはもしかすると精霊の能力というより、「虫」がやってたんじゃないでしょうか。上の血石のくだりで言いましたが、「虫」はそれ単体で凝固することはなく、血と結びつくことでその性質を得ます。ならば精霊との関係もまた同じことなのではないでしょうか。つまり「虫」はそれ自体では大したことは出来ず、それが血にせよ軟体生物にせよ、何かと結びつくことで初めて宇宙悪夢的な力を発揮するのです。だとすると精霊と結びつくことで生まれる交信能力を、人と「虫」という結びつきが生んでもおかしくはないのだ、と仮定してみます。そんな馬鹿な、だから何だと突っ込みたいかもしれませんが、その前にこちらをご覧ください。
- 「月」
- 悪夢の上位者とは、いわば感応する精神であり 故に呼ぶ者の声に応えることも多い
こういうことなんじゃないでしょうか。月の魔物は「悪夢の上位者」です。それは討伐後に「NIGHTMARE HUNTED」と表記されることからも明らかです。つまり聖血が誰のものであろうと関係なく、宿主が密やかに備えた交信能力を月の魔物は傍受し、応えたのです。なぜなら主人公は何らかの理由で「青ざめた血」を求めており、そして月の魔物もまた同じものを求めた狩人だからでしょう。目的が合致した訳です。また主人公に対して「月の香り」を嗅ぎ取る者が劇中で何人かいますが、特にガスコインの娘が「懐かしい」と評しているのは、恐らくガスコインもまた狩人の夢に属していた過去を持ち、そして今は違うことの示唆だと思われます。他にもデュラやアイリーンも夢を見ており、その誰もが教会に属さない異邦人であることが読み取れます。各々が教会とは異なる目的や思想を持っていたが故に、月の魔物は彼らを利用できたのだと思われます。(ただガスコインの娘に関しては「月の香り」と明言してはいませんね。「懐かしい臭い」と。彼女たちは同じ臭いを嗅いだのか、それとも違うものなのか)
ということで主人公は晴れて狩人になりました。そして「虫」たちは何かと結びつくことで驚異的な力を発揮することが判明した訳ですが、そんな彼らが狩人という宿主にとりついた場合、一体どんな恩恵をもたらしてくれるのか。ここからはそんな話をしていきたいと思います。
夢に属する狩人は死にません。いえ、死ぬのですが、死んだ事実を夢だったことにできる。ゲームをプレイしていればそんな背景が読み取れます。ではそれはどのような仕組みなのか。そこで一つのアイテムを取り上げます。
- 青い秘薬
- だが狩人は、遺志により意識を保ち、その副作用だけを利用する
- すなわち、動きを止め、己が存在そのものを薄れさせるのだ
出ました。「狩人は遺志により意識を保つ」。これはそのまま答えなのだと思います。それ以前の話をすると、なぜ獣狩りの夜はいつまでも明けないのか。時空が歪んでいるというよりは、夜に囚われた者たちの意識、即ち遺志が悪夢に置かれているからなのだと考えられます。まだ抽象的なので言い換えると、ヤーナムの夜に囚われた者たち全員が、自分の意識ではなく遺志を通して活動している訳です。そして遺志を通した「感覚」は延々と引き伸ばされており、さながら時間が止まっているかのような状況になっているのではないでしょうか。
なぜそんな摩訶不思議な状況にあるのかというと、輸血を受けた者たちの「感覚」は「虫」に支配されており、更にそれが夜の原因となる上位者によってコントロール下にあるからでしょう。メンシスの脳みそがそうであるように、上位者とは「虫」を支配できる力を持つようです。そして獣狩りの夜は、出現した上位者によって市民全員がある意味で夢の中に引きずり込まれてしまっている状況なんですね。なので「汚れた包帯」のテキストの末尾、「その直後から、悪夢がはじまったのだ」とは半ば言葉通りなのです。月の魔物は「夜の原因となった上位者」からそれを横取りする形で、自らの夢に狩人を捕えている、そんな認識でいいのではないかなと考えています。気になるのは、輸血を受けていない人間の目には獣狩りの夜がどのように見えているのかという点ですが、こればかりは想像するしかないですね。
さて、そんな上位者の支配から卒業する方法があります。「死ぬこと」です。
「ああ、これが目覚め、すべて忘れてしまうのか…」
ミコラーシュがそうであったように、ヤマムラも狩人の悪夢に囚われ、しかし主人公に殺害されることで解放されました。ヤマムラは殺害後、協力者として参戦してくれますが、ミコラーシュはその後登場しません。きっとあのまま死んだのでしょう。両者の違いは何かというと、恐らく元となる肉体が存命であるかどうかなのだと思います。ヤハグルから教室棟に向かう際にメンシス学派の遺体に触れますが、あれがミコラーシュの本体だとして、肉体が死んでいれば精神は霧散するしかないのでしょう。「ヤーナムの夜明け」エンドで主人公は夜から目覚めますが、あれは夢の中でゲールマンに介錯されたことで、意識の主導権が肉体に還ったのです。重要なのは、狩人は劇中で幾度となく死に至るが目覚めを迎えはしないということです。死ぬことは狩人の夢の中であっても可能であり、そしてそれでも夢が覚めることはありません。ここが肝です。繰り返しになりますが、夢に囚われた狩人の意識、その主導権は月の魔物にあります。そんな狩人を目覚めに導けたのは、助言者ゲールマンが月の魔物にその権限を与えられていたからであり、逆を言えば狩人という存在は「許可」なく目覚めることができないのです。こうった理屈から、狩人の死は「夢だった」ことにされてしまう。これが劇中において主人公が幾度となく「再トライ」できる理由でしょう。
- 水銀弾
- 獣狩りの銃で使用される特別な弾丸
- 通常の弾丸では、獣に対する効果は期待できないため 触媒となる水銀に狩人の血を混ぜ、これを弾丸としたもの
- その威力は血の性質に依存する部分が大きい
血質、血の性質とは何なのでしょう。ソウルライクの本作においてさらっとステータスに加わっており、上げれば血質補正の武器、主に銃の威力を強化してくれます。劇中これが説明されることはありませんが、まあ読んで字のごとく「血の質」としか言いようのないものなんでしょう。だとして、血質が高いと何が起きるのか。これを考えるための参考資料として、瀉血の槌が役に立ってくれます。上述した通り体内の「虫」は血石となり、変形後の瀉血の槌は自分の血を血石化させた血質武器になります。つまりより上質な血石は、より高い血質から形作られている訳です。
- 血石の塊
- 塊をなすものは、通常の人の血量ではあり得ない 危険な敵を狩ることだ
大型の敵が良質の血石を落とすことは多いですが、別段そうと限った話でもありません。「血の岩」に至っては、恐らく脳みそによって血石化させられた探索者のものでしょう。女王ヤーナムが体に収まりきらないほどの血を行使していたのを見るに、不思議な話ではありますが、血質の高い存在は量も兼ねているのだと考えられます。皆が求めて止まない血晶も恐らく同じ理屈でしょう。強い敵が強い血晶をドロップするということは、その対象はそれだけ高い血質を秘めているのです。
銃弾も千景も血質に比例して威力を伸ばします。血が強いというのは、それだけで他者を害する要因になるのですね。この世界の「血」は「虫」以上に常軌を逸したものを秘めているようです。
余談ですが劇中で神秘や銃撃を用いる敵から水銀弾を拾うことがあります。これは「自分の血を混ぜている」という部分に反しますが、さすがにゲーム的な都合なのではないかなと思っています。ゲーム中に即席で水銀弾を補充することが可能な訳ですし、多分本来であれば拾った水銀弾に即時自分の血を詰め直している、或いは水銀のみを流用して鋳造し直すといったプロセスがあり、それを省略しているのでしょう。
アメンドーズや脳みそなど、常軌を逸した出来事により人間は簡単に狂ってしまいます。劇中、発狂ゲージが蓄積していき、満タンになると同時に全身から血を噴き出して大ダメージを受けます。当初は「なぜ頭が狂ったら血がブシャーってなるんだ」と無茶苦茶な世界観に笑ってしまっていたものですが、今なら分かります。これは「瀉血」を行っているんです。思い出して欲しいのが、宿主は「虫」によってその意識を蝕まれているという点。なので発狂攻撃は宿主とともに「虫」に対しても効果を及ぼすことになります。故に「悪い血を排出することで健康になる」というこの瀉血療法は、「虫」が宿主の危険を察知して行う「回避行動」であり、実は「本当に発狂する前に『虫』が自身を体外へ排出している」描写なのです。そう思って「発狂」のアイコンをご覧ください。狂った「虫」がとぐろを巻いて悶え苦しんでいる……そんな有様に見えませんか?
