春。俺はその日初めて会った女の子に告白された。
「私はスプリングガール! 春は花咲く恋の季節! 好きです!」
「……ごめんなさい」
断った。
スプリングガールは妖精である。しかもそんじょそこらの妖精とは違う、数多に存在する妖精の中でも、時空を四つに切り分けた概念、『春』を司る上位妖精。それが彼女『スプリングガール』なのだ。その説明を聞かされた瞬間、俺は全力で逃げ出したが、どれだけ撒いても行く先々に現れ、時には空を飛び、果てには目の前でまだ蕾すらない桜の木を満開にして見せたところを鑑みるにどうやら本物の妖精さんらしかった。もしくは人生これ独り身の俺が造り出した妄想。前者の方が幾分か精神衛生上受け入れやすいので信じざるをえない。不自然に咲き誇る桜の下で、俺は春の妖精と向き合っている。
「私はスプリングガール! 春は花咲く恋の季節! 好きです!」
「一からやり直すな」
やり方が粗いなこの子。
「どうして私じゃ駄目なんですか!?」
「いや初対面だよね俺ら」
「こんなに可愛いのに」
「こ、こいつ自分で……」
まあ、可愛いけどさ。出来すぎたくらいに整った顔立ちと、特に目を惹く厚みのある桜色の唇、穏やかな雰囲気と儚げな佇まい。はっきり言って魅力的だ。でもね、俺は理由も無いのに1億円あげると言われて、素直に受け取れる人間ではない。
「自慢じゃないけど俺は超モテないぜ。だからいきなり君みたいな女の子から告白されても裏があるとしか思えない。しかも妖精ってあんた」
我ながら卑屈だ。だが彼女は気分を害した様子もなく答えてくれた。
「私は貴方を幸せにする為に妖精界からやってきました。本来なら、貴方はもっと幸せになれるはずの人間なんです」
曰く、幸せ受容体というものがあるらしい。『幸せを受け取る部位』であり、全ての人間に与えられている。大きさや感度には個人差があって、故に人の幸せには差があるのだ。
「ところがですね、希にこの幸せ受容体にも不良品が出まして」
「そのレアな人間が俺だと」
「身に覚えがありませんか?」
幾らでも。
「元来貴方は非常にハイポテンシャルな受容体を持っていました。ですがそこは不良品。得られるハズの幸せを受容するそばから腐らせてしまいます。まさに宝の持ち腐れ。運命を導く我らの職務上、とても見過ごせません。そこで私が派遣されたという訳です」
「俺のパッとしない人生にはそんな秘密が……」
「幸せ受容体は神の定めし機能なので我々には弄れませんが、幸福を呼び込むことは出来ます。要するに私と貴方で特別な契約を交わし、貴方が腐らせている分の幸福を補填するんです」
「特別な契約? つまり君が俺に告白したのは」
「はい。私と貴方は恋愛という強い結びつきの下、幸せになる為のパートナーになるんです。貴方が死ぬまでお供します。よろしくお願いしますね」
「うん。だから、ごめんなさい」
再び首を横に振る俺に、スプリングガールは心底驚いたようだった。
「な、ど、どうしてですか!? 幸せになりたくないんですか? 言っておきますけど、貴方本来の幸せポテンシャルは、それはもう凄まじいですよ。どのくらい凄まじいかを具体的に言いますと」
「いいよ言わなくて。ちょっと未練でちゃうじゃん」
「な、なんで」
「今のままで十分幸せだもん。そりゃもっと良くならないかなとは思うけどさ。その為に君と恋人にならないといけないってのがね」
「私、貴方の好みに合いませんか?」
んな馬鹿な。
「ストライクだよ。だからこそ嫌なの。君みたいな子とはね、こういう損得勘定抜きで惚れた腫れたで付き合いたい。こんな形で幸せになっても、根っこのところじゃ幸せになれないと思うんだ。変な言い方だけど」
俺がそう言うと、スプリングガールは非常に困った顔をした。
「うーん、貴方にOKを貰わないと契約できないんですが……。しかも貴方を信用させる為に桜を咲かせたことで、もう人間界に滞在できるだけの力が残ってません。正直、一発OK貰えるとタカをくくってました。この結果は予想してなかったなあ。本当に良いんですか?」
頷く。本当は泣きつきたいけど。
俺の答えを聞いて、スプリングガールは困った顔のまま少し笑った。
「あくまでも契約は任意。放棄するというなら言うことはありません。でも」
彼女は頬を桜色に染めた。
「人間の女性は、男性を見る目が無いと思います」
「え?」
そして彼女は消えた。不自然に満開な桜の下で、俺はただ一人残された。それは今までの出来事が夢で無かったことを示している。
「惜しいことしたかもな」
そう呟いたものの、やっぱり俺は自分が間違っているとは思わない。
ちょっと不思議な、だけどそれだけの話。とある春の一日だった。
そして月日は少し流れ、夏。
「ふはははは! あたしはサマーガール! 夏は燃えるぜ恋の季節! スプリングガールをフったからっていい気にならないことだな! 奴は私たち四姉妹の中でも最弱! 好きです!」
「もういいよ」