全ての「捧げた者たち」に捧ぐ -うごめけ! オドン(後編)-
2021.01.16
まずご報告と謝罪があります。この記事は以前書かせて頂いたうごめけ! オドン(前編)の後編に当たる内容になっております。しかし前編が『Bloodborne』単独の記事であったのに対し、後編では『DARK SOULS』シリーズも題材として取り上げます。即ち『DARK SOULS』と『Bloodbonre』は同一世界として繋がっているという明確な意志の元に仕上げました。期待していたものと違ったら申し訳ありません。ただ、好む好まないはお任せするにしても、後編をお待ちになっていた方の中で『DARK SOULS』をご存じない方にはネタバレを警戒して頂きたいと判断し、この前置きを設置しています。では、やっていきます。

オドンのオカン、時々、オトン

「あなたがオトンよ」
例えばだいぶ昔に別れた彼女がいきなりおしかけてきたと思えばその腕にはどこか見覚えがある赤ん坊が抱かれていて彼女は言うわけです、「認知して欲しい」と。こんなことがある日起こってしまったら皆さんどうしますか。いや別に私生活で何かあったとかじゃないんで誤解しないでください。誤解しないでってば。
気を取り直して、上位者オドンについてこんな記事を書きました。
結論から言ってしまえばオドンの正体はカビです。死体から芽吹くという墓所カビ。恐らくなんらかの経路、医療教会やトゥメルが行ったような聖体からの「拝領」を受け、血を穢したものの遺体にこのカビが生えるんじゃないかと考えているわけですが、オドンとはそのカビ、胞子そのものが群体として意志を獲得した上位者ではないか、というのが先の記事の結論でした。
それ以前の部分をおさらいしますと、上位者の肉体には恐らく何らかの寄生生物が宿っています。ゴースの中に夥しい寄生虫が巣食っていたように、メンシスの脳みそに「生きているヒモ」と称された線虫らしきものが潜んでいたように、上位者とは何らかの形でこの特別な「寄生生物」と特に強い共生関係を築いた存在全般を指すのではないか、簡単に言えばそんなことを考えています。ゴースの寄生虫のテキストにはさらりと「人に宿るものではない」と書かれていますが、逆を言えば「宿すために必要なもの」があり、そのある種の資質こそが劇中で「瞳」と呼ばれていたものなんじゃないかと。
「宿主」と「寄生生物」、この両者が揃うことで「上位者」と定義されるなら、オドンとは特別な上位者であることが伺えます。カビ。胞子。寄生生物そのものが意志を持つ、宿主を持たない、上位者の枠から外れた上位者ということになる。
「聖歌隊」によれば、イズの地は宇宙に触れている
故に上位者たちは、かつて超越的思索を得たのだと
イズの汎聖杯 - 『Bloodborne』
輝ける星の眷属たちの故郷
その封印たる「イズの大聖杯」を手にした証
トロフィー「イズの大聖杯」 - 『Bloodborne』
イズの地に行けば分かると思いますが、あの地下遺跡は絶えず星のような輝きが揺らめいています。これを指して「聖歌隊」は「宇宙」と称したのでしょう。そしてそれが上位者たちの超越的思索の獲得に繋がったのだとも。「聖歌隊」が本当のところどういうつもりで言っていたのかは分かりませんが、事実、あの地は宇宙に触れていました。揺らめく星の輝きは墓所カビであり、即ちイズの地は上位者オドンで満たされているわけです。「姿なきオドン」と称される上位者ですが、姿がないのではありません。誰もカビを特別なものと認識できない、見えてはいても本質を理解できない、ただそれだけのこと。まさに「啓蒙」です。