しかしだとすると、ヤーナム大聖堂前にいた教会の使者が持っていた磔用の丸太のようなものはなんだったんでしょうか。ここまでの推察が正しいとすると、人間の頭を狂わせるというよりは「虫」に直接干渉する何らかの力が働いているのだとは思いますが……ゴキジェット的な殺虫剤でも焚いていたのか……。ゴキジェットはさておき、ヒントはあります。エーブリエタースを思い出しましょう。彼女は後半戦に差し掛かると血を吐いて攻撃してきます。その赤い血に触れると発狂ゲージが蓄積していく訳ですが、連想するのは女王ヤーナムの血飛沫攻撃です。それら二つは同じ血飛沫による攻撃でありながら、「発狂」と「劇毒」に結果が分かたれています。その異なりの理由は、血に宿ったものの違いなのではないでしょうか。「劇毒」が「虫」によって出血を強いる攻撃なのだとすると、エーブリエタースの「発狂」とは、血に宿った「上位者の虫」が人間である狩人に取り付くことで、宿主と「虫」を狂わせるある種の毒となるのです。丁度、それはゴースの血を使った実験棟の惨状に重なります。だとするなら、教会前で使者たちが振るう磔の丸太が纏う赤いエフェクトは、もしかすれば上位者由来の何かなのかもしれませんね。だからなのかは分かりませんが、丸太が醸し出すモヤは、ある程度の啓蒙が無ければ見えなかったりします。
啓蒙で思い出しましたが、啓蒙の保有数が高ければそれだけ発狂しやすくなります。上位者の「虫」は啓蒙を脳液へと変えたようですが、面白いことに「人間に宿る『虫』」は啓蒙とはむしろ相性が悪いようです。多量の啓蒙によって発狂ゲージが短くなるのはそういうことなのでしょう。またアメンドーズに握りつぶされることで、発狂とともに啓蒙が増える訳ですが、これは「発狂するほどの神秘」それ自体が人にとっての啓蒙となるということを示唆します。メンシスの脳みそ周辺には異常なまでに遺体が転がっており、その殆どが啓蒙アイテムをドロップしているのは、つまり彼らが啓蒙を得て死に至ったということなのですね。また体内から血石が突き出して死んでいる彼らもまた、その内に「虫」が潜んでいたことを意味する訳ですが、主人公と違い亡骸を晒している辺り、死を夢としてやり直す機能は、月の魔物のみが「虫」の宿主に付与できる独特の機能なのかもしれません。
大型アップデート前には唯一の誓約アイテムであった「血の穢れ」を取り上げます。カインハーストの血の女王アンナリーゼと「穢れ」の誓約を結び、該当カレルを刻むことで、撃破した狩人から見出せる。それが「血の穢れ」です。
- 血の穢れ
- カインハーストの血族、血の狩人たちが 人の死血の中に見出すという、おぞましいもの
- 血の遺志の中毒者、すなわち狩人こそが、宿す確率が高いという
- 故に彼らは狩人を狩り、女王アンナリーゼは 捧げられた「穢れ」を啜るだろう 血族の悲願、血の赤子をその手に抱くために
以前「虫」と「瞳」はそれぞれ精子と卵子のメタファーであるなんてことを書きました。「虫」と「瞳」が結びつくことで赤子が生まれるというのは、つまりはそういうことなんですが、それを踏まえて「血の穢れ」のアイコンをご覧ください。ええ、これ……ええ……!? じゃあ「穢れ」をゴックンし続けた先にアンナリーゼのご懐妊があるのだとすれば、なんていうか……その…下品なんですが…フフ……。
はい。で、このおぞましい穢れですが、文章のまま受け取るなら、輸血を繰り返した者の体内に生成されていくようです。つまり不浄に不浄を重ねた先、聖血が濃縮されたもの。それが「血の穢れ」の正体なのです。そして言い換えるならそれは、濃縮を重ねるほどにオリジナルの聖血に近づいていくということではないでしょうか。なんということでしょう。女王アンナリーゼがいずれ孕むかもしれない子供は、もしかしたら女王ヤーナムの子なのかもしれません。『ブラッドボーン』は百合ものだった……!?
とまあ自分で言い出したことですが、たぶん女王が孕むのは女王の子ではないのだと思います。「血の穢れ」をただの誓約アイテムだとお思いの方もおられるかもしれませんが、実はこれ、使用できます。効果は「狂人の智慧」と同じ、つまり「啓蒙を得る」のです。この事実をどう捉えればいいのかは迷うところですが、思い出して欲しいのが、「虫」がどうやら人脳に変質をもたらす力を持つということ。上位者の「虫」が啓蒙と結びつけば脳液となり、「三本目のへその緒」もまた「虫」なのだとして、それは人脳に「瞳」を生成します。だとすれば聖血に潜む「人に取り付く虫」、特に濃縮されたそれは啓蒙そのものを人に与えるのです。
だとすると、前提が崩れます。もしかしたら女王アンナリーゼにとって、「血の穢れ」を啜る行為は受精を目的としたものではなかったのかもしれません。女王は「血の赤子をその手に抱くために」、多くの啓蒙、即ち「閉じた瞳」を欲したのではないでしょうか。前回の記事の内容ですが、実験棟で脳液を得た患者は啓蒙を持つ女性に限られ、しかし彼女たちの血は特別ではなかったが故に、生まれた上位者の赤子は「失敗作」に終わりました。だとすれば特別な血、その女王たるアンナリーゼが啓蒙を得ようとする行為は、医療教会が行った「模倣」などではなく、由緒正しき、赤子の母体(苗床)となるために必要な過程だったのです。
ならば残るピースは上位者の血のみ。アリアンナや偽ヨセフカに可能だったのですから、アンナリーゼ様もヤーナム市街にお忍びでやってくれば、あっさりご懐妊できたことでしょう。処刑隊に気を付けることだ。
考察界隈(?)でどれほどの割合なのかは分かりませんが、「カインハーストの血はトゥメルの血が元となった」というものを見かけたことがあります。詳しくは分かりませんが、「血の歓び」のカレルを根拠としているのではないかと思われます。
- 血の歓び
- この秘文字はまた、血の赤子を抱く女王に仕える者たちに通じる
- 女王の血に焦がれる者は、その代償を「血の歓び」に見出すのだ
このカレル文字、まず「ヤーナムの影」がドロップし、最後には「カインの流血鴉」がドロップします。前者は禁域の森のボスであり、後者は狩人狩アイリーンのイベントに登場する敵対 NPC です。ヤーナムの影は、言ってみれば「女王ヤーナムの間者」と訳せるでしょう。メンシスの悪夢各所にも配置されていることから、女王内密の配下だったのでしょう。メンシス学派から女王と赤子を救助しようとしていた、とも解釈できますが、禁域の森にもいたので、或いは女王たちを盾にされたことでメンシス学派の手先となっていた可能性もあります。恐らくは儀式に邪魔なロマの殺害を命じられていたのではないでしょうか。一方でカインの流血鴉ですが、このキャラクターは様々な解釈ができます。千景を装備していること、そしてまず「カイン」と名付けられていることから血族なのだろうとは思いますが、同時に教会の連装銃を装備していたりと謎が多い。身に着けているもののちぐはぐさから、「主人公のあり得た可能性」という考察を目にしたことがありますが、素晴らしい着眼点だと言わざるを得ませんね。影はヤーナム、鴉はカインと、仕える主は異なり、しかしともに「血の歓び」を落とす。故にそれは両者に流れる血が同質であるという示唆であり、転じて、かつてカインハーストがビルゲンワースから盗んだ血とはトゥメルのものだったのではないか、というのが「カイン=トゥメル説」の根拠……なのだと思います(実は調べたけどよくわからない)。
それはそれでドラマティックな考察を展開できそうですが、しかしながら当サイトでは異なる見解を述べさせて頂きます。女王は一人では無かったと。
ここまで読んで頂いた方にとっては繰り返しになってしまうのですが、医療教会の血の救い、その源泉となる聖体とはトゥメルの女王ヤーナムです。ビルゲンワースから離反した者たちが地下遺跡で女王を発見し、その存在を基に「医療教会」と「古き医療の街ヤーナム」が興りました。一方で血族は、ビルゲンワースに所属していた何者かがカインハーストへと血を持ち帰ったことに端を発します。以下にアルフレートの台詞を引用。
「かつてビルゲンワースの学び舎に裏切り者があり 禁断の血を、カインハーストの城に持ちかえった そこで、人ならぬ穢れた血族が生まれたのです …血族は、医療教会の血の救いを穢し、侵す、許されない存在です」
また解釈に揺らぎのある言い回しですが、恐らく「禁断の血」が持ち出された時期というのは、医療教会が生まれる前、つまりローレンスたちが離脱するよりも前の出来事でしょう。カインハーストなる貴族自体は血族となる以前から存在していたようなので、元より血を嗜む習慣のあった彼らの中の誰か、或いは下僕が、何らかの意図をもって学び舎に所属し、やがて「裏切った」訳です。大聖堂の頭蓋から回想されるウィレームの「君も、裏切るのだろう?」とは、続々と離反するローレンス達一行に向けた言葉であり、またかつて血を盗んだカインハーストを指したものでもあったのではないでしょうか。更にこちらをご覧ください。
- アリアンナの血
- 古い医療教会の人間であれば、あるいは気づくだろうか それは、かつて教会の禁忌とされた血に近しいものだ
