露伴邸の近くにひっそりとオープンしたイタリアンレストラン。その店を訪れた露伴と京香が出会ったのは、供する料理で客の体の悪いところを改善させる不思議な力を持ったシェフのトニオ(Alfredo Chiarenza)だった。トニオは露伴に、どんな病気でも治してしまうという伝説のヒョウガラクロアワビを手に入れようと密漁を持ちかける。実はトニオには、重い病気を抱えたフィアンセ森嶋初音(蓮佛美沙子)がいたのだ
(NHK 公式ホームページ より)
良かった。「六壁坂」あたりから、このドラマって露伴(高橋一生)が出ているシーン以外は退屈なのでは……と気づき始めてしまったので、その点を言えば今回は少なくとも退屈ではなかったです。
厳密に言うと荒木先生の画力や演出力無しにモブ視点のドラマをやられても退屈なのであって、志士十五(森山未來)という奇人が暴れていた「くしゃがら」などは面白く視聴できた記憶がある。(したがって「望月家のお月見」はやらない方がいいと思いますが、原作を提供して『世にも奇妙な物語』でやってくれるなら観たい。そういう気持ちはある)
さて内容に関してですが、露伴と泉編集が「イタリア料理を食べに行く」前半パートと、出会ってしまった露伴とトニオの二人が密漁をする後半パートの実質二本立て。何とも豪勢で満足度の高い仕上がりでした。
原作「密漁海岸」ではある程度気心が知れているからこそ、トニオの密漁の誘いが成立したようにも思えましたが、出会った直後、勢いに任せての密漁勧誘に OK する露伴に全く不自然さを感じず笑ってしまいました。ここはキャラクターの勝利でしょう。そりゃ行くよね、露伴なら。
トニオの料理を「喰らう」くだりも、原作では終始仗助が狼狽える様に面白さを感じていたのですが、ドラマ版の泉編集と露伴が交互に術中にハマっていく様もこれはこれでツッコミ不在のボケ倒しを見せられているようで充実した内容でした。露伴というキャラが便利過ぎる。そりゃ食うよな、ヤバい料理を、ヤバいと分かっていて、露伴なら!
密漁シーンもトニオが帽子を被ったままであるのに始まり、ペンを持ったスダンド像が不在のドラマ版において筆記道具である「タコスミ」を活用していたのも、「行き届いてるな」という印象。このクオリティで今後も続けていって欲しいです。
気になった点を幾つか挙げるなら、トニオがちょっとカタコト過ぎたのがまず一つ。原作だとたまに日本語が流暢になるからこそ、こいつは何か腹に一物あるんじゃないか、嘘をついているんじゃないかという怪しさに繋がっていました。対してドラマ版ではあのカタコトさによって彼の勤勉さ、懸命さ、善人さが却って滲み出てしまっているように思え、ただ料理を振舞った相手を幸福にしたいだけの善なる料理人になってしまっていたと思う(それであってる)。ただ、やろうと思えば「怪しさ」を盛り込むことは出来たのかもしれないけど、あくまで前半部分に過ぎないこのくだりにそこまで力を入れるのも全体の構成としては不均衡だと判断されたのかもしれませんね。
気になった点二つ目は、サソリ毒を彼のギフト開花の切欠としたこと。当然ながら症状込みで原作の「矢」に見立てたのだろうし、それ自体は一つのアイデアだと思いますが、個人的には不要だったかな。毒に纏わる起源を持つが故に毒から爆発的な薬膳効果を獲得するギフトが発現した、というのなら、じゃあキリマンジャロの 5 万年前の雪解け水飲んで異常に涙が出たのなんだよ! って話になる(5 万年前の微生物の効能だろうか)。
ギフトの発現理由に「矢」の見立てとして「毒」を使ってしまったが為に、トニオが毒を自在に操る異能薬膳料理人として開花した……のなら、肝心のクロアワビに毒が無いのは変じゃない? という話。毒云々に関係なく素材が持つ薬学的効果を極限まで引き出せる、という話であれば、提供した料理にいちいち毒を用いていた描写が宙ぶらりんになっている。
だったらいっそのこと変に設定を追加せず、ある日トニオは一つの道を究めた結果、薬毒自在のギフトを得た……そしてその一つの道を追求することによる人間の可能性は露伴の「ヘブンズ・ドア」にも通じる……という流れで、トニオと同時に露伴の掘り下げも出来たと思うし、プロットとしてシンプルに纏められたのではないでしょうか。
ちなみにフグ毒がそうであるように、ある種の成分が餌などを介して特定の生物の中に濃縮されていくことを「生態濃縮」と言うらしいですが、この「毒」というものに深く関わる生態濃縮のくだりを前半で挿し込んでおけば、クロアワビを食べたタコの中にその成分が取り込まれていた展開の丁度いい前振りになった気もする。さすがに人命が関わっているとはいえ、 NHK でアワビの密漁を行うことを避けたくてタコにその役割を押し付けただけだとしても、まだ遊べる余地はあった。
あと気になった点のもう一つとして、「だから気に入った」の画が面白くない。原作と同じく「密漁をします」「だから気に入った」で二人の男をそれぞれアップで映して欲しかった。荒木先生曰くの「このくだりを描きたかった」を受けたわけではないですが、やはりこのシーンはこの話の「決め」だと思うので、完全に再現して欲しかった想いが強い。
ただ、このくだり最大の前振りである「だが断る」をやっていないので、強くやり過ぎるとむしろ違和感が残ると判断したのかもしれない、と好意的に解釈しておきましょう。