宇宙に触れている

そして押さえておきたいポイントとして、「オドン」という言葉の意味です。既に述べているので勿体つけませんが、オドン、或いはオドゥとはモンゴル語で「星」を表すそうです。それを踏まえて上記テキストをご覧ください。『輝ける星の眷属たち』、イズとは即ちオドン(星)の眷属たちの故郷でした。単純に考えるとあの地に潜む眷属たちはすべて「オドン(星)」に触れることで生まれた怪異である訳です。「星界の使者」が示す「星界」とは「星(オドン)」で満たされたイズを指し、そして「星の娘、エーブリエタース」とは、つまるところ「星(オドン)の娘」でした。
余談ですが過去記事で劇中の「星」という言葉は全て「オドン」に置き換えられるのではないかと大はしゃぎしましたが、今はやや異なる見解でいます。ここら辺はまた別の機会に書かせて頂くとして、とにもかくにもオドンとは墓所カビであり、その胞子に触れたもの、取り込んだものを自らの眷属へと変えてしまう能力を持っているのかもしれません。そして、次のことが言えます。
この地下墓の先、オドン教会は聖堂街の中心にあり だが、いまや人気のない廃教会である
噂では、オドンの住人は皆、まともではなくなってしまうのだと
地下墓の鍵 - 『Bloodborne』
人であるなしに関わらず、滲む血は上質の触媒であり それこそが、姿なきオドンの本質である
故にオドンは、その自覚なき信徒は、秘してそれを求めるのだ
カレル「姿なきオドン(オドンの蠢き)」 - 『Bloodborne』
他の上位者と違い、或いはカビでしかないオドンは無力なのかもしれません。しかし、それ故に宿りやすく、他者を容易に操るのではないでしょうか。血に宿り、自らの行動の触媒たるを求める。宿主を持たず、故にあらゆる者を宿主とできる上位者。それも、全て信徒自身の意志であるかのように振舞いながら。
オドン教会に身を置いたものは、その殆どが気を狂わせ、または子を宿しさえしました。恐らくあの場所もまたイズの地ほどではないでしょうが、墓所カビ(オドン)が吹き込んでいたのだと思います。出所はどこか。ここです。

オドンの芽吹き

大聖堂地下。嘆きの祭壇の大蜘蛛から生える墓所カビ。恐らくこれがオドンの出所でしょう。聖堂上層にはイズの地に出現する敵がそっくりそのまま配置されますが、要はこの墓所カビ、言わば「オドンの苗床」の影響によって、イズの地そのものが半ば再現される形になったのだと思います。穢れた遺体さえあれば芽吹き、そこを自らの版図としてしまう。これこそが、奇怪極まるオドンの生態なのです。
……というのが、姿なき上位者についての半分でした。では、だとして、墓所カビ(オドン)とは、いつ、何を起源として発生したのか……という根本的な話をしていきましょう。
発祥
前置きが長くなってしまいました。と言ってもここから更に前置きをしていくので、もう別の記事で散々聞いたよという方は、デーモン遺跡の風景でも眺めながら時間を潰してください。

本日のロケ地

関連記事は全 7 回あるシリーズの 1 本目です。とてもじゃないですが読んでくれとは言えない量なので要約すると、深海の時代とは、人の澱みが悪さをする世界です。人々に宿る「人間性」という闇、これは非常に重いもので、どこまでも沈み澱んでいく。そして沈んだ先にある種の深淵である「深み」を形成します。火の消えた後の世界において、深みとは唯一の超現実・神秘の領域で、澱んだ人間性は時に「虫」となって人を襲ったりもする。
深みは本来、静謐にして神聖であり故におぞましいものたちの寝床となる。
深みの加護 - 『DARK SOULS 3』
しかしどれほど姿かたちを変えようと、それはかつて人間性と呼ばれたソウルの一種であり、王のソウルの断片であるが故に、上手く適合したものへと力を与えます。
「連盟のカレルを刻む者は、その誓いにより「虫」を見出す。それは、汚物の内に隠れ轟く、人の淀みの根源」
連盟の長、ヴァルトール - 『Bloodborne』

人間性 : Before After

血の医療を含む、深海の時代の怪異の総て。その内には「人の淀み」、即ち「人の澱み」が蠢いているという盛大なネタばらしでした。



関係ないけど、デーモンの亡骸

深淵が人を暴走させるように、ひとたび澱んだ人間性は一種の深淵と化し人を狂わせます。ましてや血に宿った深みのソウルを体に入れるなどと……血の医療の危険たる所以です。しかし澱みに見事適合してみせる特別な資質、「瞳」を持つものがいました。彼女たちは未来において「女王」などと謳われ、そして遥か昔においては「火防女」などと呼ばれていました。内に瞳を宿す上位者。その正体とは「深海の時代の火防女」だった……というのが上記記事の内容です。だいぶ雑ですが、これが当サイトの認識になります。