「古い医療教会の人間」とは、ローレンスを始めとする「ビルゲンワースを知る世代」のことだと思われます。彼らであれば、アリアンナの血がかつて学び舎から盗まれたものマッチングすることに気づけたのかもしれません。だとするとおかしい。聖血がヤーナムから拝領したものだという前提に基づいての物言いですが、その上でカインハーストの源流もトゥメルだとしてしまうと、アリアンナの血は取り立てて禁忌と呼ぶようなものではないはずです。トゥメルの血はヤーナムという街において特別珍しいものではないのですから。また血そのものの特性を見ても、トゥメルとカインの血は別物と見るべきだと思います。アンナリーゼ自身が「穢れた血だ。故に貴公に熱かろう」と述べていましたが、 DLC のマリアの血は実際に火炎さえ発生させていました。この力は女王ヤーナムでさえ持ち得なかったものです。つまるところ当サイトで主張したいことは、トゥメルとカインハーストは「別の血の勢力」だということなのです。なぜカインとトゥメルに仕える者たちがそれぞれ「血の歓び」を所有していたのか。それは「女王の血への焦がれ」が、血の由来に関係なく、女王を戴く者たちが持つ共通の欲求だということを示しているのです。
さて、幾つかのことが分かりました。「血の女王」とは何らかの条件の下、特別な血を宿すことで後天的に生まれ得ること。そうした上で「特別な血」とは、トゥメルに限定されないということです。もしかすれば医療教会がカインハーストを忌み嫌うのは、この辺りに理由があるのかもしれません。特定の宗教が他の宗教を邪教と唾棄するように、自らが戴いたヤーナムという聖血を唯一無二の地位から脅かすもの、即ち「他の聖血」を穢れとするのは当然のことと言えます。「血族は医療教会の血の救いを穢し、侵す、許されない存在」という教義めいた物言いは、つまりここに掛かっているのでしょう。
という訳で、ここからは「三人目の女王」について考えてみます。これは前回の最後でも触れました。偽ヨセフカがどうやら赤子を孕み、更には脳に瞳まで得ていたのではないかという描写から、「多くの啓蒙を持った母体は、上位者となるのではないか」という仮説を立てました。重要になるのは偽ヨセフカです。恐らくではありますが、彼女はカインハーストの血を引いています。感覚麻痺の霧を用いたり、診療所にカインハーストの招待状が置いてあることが根拠です。また彼女は聖歌隊の一員であり、即ち医療教会が大聖堂で育成した孤児の一人です。アリアンナがカイン赦すまじのヤーナム市街に潜んでいたように、偽ヨセフカもまた何らかの経緯から大聖堂の孤児院へと引き取られたのでしょう。この辺りから処刑隊がカインを壊滅させた時期が推測できそうな気がしますが、ここら辺全部後回しにします。
ともかく、そういった血筋の生まれだからこそ偽ヨセフカはオドンの交配対象に選ばれました。「特別な血」「高い啓蒙」「女性」と必要な条件を揃えていた彼女は、赤子を得ることにより、自身と赤子を繋ぐ「三本目のへその緒」の効能で上位者へ到達できた可能性が大いにあります。そしてそれは、言い方は悪いですが、同じカインの末裔でありながら娼婦でしかなかった、つまり啓蒙を得る機会が無かったアンナリーゼには望めなかったものです。ヤーナムに行きついた、カインの血を引く二人の少女。両者とも聖堂街で育ち、しかしやがて片や娼婦、方や医療者と運命が分かたれた二人のことを考えると、中々興味深い背景が推測できて楽しい。宮崎社長が「偽ヨセフカはこのゲームのヒロインの一人だ」と仰ったそうですが、この仮説が正しければ「確かに」の一言ですね。
脱線しました。さてそんな選ばれし偽ヨセフカですが、寸前のところで不法侵入者であるどこかの狩人に殺害されてしまったようです。時間が許せば彼女は、自らの血の源流であるアンナリーゼを差し置いて、血の女王どころか新たなる上位者となっていたことでしょう。今となっては確かめる術もありませんが、しかし一つだけその可能性を補強する存在が DLC で登場しました。「母なるゴース」です。劇中、上位者の赤子を生んだ人間は全て女性でした。にも拘わらず、「ゴースの遺子」を産み落とした(?)当のゴースは上位者なのです。別段、問題ではないのかもしれません。人間の女性が上位者との交わりによって赤子を得るなら、逆があっても然りです。ですがもしかするなら、ここまでの仮説を裏付けるような出来事があったのではないでしょうか。つまりゴースは元々一人の人間の女性であり、それが偽ヨセフカのように「条件を満たしていた」が故に、上位者との交わりによって赤子だけでなく、「瞳」をも得ていたのだと。そういう視点から物事を見ているからというのもあるのですが、海岸で打ち上げられたゴースの死骸は、他の上位者と比較しても、いささか人間的過ぎるのです。なので一つ言い切ってしまいましょう。ゴースとは元々、ヤーナムやアンナリーゼと並ぶ「血の女王」だったのだ、と。
だったら面白いな、程度の想像ですが、もうちょっと「面白さ」を付け足してみます。ヤーナムとの戦いで、恐らくは胎内のメルゴーの力だとは思いますが、赤子の「鳴き声」とともに、脳喰らいが行ってくるような拘束攻撃が放たれます。一方ゴースの遺子との戦いで、遺子は「泣き声」と同時に落雷を呼びます。この二つ、同じ現象なのではないでしょうか。遺子がそうだったから、きっとメルゴーもそうだったのだろうという考えですが、あれは「赤子が鳴くことで、母体を触媒にした攻撃が行われていた」訳です。その対称性に気づくと、以前の記事で触れた「ヤーナムの石」と「ゴースの遺子」という名称の対比の意味が一層深まります。
ただ、これは単純に赤子がそのような力を持つことの証左であって、ゴースが元人間であったという根拠にはならないでしょう。しかしゴースから強く匂い立つ人間の名残、女王ヤーナムとの類似点、これらが示すものは、ゴースという女性の過去に思えてならないのです。そしてこの推察が正しいなら、「上位者ゴースと交わった人間の男性」を考える必要がなくなります。たぶん少なくない人たちがゲールマンを疑ってましたよね……やめましょうよ……無暗に人を疑うのは……。きっと遠い昔、血の女王ゴースはどこかの上位者によって見染められたのです。
メンシス学派は女王の存在を盾にその配下たる「影」を利用していたと前述しました。そしてそれだけではなく、血に渇いた獣討伐以降、市街に出現する「人さらい(通称サンタクロース)」という敵もまた、メンシスによって良いように使われていました。彼らが扱う奇怪な術、そして聖杯ダンジョンに出現する点を鑑みて、人さらいたちもまたトゥメル人であるという推測が可能です。メンシスは儀式のためにヤハグルへと人を掻き集めていたようで、サンタクロースたちはその人員として駆り出されていたのでしょう。しかし女王を盾にトゥメル人をこき使っていたのはメンシス学派に限りません。「教会の使者」、大聖堂周辺を徘徊する黒服の男、彼らもまたトゥメル人だったのではないかと思います。人さらいと同じように教会の智慧に依らない神秘の業を使いますしね(あとトゥメルの古老とかと顔が似てる。マヌケな物言いですが)。彼らは火炎放射器を持たされたり聖堂上層に配置されたりしているところから、きっと獣狩りの補佐や教会の指導者たちの警護などをやらされていたのでしょう。そんな奴隷然として扱われていたトゥメル人ですが、ただ一人だけ名前を持ち、かつ大きな仕事を任されていた者がいます。処刑隊の長、殉教者ローゲリウスです。
真っ先に推したいのが「金のアルデオ」です。処刑隊が被っている三角コーンですね。この超カッコいい頭装備ですが、実は聖杯ダンジョンでその原型と思わしきものを確認できます。画像を用意できず大変申し訳ないのですが、ダンジョン道中の石像やボス前の扉の意匠などを見て貰えると、何を言っているのかご理解頂けると思います。頭から襟元までを布のようなもので覆った人物の像です。これを基にアルデオは作られたのではないでしょうか。もっともこちらはアルデオと比べてやや丸みがあるように見えます。
- 金のアルデオ
- かつて殉教者ローゲリウスが率いた処刑隊の、奇妙な兜
- 輝きと熱望の名を持つ金色三角のそれは、処刑隊の象徴であり
- 穢れに対する不退転の覚悟、黄金の意思を見せつけるものである
- 殉教者ローゲリウスは言った
- 「善悪と賢愚は、何の関係もありません だから我々だけは、ただ善くあるべきなのです」
もしも金のアルデオの原型がトゥメル文明にあるのだとして、ローゲリウスが自ら率いる処刑隊にそれを課したのだとするなら、その意図はなんでしょう。想像するにアルデオに込められた「黄金の意思」をこそ、ローゲリウスはトゥメルより継承したのではないでしょうか。トゥメル文明にも獣の病が蔓延っていたことは既に申し上げました。ならばそれを狩る者たちがいたはずです。かつてあったトゥメルの狩人、彼らこそが地下遺跡の至る所に祀られたアルデオ被りの石像の正体であり、ローゲリウスとはその継承者なのです。どのような経緯でトゥメル人であるはずのローゲリウスが、教会よりそれほどの仕事を任されたのかは分かりません。しかしかつてあったトゥメルのアルデオ部隊が、獣という不浄を標的とした狩人なのだとすれば、仕える先が変わったとしても、行うべきことは変わらない。そう認識してみると、「だから我々だけは、ただ善くあるべきなのです」という言葉が、たちどころに味わい深いものになります。
そして極め付け、というほどではないですが、ローゲリウス戦の BGM は「Queen of the Vilebloods(穢れた血の女王)」。そう、女王ヤーナム戦と一緒なんですね。大方のプレイヤーは聖杯ダンジョンよりも先にカインハーストをクリアすると思われますが、これはつまりローゲリウスの後に座する女王アンナリーゼを指す意味であると同時に、ローゲリウスとトゥメルの関連性を示唆する仕掛けだったのだと思われます。そして改めて、一つの真相を突き付ける意味もあったのでしょう。即ち「女王と呼ばれる者は、皆穢れている」のだと。更に付け加えるなら、ローゲリウスとトゥメルの古老は全体的にモーションが似通っている点などもポイントだと思っています。
ローゲリウスはさながら番人のようにカインハーストにありました。幻視の王冠曰く「もはや誰一人、穢れた秘密に触れぬように」とのことですが、それはアルフレートの言うように「女王が誰も誑かせぬための重石」としての意味だったのでしょう。しかしそれだけではないと考えます。選択次第で主人公がそうであったように、女王の穢れに魅入られた者は、それが敵対勢力の狩人であろうとも、血族に名を連ねることを厭いません。トゥメルの狩りを継承したローゲリウスが例外でないとなぜ言えるでしょうか。しかし、だからこそ、ローゲリウスは女王の蠱惑を、自らの中に生じた「焦がれ」ごと封印したのです。彼は医療教会処刑隊長としての使命に殉じたのではありません。「我が女王は一人のみ」だと、その覚悟を示すべく、アルデオの狩人は一人殉教者となったのはないでしょうか。
教会の装束について触れます。金のアルデオの原型がトゥメルにあったように、教会初期に設立された舞台である処刑隊の装束は、それそのものが「後の教会装束の基礎」となったようです。しかし混同しやすいのですが、アルデオを除いた装束部分は「学徒の正装」を原型としています。
- 学徒の正装
- ビルゲンワースは医療教会の源流であり その影響は、多くの衣装にこそ強く残っている
……なんですが、学徒の正装には足りないものがあります。教会装束のお約束、聖布であり象徴としての「首巻」です。かつて教会と関わりがあったというガスコインの装束にも確認できますし、もちろん処刑隊の装束にも巻かれています。学徒の正装に付属したマントがそう見えなくもないですが、それよりも学生服が教会装束に変化していくどこかの過程で付け足されたと考える方が面白い。果たしてそれは何か。多分こいつです。
- 異常者の装束
- 巻きつけた触手は、何らかの守護であろうか
- 少なくとも異常者は、憐れにもそう信じ、疑わないのだろう
前述したように、医療教会とは女王を鹵獲するところから端を発します。つまり彼らが聖職者を名乗る以前、原初の仕事は墓暴きだった訳ですが、ならばこそ彼らの中から現れた異常者が守護の意を込めて巻き付けた触手が、後の教会装束のアイコンとして受け継がれたのではないでしょうか。なぜ古い教会の人間がそのようなことを思い立ったのかは分かりません。もしかしたら異常者の装束のテキストは、医療教会そのものに対する言葉なのでしょうか。
図はありません。
色々大層なことを言ってきましたが、実のところ、この「虫」ってのはそう気難しい奴じゃないんじゃないかなという話をします。これは「虫」そのものの生態についてなんですが、少なくとも銀獣に潜むウジ虫は、禁域の森の毒沼に潜んでいたものと同一と見る限り、水生生物としての性質を持つのでしょう。もしかしたらハリガネムシのような生き物なのかもしれません。まあそこら辺の細かい生態考察は有識者にお任せするとして、ゲーム内の描写を見る限り、どうやら「虫」たちにとって寄生できる・できないのラインは案外緩い、むしろ生き物でも構わない節すらあることが確認できます。こちらをご覧ください。
- 夜空の瞳
- 精霊に祝福された軟らかな瞳
- かつてビルゲンワースが見えた神秘の名残だが 終に何物も映すことはなかった
- その瞳孔の奥には、暗い夜空が果てしなく広がり 絶え間なく、隕石の嵐が吹き荒れている
- 僅かに瞳を擦りもすれば、それは飛び出してくるだろう
ビルゲンワースっていつも見えてんな。アイコンをご覧ください。もう何が言いたいか分かって頂けたかもしれませんが、びっっっしりと「虫」に寄生されています。現実の話、例えばナメクジなどは寄生虫の宿主であることが多く、不用意に触れることで感染するケースがあるそうです。故にナメクジやカタツムリなどは「媒介者」と呼ばれている訳ですが、恐らく精霊を媒介にして瞳という軟体に「虫」が寄生したものが夜空の瞳なのでしょう。そしてその程度の現象を、人間は「祝福」などという大層な言葉で飾り立てたのです。まあ、実際に隕石を呼びだすような奇跡を目の当たりにすればそれも仕方なしというべきなのでしょうが。
また「虫」と結びつくことで神秘を発揮した眼球というのは、夜空の瞳に限った話ではありません。聖堂街を徘徊する教会の使者たちが、瞳を植え付けたようなランタンから神秘攻撃を放つこと、そして全身に瞳を纏ったヘムウィックの魔女が同様に神秘の業を司ること。あれらは同じように「虫」と「瞳」が結びつくことで発揮された力なのです。このことから二つのことが分かります。なぜ使者や魔女は瞳という触媒を用いていながら、夜空の瞳のように隕石を呼びださなかったのか。使者や魔女が持つ瞳とは、恐らくヤーナム市民などからくりぬいたものでしょう。特にヘムウィックの魔女は狩人を誘い、その目玉を文字通り掻き集めていたようなので、それらを使っていたのだと思います。必然、それらの瞳は精霊の祝福を受けたものではなく、ヤーナムの不浄が寄生したものです。行ってしまえば双方の瞳に宿る「虫」の格、性能の差が、引き起こす現象の規模に直結している訳です。そしてもう一つ分かったことが、上位者由来の「虫」でなくとも、瞳と結びつくことで神秘を発揮できるのだということ。「神秘」とは必ずしも上位者に限った力ではない。このことを覚えておいてください。
ゲーム上、なぜわざわざこんなアイテムが配置されたかを考えると、例によって例のごとく、プレイヤーに「瞳」というキーワードを印象付けるためのブラフだとも思うのですが、同時にこれはビルゲンワースや医療教会が求めてやまなかった、ある「真理」に触れる重大なヒントになっています。まず精霊という小生物が総じてそうであるように、ゴースや月の魔物、エーブリエタースを始め、更に「瞳」を得た主人公と、上位者に分類される者たちも総じて軟体生物です。なぜか。それは「虫」にとって最高の環境が「軟体」だからであり、上位者たちが「虫」たちにとって最高の宿主たらんとした、進化上の必然だからなのです。そしてその軟体は精霊のための「苗床」となります。故に上位者の産み落とした欠片とも言える媒介者(精霊)は、当然その内に「虫」を宿しているため、独立した神秘生物として活動できるのでしょう。ゴースの寄生虫が「苗床」となった狩人の肉体を軟体化させるのは、今振り返ればこの性質があったからなんですね。つまり「夜空の瞳」というアイテムは、「瞳とは軟体である」と示すための、ヒントというよりはもう解答そのままのアイテムだった訳です。わざわざテキストに「軟らかな」と記述されているところがまた怪しい。一部軟体生物とは呼べない上位者もいますが、それは外形からは確認できないだけで、彼らもまた「瞳」を、つまり「虫が宿る軟体部位」を内に有していたのだと考えられます。という訳で、最初の記事で提唱した、「『瞳』とは『虫』の宿主たる資格である」という仮説に帰ってきました。めでたしめでたし、と言っていいでしょうか。
しかしながら前回の記事で述べたように、瞳とは啓蒙が変質したものであったはずです。それはただ軟体であればいいということではなく、大いなる叡智が伴わなければ上位者とは呼べないということを示します。そうでないのなら精霊も上位者になってしまいますからね。そして星界の使者は見るからにプルプルした軟体頭をもっていますが、大型の個体を除けば上位者に分類されない辺り、両者を分けるものは保有する智慧の量、或いは質ということなのではないでしょうか。それを思うと、大量の眼球を収集して纏っていたヘムウィックの魔女や、神秘を期待し軟体生物の触手を体に巻き付けていた墓暴きたちは、まさしく「外形ばかりを模した異常者」でしかなかった訳です。
動物に「虫」が取りついても動物以上の存在にはなれない。軟体というだけでは上位者と呼べない。……はずなのですが、実は一体だけ、例外がいます。
- マダラスの笛
- 禁域の森の住人、マダラスの双子の笛
- 言葉すら介さず、毒蛇と共に育った双子が 人ならぬ友誼を交わした絆であろう
- 腑分けされた獣を餌とし、毒蛇は途方も無く育った
- また死した後も、悪夢の内から双子の笛に応えるという
- 腑分けの覆面
- 双子は言葉すら介さず、毒蛇と共に育ち 長じて人らしさを覚え、狩人となった
- 彼らは愛する毒蛇の内に「虫」を見出し そして、弟は兄を殺したという
禁域の森が蛇や蛇人間に塗れていることはご存じの通りかと思います。そして奥で戦うことになるヤーナムの影もまた蛇に取り付かれているような有様であり、かつ内一人は巨大な蛇をどこぞより召喚してきます。この大蛇、上位者なんじゃないですかね。上記のテキストを読むに、あの森に元々生息していた「毒蛇」が人間の双子とともに育ち、大蛇となった訳です。蛇自体は既に死亡してはいるようですが、笛の音色やヤーナムの影などに呼ばれて応えるように、「悪夢に住まう者」となった訳です。
重要なのは、蛇は獣を食べて育ったということ。つまり軟体生物が「虫」を取り込んだ形になります。しかし高い知能を持たない者、ましてや野生動物如きが「虫」に寄生しても上位者にはなれないと言ったばかりですし、ましてや蛇に寄生した「虫」は、人間由来の「虫」なので、これを上位者と呼ぶのは無理があるのではないかと思いきや、これが逆に面白い事態を招いてしまいました。思い出してください。獣とは不浄から生まれ、不浄の血は大量に摂取することで「穢れ」となり、そして血の穢れは「啓蒙」となるのです。
人間に上位者の「虫」は宿りません。なぜなら「軟体ではないから」です。人に適合し得る女王の血を用いたところで、精々獣になるばかり。医療教会が挑んだ「瞳」の探求とは、言わば上位者の血を宿すためのものであり、それは(彼らにその自覚があったかは定かではありませんが)「軟体になるための探求」だったと翻訳できます。そして求められたのが、人間と上位者の混血児が持つ「へその緒」、それは「人に宿る上位者の『虫』」なのだろうと推察しますが、主人公はこれを手にすることで、人でありながら「叡智ある軟体生物」、即ち上位者となった訳です。