関係ないけど、ひっそりと横たわる百足のデーモン

火防女の魂は人間性の憑代であり それは彼女たちの体においても変わらない
あらゆる皮膚の下に無数の人間性が蠢き その姿は、大抵おぞましいものとなる
彼女においてそれは、無数のたまごとして現れた
あのたまごはすべて、人間性の揺り篭なのだ
火防女の魂(混沌の娘) - 『DARK SOULS』
火防女とは人間性の揺り篭。故に人間性に対して強く反応する特性を持ちます。だから「人間性」が「人の澱み」に置き換わったとしても、彼女たちは同じように適合するわけです。
要は火の消えてしまった深海の時代に、それでも生まれてしまう火防女たる資質を持つ女性は、その素質故に上位者に変わるのだという仮説なんですが、仮説は別の仮説を呼びます。つまり未だ火の在る時代、既に火防女として完成した女性が、何らかの原因によって上位者へと変わってしまうケースについてです。
その最初の事例と思わしき火防女について過去に書いているのですが、今回はそれとは別にもう一人、火防女でありながら上位者へと変わった存在がいるんじゃないかという考えをご紹介させて頂きます。正確には、「彼女が宿したものが変質した」と言うべきか。
さてお気づきでしょうか。デーモン遺跡の光景、その変化に。『DARK SOULS』のゲーム画面にはある特徴があります。時折火の粉が散るのです。これは篝火の、或いは未だ燃えている世界そのものの「火」の証なのでしょうか。そしてデーモン遺跡にも火の粉は散っているのですが、この場合、恐らくはじまりの火のそれというよりは、僅かに燻る混沌の炎から生じた火の粉なのではないかと思います。

デーモン遺跡に舞う火の粉

それがどうしたことでしょう。エリア探索を進めるに連れて、火の粉は失せていき、代わりに別の粒子が舞い始めます。



火に混じり、舞う……なにこれ。

灰色の、まさしく「灰」なのでしょうか。燻る混沌が火の粉から灰に姿を変えただけというのが最も容易い連想だと思います。そしてもう一つ、この灰に似た物質が舞い散るエリアにはあるものが散見します。卵の殻のように見える球体。まるでその役目を既に終えたかのような抜け殻にして残骸です。

なんかの卵

そもこの卵は何かと言えば、かつてイザリスの魔女が一人、蜘蛛姫が残した卵の成れの果てでしょう。本人にして「駄目だった」と言わしめたこの卵は、それでも何かを産み落としたのでしょうか。



なんかの卵、ビフォーアフター

【ダークソウル】デーモンとグルーとヒトと【考察】 - 考察覗き魔 ダークソウルシリーズに関する考察
読んで欲しいのがこの記事です。これ非常に興味深い記事で、筆者様はこれらの卵からグルーが生まれたのではないかと仰っています。なるほど、人間性を捧げられた乙女が生んだ、デーモンでもない、「人によく似た何か」。それがグルーの正体なのだとすれば、ファラン城塞に犇めくグルーの発祥地とはこの場所だったのかもしれません。