順序が逆なんです。ただ軟体であるだけでは不足であるはずなのに、獣喰らいを許された環境が、ただの毒蛇に途方も無い啓蒙を供給し続けることになりました。そうして禁域の森という場所に、一体の「叡智ある軟体生物」が誕生することとなったのです。上位者由来の「虫」を根源としないために、或いは神格は落ちるのかもしれません。しかし面白いのは、人が上位者の血を求め、しかし軟体でない(瞳を持たない)が故のジレンマに苦しむ一方で、禁域の森の毒蛇はただ軟体であったというだけで、人と同じ穢れを用いながら、全ての生物、全ての探求者たちをブッちぎりで超越したのです。どこか痛快と言える展開ではありませんか。ちなみにですが、エーブリエタースの先触れを代表するように、秘儀とはどれも神秘を要求します。しかし大蛇を召喚するマダラスの笛だけが、「血質を要求する神秘攻撃」なのです。この辺、大蛇が獣喰らいの果てに上位者へと到達した例外的な存在だと示唆する重要なフレーバーだと思うのですが、如何でしょうか。
そして禁域の森に蔓延る大小の蛇(蛇玉というらしいです)は、恐らくあれ自体が大蛇にとっての精霊のようなものなのだと思います。上位者の「虫」は通常人には宿らず、よって「祝福」も起こらないはずなのですが、如何せん禁域の森の上位者は人間由来の「虫」によって進化を遂げました。従って「人間への感染」が発生し得る訳です。それが禁域の森の惨状、その理由なのでしょう。恐らくは医療教会の指示でビルゲンワースへ向かおうとしていたヤーナムの影たちも例外ではなく、大蛇の「虫」によって獣化ならぬ蛇化させられてしまいました。もしかしたら蛇の寄生者たちは、後に頭だけがポロリと落ちて、それが蛇玉になるのかもしれませんね。そして「啓蒙が精霊になる」という仮説も忘れないようにしなくてはなりません。仮に人由来の「虫」だとしても、材料が無くては精霊を作れないはずです。ならば森を徘徊する蛇の寄生者は、元は啓蒙を宿した狂人だったということも考えられます。ヤーナムの影はトゥメル人なので、当然啓蒙を宿しているはず。ありえそうな話です。ちなみに、禁域の森から油沼を抜けてたどり着く建物、その中で初めて遭遇する蛇の寄生者は、闇の中を斧を引きずりながら歩き、最終的に一人の遺体の前で立ち止まります。佇む先の死体、そこから取得できるのは、「狂人の智慧」でした。祝福の瞬間だったのかもしれません。
(追記 : 上ではこう言ってますが、お察しの通り蛇は軟体動物じゃないです。だとして、なぜ虫を取り込んだ蛇に特別な作用が働いたか、という推論自体はあるのですが、更に長くなるのでまた別の場所で)
精霊の祝福の矛先は必ずしも軟体に限らないのではないか、ということを述べておきます。
- 月光の聖剣
- かつてルドウイークが見出した神秘の剣
- 青い月の光を纏い、そして宇宙の深淵を宿すとき 大刃は暗い光波を迸らせる
『ブラッドボーン』の「ムーンライト」。この剣がどのような経緯で生まれ、またルドウイークと出会ったのかは不明です。しかし「宇宙の深淵を宿す」というのは、「夜空の瞳」と同じ理屈なのだと思います。つまりそこに「虫」が宿っているが故に、月光の刃は高次元暗黒へとアクセスしているのだと。精霊を媒介に一振りの大剣に「虫」が宿った。そう考えるのが不自然なのであれば、もしかしたら月光の聖剣とは、それ自体が上位者の「虫」が凝固した血石や血晶石を素材としているのでは、などと考えると中々滾ってくるものがありますね。
ついでと言ってはなんですが、禁域の森について触れておきます。アルフレート曰く、あの森は医療教会が禁域と定めたようですが、どうやらその所為もあって、ヤーナムから脱走した、または追放された者たちによる独自の探求機関と化していた節があります。
- 腑分けの装束
- 双子はともに狩人であり、獣を腑分け、持ち帰り 村人たちの禁忌の研究に供したという
禁域の森探索の中で立ち寄る集落のようなものがありますが、あれが「村」、ないしその一部なのでしょう。では彼ら村人が行っていた禁忌の研究に焦点を移すと、恐らく「獣喰らい」についての研究だったのではないかと考えられます。「淀み」のカレル曰く「禁じられた獣喰らい」とのことですが、禁じたのが医療教会なのだとすれば、その禁忌こそに着目した探求者たちが集った場所があの森だったのです。
では村人たちが獣喰らいという禁域の先に見たものはなんだったのか。正確なところは分かりようもありませんが、そのことと禁域の森が蛇に塗れた惨状を切り離しては考えられないと思います。ヴァルトールが獣を喰らったことで狂気を祓い、永年の正気を勝ち取った(と見える)ように、獣化した人間の血肉というのは、「抗獣化薬」とも言うべき効果を発揮する、そう考えた研究者がいたのではないでしょうか。そういった探求の被検体として存在していたのがマダラスの双子だと思われます。
「腑分けの装束」には「長じて人らしさを覚え、狩人となった」とありますが、彼らはどのようにして育ち、狩人となったのか。主人公が「ヤーナムの血」を輸血されたのと同じく、双子は村人たちによって獣血を与えられて育ったのではないでしょうか。そして体内に不浄を取り入れた彼らは、ある時を境に上位者と結びつき、狩人となりました。それは主人公が狩人となったプロセスと、全く同じものです。月の魔物が狩人たちを夢に捕らえたように、マダラスの双子は共に育った毒蛇の上位者を頼りに、移行、森へとやってきた獣を、或いは獣化した村人を狩り続けてきたということなのでしょう。研究者たちと、狩人と、上位者と獣。禁域の森とは、ヤーナム市街の縮図でもあったのです。
また医療教会はそんな村人たちの探求にもちゃっかり目を付けていたようです。前述したように、森で出会う「身を窶した男」とは、医療教会の聖職者です。
- やつしシリーズ
- 医療教会の狩人には、身をやつし、市井に潜む者がいる 誰も気にかけぬ下賤、これはそうした装束である
- やつしもまた予防の狩人であり、獣の兆候を見逃さない あるいは、彼らがそう信じるものを、必ず見出す
- 人は皆、なんらか秘密を持つものだ
なぜ彼が禁域の森にいたのかと言われれば、まさしくテキストの通りであり、禁域の森に蔓延り始めた異様な探求、または「人が蛇になっていく病」、もしかすれば禁域の森に潜む蛇の上位者の正体を見極めるべく潜り込んだのだと思われます。やつしは予防を仕事とするようなので、最終的な目的は村人たちごと禁忌の研究を滅ぼすことにあったのでしょうが、そのどこかの過程で彼は自らが獣となってしまいました。初めて遭遇した時、やつしの男は人を喰らっていたように見えます。獣喰らいを獣化に対抗する手段として考えていた者たちの中にあって、その男は哀れにも人喰いに目覚めたのです。一体何があったのでしょうか。ちなみにですが予防の狩人が送り込まれている一方で、禁域の森では教会の白装束シリーズが拾えます。白い装束を纏った医療者は予防の狩人よりも上位の探求者、その専門家だそうですが、それが森にあったということは、やはり森を禁域と唾棄した教会も、好奇心までは棄てきれなかったのでしょうね。
マダラスの双子についてです。腑分けの覆面には「彼らは愛する毒蛇の内に『虫』を見出し そして、弟は兄を殺したという」とあります。これについては色々考えられますが、まさに「フレーバー」という感じです。
ただ分かっていることがあります。マダラスの弟が後に連盟員となったこと、そして禁域の森に連盟の長がいたことです。多分、ヴァルトールは禁域の森で行われている探求を察知したのでしょう。そしてその環境においては「連盟」の同胞が生まれ得ることを読み取り、訪れた先でマダラスの弟と出会います。ご存知かと思われますが、ヴァルトールに言われるまま「虫」を一匹でも潰すと、風車小屋の外でマダラスの弟が襲い掛かってきます。同じ連盟員を害する奇妙な行為です。そして更に「虫」を一定数潰し、ヴァルトールから連盟の長を受け継いだ後では、二度と弟を召喚することは叶わなくなってしまいます。付け加えると、プレイヤーがヴァルトールを殺害した場合にもマダラスの弟は襲撃してきます。
これら一連の流れから、なんとなくですが見えてきます。兄弟は獣を喰らっていました。なので「虫」を見出したのは必然であり、結果、弟は兄を殺します。そうして失意にあった弟を、ヴァルトールは「連盟」へと迎えたのではないでしょうか。そして二人の間には強い主従関係、或いは弟からの一方的な忠誠心のようなものが生まれたことが読み取れます。新たな連盟員である主人公を弟が襲うのも、「俺はお前なんか認めねえ」という意思の表明だったのでしょう。もっともそうした中で協力を要請されれば応える辺り、律儀と言えば律儀なのですが。しかしヴァルトールが「連盟」から去った後、マダラスの弟を呼べなくなるのは、彼にとって「連盟」とはヴァルトールあってのものだったからなのかもしれません。
このような長い記事をお読みいただき、誠にありがとうございます。そろそろ畳みたいと思いますが、最後に一連の考察の内、意図的に伏せていた細かい疑問・矛盾点について考えてみます。
まず、そもそもの考察の原点となった「虫」、連盟が見出したというそれは、なぜムカデなのでしょうか。彼らが真実を見ていたというのなら、人も獣も上位者も、皆がムカデに寄生されていたことになります。ムカデって寄生虫じゃないんですけどね。不思議なのが、明確にウジ虫と描写されていた獣血の主や、ゴースの寄生虫をドロップした遺子からもムカデが見出されたことです。そして「虫」のテキストには「連盟の狩人が、狩りの成就に見出す百足の類」「連盟以外、誰の目にも見えぬ」とはっきりと記述されています。本当のところ、果たして「連盟」は何を見ていたのでしょう。