獣性の正体が「暴走した人間性」であるなら、グルーとはそれが形を得た怪異なのかもしれない。

永い間、深みに沈み溜まった 暗いソウルの大澱を放つ魔術
深みから這い出る湿り人たちには 時に大澱が憑依しているという
それはとても、人に似ている
ソウルの大澱 - 『DARK SOULS 3』
蜘蛛姫へと捧げられた人間性。火の陰りと共に、卵の中身は一つの「深み」と化し、その中で澱んだ人間性は、「人に似たおぞましいもの」として孵化を果たしたのかもしれません。
しかし思うにもう一つ、この場所で生まれたものが存在する。
オドンとは上位者であり、カビ(寄生生物)そのものでした。ここまでの仮説が正しいとして、その根源はやはり「人間性」が変異したものであるはず。
稀に死体に見られる小さな黒い精
人間性 - 『DARK SOULS』
「精」とは言葉通りに「精」であり、故に蜘蛛姫に捧げられたそれらは「卵」となりました。人間性は人の澱みとなった後もその特性を残し、子を為そうとする。恐らくこれが上位者たちが「赤子を為そう」とする理由の一つです。極論、「変質した人間性」こそが上位者の正体と言っていいと考えています。それはオドンであっても例外ではない。オドンとはカビであり、また「黒い精」の成れの果てであり、故にそれ自体が子種として機能します。だから娼婦アリアンナは、ただカビの吹きすさぶオドン教会にいただけで、子を孕んだ。
デーモン遺跡の深部において、火の粉と入れ替わるように舞い始める灰色の粒子の正体は何か。それは人間性の揺り篭たる蜘蛛姫の遺体と、或いは彼女が黒い精と結びつき産んだ卵、それらから芽吹いたカビなのではないでしょうか。
というわけで前置きが長くなりました。ご覧ください。デーモン遺跡、またはかつて「クラーグの住処」と呼ばれていた場所。この場所と、そして彼女自身こそが、姿無きオドン発祥の地となります。

オドンのオカン

それはただ人間性がカビたものに非ず。あくまで火防女という特別な揺り篭の中で育まれたもの。故に生じたカビでさえ、特別なカビと成り得ることは想像に難くありません。人が持つ獣性の塊の如きグルーの一方、それらのカビは「オドン」たる一種の意識という形で結ばれ、以降、墓所カビとして版図を広げ続けているんです。
思えば幾つかの示唆がありました。深淵の監視者と戦いカーサスの地下墓に至る場所、そこには狼血を汲んだものか、一つの器が設置してあります。これを「聖杯」と見るなら、地下墓から続くデーモン遺跡とはある種の聖杯ダンジョン。ここがストレートに後の「イズの碑」である……かどうかは分かりませんが、オドンを形成する墓所カビの、少なくともその起源はここにあったと思っています。

ファランの聖杯

そして個人的に推したい描写がこれです。「エーブリエタース前の嘆きの祭壇は、なぜ蜘蛛なのか」。ロマとはどういった関係にあるのか。これは終ぞ分からないままです。しかし正直なところそれはどうでもいいと思っています。
想像するに、両作品の朽ちた蜘蛛は、オドンがかつて蜘蛛から芽吹いた存在だと示唆する為の配置だったんです。



オドンの苗床

気になるのはデーモン遺跡で確認できる、デーモンの助祭の姿。死んでいるのか生きているのか、その体から伸びるものはさながら「冬虫夏草」のようです。

墓所カビ

これ、まさしく冬虫夏草、つまりはキノコであり、オドンがとりついて芽吹いたものなんじゃないかとみているんですが、キノコをカビの一種と見るなら、これもある種の「墓所カビ」であるわけです。デーモンすらも苗床にして芽吹く、そのおぞましいカビは、この後何に至ろうというのでしょうか。この冬虫夏草デーモン助祭の前でグルーが祈りを捧げているように見えるのが意味深です。それはデーモンとしての遺体に捧げる祈りなのか、或いは、その亡骸から芽吹く存在に対する祈りなのか……。
上位者オドン。考えようによれば、『DARK SOULS』と『Bloodborne』の二作を跨いで登場した、特異なキャラクターでした。
おわりに
さて以上を持ちましてオドンについての考察の全編となります。これ以上のことはない。あるとすれば、一つ考えてみて欲しいことがあります。
上位者オドンの根源もまた人間性でした。そしてそれは、かつて蜘蛛姫へと捧げられた人間性が元手になっている。時に誓約を深めるため、デーモン遺跡の扉を開けてソラールを救うため、或いは純粋に彼女への心酔のため、そこには様々な理由があって、多くの混沌の従者が彼女へと人間性を捧げました。
捧げましたよね?
かつて不死たちが捧げた人間性。多くの卵を孕んだ蜘蛛の火防女の遺体から、やがてカビが芽吹き、そして。