ちょっと劇中目の当たりにできる寄生虫を挙げてみましょうか。例えば漁村では入口で逆さ吊りにされた死体が Welcome to ようこそしてくれる訳ですが、よく見るとこの死体には夥しく青白い「虫」が這い回っているのが確認できます。フナムシに似た、ウオノエというやつでしょうか。更に漁村の各地には同様に積み重ねられた首なし死体があり、逆さ吊り死体のようにかつて蹂躙された村人のものだとは思いますが、彼らの体にも同様の「虫」が這い回っているのです。これは漁村に「虫」が蔓延っていたことの明確な示唆だと思います。次にローランの銀獣です。言うまでも無く彼らはウジ虫を体内に飼っています。同様のものを更に成長させたものが獣血の主の巨大なウジ虫でしょうか。更にメンシスの脳みその遺物「生きているヒモ」と呼ばれる何か。そして忘れてはならないゴースの寄生虫。劇中に登場した寄生虫の類例ですが、これらには共通点があります。これらの「虫」は、全て「死体から湧いたもの」なのです。「血の穢れ」が生じるのも死血だけですね。そして「連盟」がムカデを見出すのは狩りの成就、死体からです。『ブラッドボーン』において、「虫」は徹底して「死」と共にある。これは何かありそうですね。
続きまして獣化について。「獣に炎が効くのは『虫』が炎に弱いからだ」と書きました。自分で口にしておいてなんですが、おかしなこと言ってますね。人も獣も、流れる不浄の血に区別はないはずです。「虫」が炎やノコギリに弱いなら、ヤーナム市民にとってもそうでなければならないはずであり、獣だけの特効である説明になっていない。奇妙です。同じ血が入っているはずの人と獣、しかし後者だけが「宿主」としての弱点を露出させている。この齟齬を噛み合わせるための発想をしなければなりません。
気になっていることがあります。女王ヤーナムの血から生まれたであろう獣血の主の中にウジ虫がいたということは、聖血に潜む不浄の正体はウジ虫だったのか、ということです。そしてもっと不思議なことは、このウジ虫どもはいつ成虫になるのかということ。獣血の主を見る限り、宿主が強大であるほど寄生虫もまた大きくなるようです。が、成長の方向間違ってんだろと。蠅になれと。でかいウジ虫になってどうするんだと。見る限り女王ヤーナムの中にもっと大きなウジ虫がいたとも考えられませんし、彼女と蠅を結びつけるような描写は一切存在しません。
ところで「全ての『虫』が死体から沸いた」と聞いて銀獣の姿を思い浮かべた方がおられると思いますが、どうでしょう、銀獣って生きているように見えますか? 腹は裂かれて中身が剥き出しになっています。どうも「死体が動いている」ように思えてなりません。首の無い獣血の主に至っては、より明確にそういう意図をもってデザインされています。そこで思い出されるのが、ヤーナムや禁域の森の水路で這い回る、動く死体です。上述したように「虫」は死体を操縦する力を持つので、それは対象が獣の肉体であっても同じなのではないでしょうか。
それと忘れていましたが、銀獣から這い出てくるおぞましいウジ虫(英名 : Hateful Maggot)は、同様の種が禁域の森からヨセフカ診療所に繋がる毒沼にも出没しますし、カインハーストの谷間にも出没します。前者に関してはあの場所に大量の死体が遺棄されていたこと、そして後者はそこかしこにあった血溜まりが答えでしょう。元よりウジ虫とは腐敗した血肉から湧くものであり、それは銀獣と獣血の主にも当てはまります。彼らは腐り切っていた。……つまり?
一つ仮説を立ててみました。もっと素直に考えれば良かったのです。「『虫』は成長する」のだと。当たり前のことを言ってますが、より正確な表現をするなら、こいつらは環境に合わせて「違う『虫』に変態する」んです。
宿る血肉が腐敗することで「虫」はウジ虫になる。これが真実だとすると、逆説的に女王ヤーナムに寄生していたのはウジ虫では無かったということになります。宿った獣が腐ることで、そこで初めて淀みはウジ虫に変態したのでしょう。では大本となる「虫」とはなんだったのかというと、それは分かりません。マラリア原虫のような微生物なのかも。というか、描写されていないということは大して意味がないのだと思います。重要なことは「虫」とは環境に左右される、不定形の存在なのだということ。
これまで「人間由来の『虫」』や「上位者由来の『虫』」などと区別してきましたが、もしかしたら淀みの根源たる「虫」そのものに違いなどなかったのかもしれません。しかし宿主が腐敗すればウジ虫となるように、環境が「虫」の生態を変態させます。だから元は同じものでも、上位者の血に宿った時点で、それは「違うもの」なのですね。そしてこのヒントは禁域の森にありました。森の中には蛇の寄生者がひしめいていますが、内一体が徘徊する場所には、遺体が巨大な墓石へと祈るように蹲り、そして遺体からは「右回りの変態」を取得できます。一方で森の中を進み、星界からの使者たちが生息している場所では「左回りの変態」が取得できます。即ち文字通りなのでしょう。蛇の寄生者は人間由来の「虫」から生まれており、星界からの使者は上位者、或いは眷属由来の「虫」から生まれている。そして「虫」は宿る血に「左右」されている。その事実を示唆するためのアイテム配置だったのではないでしょうか。
血の発見は、彼らに進化の夢をもたらした 病的な、あるいは倒錯を伴う変態は、その初歩として知られる
改めて、「連盟」は何を見ていたのか。宿る血に左右され、しかし根源に蠢く淀みが同じものに行きつくのだとして、その本質の部分をムカデとして認識したものが、「連盟」の見出した「虫」だったのでしょう。ならばそれは、やはり幻覚であり虚像だったのです。しかし同時に本質を捉えてもいた訳です。ルドウイークが見た光も、あれはゴースの寄生虫というよりは、血を通して感じとったゴースの遺志という方が正しい。「血の穢れ」も同様です。カインの騎士は死血の蠢きの内、必要とする性質だけを切り取って認識したのです。まさしく「願うものにだけそれは見える」のでしょう。
変態の仮説は他にも様々な考察の助けとなってくれます。宿る血に左右される「虫」は、しかし恐ろしいことに宿主の肉体さえも、新たに自分にとって相応しい形へと変態させることができるようです。上位者の「虫」が宿主の「瞳」を刺激し、軟体生物へと導くのなら、人に宿った「虫」は人を獣にするのです。
宮崎社長のインタビューを、ここで改めて引用しましょう。
このゲームのテーマの一つに獣型の敵に起こる「内的衝突」がありました。獣化への衝動は、私たちみんなが持っている、いわゆる人間性とせめぎ合っています。人間性はある種の枷として働き、獣化を抑制しています。その枷によって獣化への衝動が強く抑えられていれば抑えられているほど その枷がいざ外れた際に、その反動は大きくなるのです。
この引用と、「虫」が宿主を変態させるという仮定を踏まえ、ではそれは何を引き金とするのか。「死」なのではないでしょうか。宿主の生命、或いは精神が脅かされた時、「虫」はより生還可能な形態へと宿主を変態させる、そんな推測ができます。そしてこの時点で人間性は失われ、「虫」は宿主の意志を乗っ取り始めます。ノコギリや炎が獣にとって痛手となるのは、さながら死体を操るように、獣化した時点で宿主は「虫」の乗り物になっているからなのでしょう。操縦者が不在となった乗り物が動かなくなるように、獣にとってノコギリによる「虫(操縦者)」の排出は、人が受けるよりも深刻な傷と成り得るのです。
またガスコイン神父は獣化する前から炎への耐性が低いようですが、それは彼が獣となりかけている証拠です。しかし一方でノコギリを弱点としないのは、未だ彼のなかで人間性が機能していたからなのでしょうね。そして獣化が完了した時、ガスコインという人間は乗り物と成り下がった訳です。このように「虫」の行動を意志の力で抑えつけることが宮崎社長の言う「内的衝突」なのでしょう。そしてそのせめぎあいの負荷がより強い獣を生むなら、常に傷み死に瀕する狩人とは、強い人間性をもって「虫」を抑制し、力のみを引き出していく、そんな存在なのかもしれません。
ちなみに女王ヤーナムも獣化前のガスコインと同じく、炎に弱く、しかしノコギリには弱くありません。彼女が獣化しかかっていた、ということではなく、ヤーナム市民とは比べ物にならないほど濃厚な「虫」を保有していたが故に、彼女は人の身でありながら炎に弱かったのだと思います。しかし他者にとって劇毒と働くほど夥しい「虫」を宿しながら、ヤーナムはその意志を保ち続けていた訳です。ああ素晴らしきかな血の女王。
余談ですが獣化したローレンスからは興味深い事実が伺えます。後半戦に差し掛かりローレンスの下半身は焼失し、上体のみで這い回りながら、時に体液である溶岩を吐き出す。このモーション、「動く死体」と全く同一のものなんですね。つまり両者の動作原理は同じものなのだという示唆でしょう。ただ獣は「虫」が操作しているという考察全てを無下にするローレンスのマグマ体液のことは、ちょっと今は見て見ぬフリをしておきたい。或いはトゥメルの番犬と言い、成熟した獣は時に炎という弱点を克服し得るのでしょうか。そういえばなんですが、ローレンスを倒した後の悪夢の大聖堂には、既に火の主がいないにも関わらず、チラチラと火の粉が舞っているんですよね。まさか火の粉ではない……?
教区長と言えばエミーリアの獣化にも謎が多い。しかし大聖堂に入った直後、階段に奇妙な血痕が付着していることにお気づきでしょうか。もしかしたら彼女は、大聖堂で祈りを捧げていたあの時点で、既に致命傷を負っていたのかもしれません。まあ血痕に関しては悪夢の大聖堂にもそのままの形で付着しちゃってるんですけどね。なんなんでしょうね、あの血痕。
上位者の話をしましょう。彼らに宿っている淀みは、人の淀みと起源を同じとするようです。しかし宿主の血に左右される「虫」たちは、上位者に宿ることで格別の存在となります。不思議なのは、上位者もまた「虫」に寄生されているのだとして、なぜ炎が弱点ではないのか。属性攻撃全般が通ることはあっても、突出して炎に弱い上位者はいません。「一体も存在しない」のです。これは何を意味しているのでしょうか。簡単に考えるなら、上位者の「虫」は炎を克服している。ただ何となく味気ないというか、一味足りないというか。ローレンスやトゥメルの番犬(あれが元人間なのだとして)が炎に強いことを考えると十分考えられる話ではあるのですが、まるで獣と対を成すように一律しているというのがどうも気になります。ちなみに人由来の「虫」から生まれた禁域の森の蛇玉たちは、炎ではなく神秘に弱かったりします。これは上位者にまつわる存在でありながら、その奇異な由来故に神秘から遠ざかってしまったという意味なのだと思いますが、もしかしたら「軟体」とは劇中においては炎に強いものとして設定されているのでしょうか。だとして、炎に弱いはずの「虫」が、自らを弱点から遠ざけるために宿主に炎への耐性を付与した、その結果として上位者は軟体になったというのであれば、それなりに考察として形になっている気はします。
ところで大蛇の上位者と言えば、既に引用した通り双子は「愛する毒蛇の内に『虫』を見出し」たそうです。そして淀みが死の際にのみ見出されるというというルールをここで適用するなら、双子が毒蛇の内にそれを見た時、毒蛇は死亡していたことになります。何があったのか想像が膨らみますね。例えば双子の兄が蛇を狩り、弟はその仇討ちをしたとか。もしくは弟が狩り、共に育った蛇の内にあった蠢きを兄の中からも同様に見ようとしたのか。色々考えられるのですが、そこはあくまでフレーバーです。ともかくそうして大蛇は悪夢へと移住したのではないかと推察できるのですが、思うにこの時、壊れた銀獣からウジ虫が湧くが如く、蛇の死骸から寄生虫が湧きだしたのではないでしょうか。時系列など分かるはずも無いのですが、それをきっかけとして森に蛇が蔓延ったのだと考えると面白い。
そうなると当然の帰結として、大蛇に宿る「虫」について思いを馳せることになります。彼らは獣を由来とする「虫」を取り込んで上位者になったというのに、大蛇から沸いた「虫」は人を獣にしないようです。と、まあ既に記述したことなので勿体付けませんが、恐らく大蛇の中で「虫」が別種に変態した結果なのでしょう。同じことが他の上位者にも言えます。その代表選手がゴースです。どこぞから沸いてきた寄生虫がゴースを上位者にした訳ではなく、ゴースの中の「虫」が、彼女の特別な血質によって特別な寄生虫へと変態したのです。その名の通り「ゴースの」寄生虫だったということですね。だから、やはり狩人が寄生虫の力を借りて苗床を刺激するというのは、継承ではなく拝領と呼ぶべき所業だったのでしょう。ゴースの遺志を継いだのではなく、あくまでもその残滓から力を借り受けたに過ぎず、故に如何に軟体になろうとも、あの時点で狩人は所詮人間でしかなかったのです。
ちなみにですが赤子の上位者は皆一様に「3 本めのへその緒」を遺します。上位者の遺物です。それでなんですが、オドン教会の捨てられた古工房で放置されていたへその緒、あれには少しおかしなところがあります。他の赤子が殺害されることでへその緒を落としていたのに、古工房のへその緒の持ち主、恐らく月の魔物ですが、あの上位者は工房にはおらず、悪夢の中で人間を操って上位者狩りを行っていました。改めてこのことについて考えると、ちょっとした思いつきがありました。禁域の森の大蛇が死後悪夢に住まうことになったのと同じく、古工房の赤子もまた何者かに殺害された結果、「悪夢の上位者」として夢の中に顕現したのではないでしょうか。つまり月の魔物は現実で一度死んでいるのです。あのへその緒はその時に落としたものだったのでしょう。そしてミコラーシュがそうであったように、現実に肉体を持たない者が悪夢の中で死ぬと、例え上位者であろうとも本当に死亡するようです。月の魔物は二度死んだのです。
このような気づきを得たと同時に、恐ろしいことまで想像してしまいました。我々は劇中で最大 4 本のへその緒を入手できます。もしも生まれ落ちた赤子の上位者を悪夢の上位者へと昇華する条件が「殺害する」ことなのだとすると、アリアンナと偽ヨセフカから生まれた二人の赤子は、今頃……?
ちょっと脇道のような話になってしまうのですが、芽殖孤虫(がしょくこちゅう)という寄生虫が現実に存在します。リンク先が分かりやすいので是非読んで頂きたいところですが、ここまで長い文章にお付き合い頂いた皆さまをたらい回しにするのも気が引けるので、ざっくりと説明させて頂きましょう。この芽殖孤虫という寄生虫は、簡単に言えば「幼虫のまま宿主の中で増殖し続ける寄生虫」です。どの寄生虫も最終的に落ち着く寝床、「終宿主」というものを求めているようですが、そこに到達するまでに経由する生物を「中間宿主」といいます。そして寄生虫というのは終宿主の中でしか成虫になりません。なので芽殖孤虫が幼虫のまま増殖するのは、寄生した生物が終宿主ではないからなのですね。この点だけならば寄生虫界の中ではままある性質だそうですが、芽殖孤虫という奴には驚くべき謎があります。今に至るまで終宿主が不明なのです。言い換えれば、誰も芽殖孤虫が成虫となった姿を知らないということ。「孤虫」という名はそこから来ているのですね。しかも人への感染経路も良く分かっていないという謎っぷり。ただ感染者の経歴を調べると、カエルや蛇などを食べていた事実が確認できているそうです。そんな芽殖孤虫さんですが、他の寄生虫のように中間宿主の健康など知ったことではなく、ただ自身を増やし生き永らえるためだけの餌場として食いつぶします。芽殖孤虫を取り除く術は外科手術しか無く、そして増えていくそれらを完璧に取り除くのは不可能に近い。よって芽殖孤虫に寄生されることは死を意味するのです。コワイ!
それでなんですが、『ブラッドボーン』という物語の根源に蠢く「虫」は、このミステリアスな芽殖孤虫をモデルとしているのではないかと考えました。「中間宿主の中で幼虫のまま増え続ける」「成虫および終宿主が不明である」、こういった謎多き在り方から着想を得た結果「虫」は生まれたのだと考えています。なぜ腐肉に沸くウジ虫はいつまでも成虫になれないのか。これは宿主が既に腐り果てているというだけではなく、「虫」にとって人や獣は中間宿主に過ぎないということの示唆なのでしょう。そして「虫」にとって終宿主となる存在こそが、まさしく上位者と呼ばれるものたちなのです。人に宿るものと異なり、上位者に宿る「虫」が嫌に豊かなバリエーションを持つのは、芽殖孤虫の「成虫が不明である」という性質から、「終宿主によって成虫としての形態が異なるのではないか」という発想を得たからなのではないでしょうか。あくまで余談ですが、一つお納めください。
そろそろ語り尽くした感があります。「虫」の効能、とりつかれた者がどうなるのか。その元ネタの話まで、思いつく限りは網羅できたと思います。なので最後に、やはりその起源についても触れておかなければなりません。考えても意味が無いとは言いましたが、やはりそこまで考えてこその考察ですからね。
「虫」とは何なのか。「連盟」はその得体も由来も知れない淀みが持つ邪悪な生物的側面を、ムカデという形で認識しました。しかし実際にそれらがムカデである訳ではなく、あくまでそれは血中に隠れ蠢く「何か」であり、環境に合わせて時にウジ虫となり、石や毒、宇宙悪夢的な寄生虫へと変態を果たします。その総体としての性質を特殊な感性を通して認識した結果が「虫」なのであり、実のところ「虫」は「虫」ではない「何か」なのです。何言ってんのか分かんなくなってきた。
ではその「何か」とは何か。芽殖孤虫、或いはマラリア原虫のような極小の寄生虫、という認識が一番もっともらしい気もしますが、実は劇中の概念で丁度当てはまるものが存在します。「虫」の原型たる「何か」。ゲーム開始から終了までを通して、ずっと血に溶けて蠢き、狩人を導き続けたもの。「遺志」と呼ばれてきたものが、「何か」の正体なのではないでしょうか。
遺志とは何か。それは悩むまでもなく死んだ人間が遺した意志です。狩人はそれを継承し、自らの力としながら探索を続けました。そして探索の先、狩人はゲールマンによって、溜め込んだ遺志を徴収され、それは月の魔物の元に届けられたという運びです。或いはそのルールすらも打ち破り、月の魔物の遺志すらも継承した狩人は、新たな赤子の上位者として狩人の夢に君臨することになります。「虫」が精子の暗喩であるという話をしました。「虫(精子)」が「瞳(卵子)」と結びつくことが新たな赤子の誕生に繋がる訳です。そして「虫(精子)」が「遺志」と同義だったのだとするなら、遺志とは「遺伝子」の暗喩でもあったのではないでしょうか。血に宿るもの。別の血と交わり赤子を成すもの。代を重ねて継承されるもの。「虫」と「遺志」は「遺伝子」という概念によって統合することが可能になるのです。我々は劇中通してずっと、他者の血(遺伝子)を力として狩りを続けてきました。
この「遺伝子」は現実で扱われるそのままの意味と考えていいと思います。ただ人に宿るばかりのそれは、まさか寄生虫になったり、輸血された者を獣にしたりは勿論しません。特別な血質や啓蒙と結びついた結果、「遺伝子」は「虫」としての性質を獲得するのです。ならばその特別な「血の遺志(遺伝子)」を、特別でない存在に組み込んだ結果何が起きるのか。その結果を巡って引き起こされる悲劇や怪異が、『ブラッドボーン(血液由来)』という物語だった訳です。これまでの記事にあった「虫」という言葉を「遺伝子」に置き換えてみてください。たぶん違和感はないはずです。
思い返せばヒントはありました。事の起こりは女王ヤーナムからの拝領です。故に血の医療の源とは、ヤーナムの血の遺志である訳です。「ヤーナムの遺志」から始まった物語が、「ヤーナムの石」となって幕を閉じる。そういう構造になっていたんですね。また同じ赤子として「ゴースの遺子」がいますが、もしかすれば「遺子」とは「遺伝子」を示す言葉でもあったのかもしれません。詳細は不明ですが、救われない赤子の怨嗟が狩人を血に酔わせた元凶になっている以上、「ゴースの遺志」もまた物語の根幹に関わるものであるはず。『ブラッドボーン』の礎となるもの。それは二人の母の遺志だったのです。
一つ忘れてました。寄生虫と言えば聖杯ダンジョンやカインハーストに沸く巨大ノミがいましたね。特に聖杯ダンジョンは分かりやすく、比較的強めの敵に内臓攻撃を行った後に出現するんです。血に宿る「虫(遺伝子)」は、環境に左右されて変態を遂げます。なのでウジ虫が腐肉から生まれるのと同様に、「大量の出血」からノミは生まれてきたのでしょう。狩人の悪夢の血の河なんかは分かりやすいですね。不思議なのが、内臓攻撃を聖杯ダンジョンの外で行った場合にはなぜノミが沸かないのかという点です。しかしそこから一端離れてみると、ノミの出現条件はもう一つあることが分かります。場所が悪夢であることです。
ちょっと待てと言われてしまう前に幾つか申し上げたいのが、聖杯ダンジョンとカインハースト、あれらの場所は、恐らく悪夢に類します。カインハーストはヘムウィックから見える先に現存している訳ですが、死霊馬車に乗ってたどり着いた先が本当に現実なのか疑わしい。ただでさえ獣狩りの夜は、丸ごと悪夢に飲まれているような状況にある訳です。そしてカインハーストという場所には死霊がひしめき合っている。これは悪夢に面していると考えた方が良いのではないでしょうか。また聖杯ダンジョンですが、あれは実際に存在する地下遺跡と思わせて、しかし我々は過去に討伐されたはずのエーブリエタースや獣血の主やらと対峙している訳です。過去が再現されている、または過去を写した夢と考える方がまだ現実味があります。更に聖杯ダンジョンには、メンシスの悪夢に出現する蜘蛛「悪夢の使徒」が生息しています。過去記事で申し上げた通り、あれらは悪夢にしか存在しない生き物です。しかも人面と接続された個体まで存在する始末。そんなことは現実では不可能だとも申し上げました。これらのことから、カインハーストと地下遺跡は悪夢に類する世界であるが故、ノミが沸いたのだと考えられます。
しかしそうしてしまうと別の不思議が立ちはだかります。悪夢の辺境や教室棟にノミが沸かないのはなぜなのか。ここで銀獣に登場願います。こいつは本当に我々に多くの情報を与えてくれるんですが、まだ奇妙な点を隠していて、中からウジ虫が湧くのはメンシスの悪夢「だけ」なんです。ローランに登場する銀獣にすらウジ虫の姿は確認できません。なぜかと考えて、そこで聖杯ダンジョンにある「深度」の概念を取り上げたいと思います。地下遺跡が悪夢に類するなら、悪夢という空間全般に「深度」の要因は適用できるのではないでしょうか。ということは「虫」はある程度深みのある悪夢の中でしか具象化されないのかもしれません。ローランも更に深い場所まで下りれば銀獣や獣血の主からウジ虫が湧いた可能性があります。しかし禁域の森の毒沼にウジ虫が湧いてしまっているのがネックと言えばネックですが、強いて理屈を設けるなら、あの森はもはや大蛇の住み家であり、限りなく悪夢に面している状態なのです。この仮説が正しいのなら、現実と悪夢の境界というやつは、とてもあやふやなのでしょうね。医療教会は事の原因を寄生虫だと特定できていない、という仮定に基づきますが、「虫」とは現実世界においてはあくまでも形なき「遺志」に過ぎず、形なきまま多くの怪異を引き起こしているのだと考えると、それも無理からぬ話でしょう。
というようなことを考えてみて、なかなか筋が通っているんじゃないかなと思ってしまうんですが、未解決の問題もあります。深さが必要というなら、ゴースの間近である漁村に深度が足りていないとも思えず、そんな場所でノミが沸かなかったことの説明がつきません。正直ゲーム的な事情かなぁとも思っているのですが、自分に都合の良いようにゲーム的事情の有無を切り替えるのはちょっとズルいので、このことはこの先も考え続けてみようと思っています。
しかしながらここまでのことを踏まえて振り返ると、上位者の寄生虫、ウジ虫やノミに漁村民から沸いた虫、これらは全て悪夢の中でしか湧いていないことになるんですね。そしてそれは前回申し上げた「眷属ではない本物の上位者は悪夢にしか存在できない」という考えを補強することになります。上位者が悪夢に住まうのは、或いは彼らに潜む寄生虫が悪夢の中でしか生まれないからなのかもしれません。
はい長い。やってらんない。やっぱり長くなるに連れて頭がこんがらがってくるので、なんとも読みにくい文章になってしまいました。それでも現状思いついたことは詰め込めたかな、といったところでしょうか。読んでくれてありがとうございます。これで『ブラッドボーン』の謎はあらかた解け……てませんね。氷山の一角に過ぎません。次回はどうしましょうか。そろそろ、姿なき神について語るべきかもしれません。