前項の続き。はいはいさくッといきましょう。
「虫」と「瞳」については粗方書いたので、ここで一度全てを疑ってみます。
上位者が必ずしも「軟体」でないのなら、こんな纏め方が出来るでしょうか。
上位者とは特殊な寄生虫、その成体に適合した生物である。
そのような事をここまでつらつら述べてきましたが、そんなこと信じられますか? だって虫ですよ。たかが虫如きが本当にそんなパワー持ってるんですかぁ? だっておかしいでしょうよ。宿主の進化の果てに寄生虫が成体に至る、ここまでは良いとして、じゃあなんで連盟が狩りの成就に見る「虫」はムカデなのか。
ちなみに「虫」は英訳で「Vermin(害虫)」。この言葉は「人間のくず」という意味でも使われるそうです。
- 虫
- 連盟の狩人が、狩りの成就に見出す百足の類
- 連盟以外、誰の目にも見えぬそれは 汚物の内に隠れ蠢く、人の淀みの根源であるという
- それを見つけ踏み潰すことが、彼らの使命なのだ
- おそらく慈悲はあるのだろう
- 願うものにだけそれは見え、尽きぬ使命を与えるのだ
獣を狩ろうが上位者を狩ろうが、一律してムカデ。どういうことでしょう。ウジ虫はどこへ行ったのか。もう、面倒なのでこう考えることにします。連盟の見る「虫」も、獣や上位者の中に潜む寄生虫も、本当は存在しなかった、と。これで矛盾が無くなります。フ―――、スッとしたぜ。
いえ、何もこれまでの「虫」説を全否定しようというのではありません。即ちヤーナムの血の医療、そこに宿っていたものは、或いは寄生虫ではなく、「それ以前の段階」が存在していた。そう考えると、「虫」の実像はより本質に近づくのではないでしょうか。
- 血石の欠片
- 死血に生じる固形物の欠片
- 血中に溶けたある種の成分が、死後凝固したもので 結晶化していないものは血石と呼ばれる
- 墓所カビ
- 地下遺跡の各所、腐った血肉に生えるカビの類
- 育つにつれ大きな胞子を持つ
- 死血花の芽生え
- 棄てられた場所で、死血に芽吹くという青白い植物
こちらの正気とは思えないほど長い記事で「虫」の性質を延々語らせて頂きましたが、要するに「虫」は超人を作ったり獣化させたりに留まらず、それ自体が血石となったり、何と植物にだって姿を変えるようです。それこそ血中に潜む「ある種の成分」とやらの効能なのでしょう。だとするとこう考えてみることも可能です。
寄生虫ですらも「ある種の成分」が取る一形態に過ぎないのではないか。
奇妙な力を持つ虫などいなかった。ただ奇妙な力を持つ「成分」があり、それが奇妙な力を持つ血石やカビ、そして寄生虫に変性しただけではないのか。つまりその「成分」こそ本当の「淀みの根源」だったのではないのか。じゃあその「成分」とは何だったんだろう。単純です。血に宿り、蠢き、そして数多のものを生み出す「それ」は、実は劇中の最初から最後までずっと我々と共にありました。
- 死血の雫
- 血の遺志を宿した死血の雫
- 死血の雫
- 強い遺志が濃厚な死血を生む
- 血の穢れ
- 血の遺志の中毒者、すなわち狩人こそが、宿す確率が高いという
血に溶け、医療者が拝領し、そして狩猟者が継承するもの。
「遺志」です。
プレイヤーである我々は幾度も死を重ねています。そしてその度に遺血の回収に励んだことでしょう。今や普通に受け入れていますが、そもそもの話、遺志とは何なのか。素直に霊魂のようなものと考えていいのでしょうか。だとして、少なくともこの世界において魂は血に宿るようです。
- 鎮静剤
- 神秘の研究者にとって、気の狂いはありふれた症状であり 濃厚な人血の類は、そうした気の乱れを鎮めてくれる
- それはやがて、血の医療へと繋がる萌芽であった
血の医療が確立される以前から、人血には鎮静効果があった。普通に書かれているのでスルーしていますが、いやそんな事ありえる訳が……そう思っていた時期もありました。ですが元より血には魂(精神、理性)が宿るものという前提があるなら、失った「理性(意志)」を補填することで狂いが解消されるというのは何となく頷ける話ではないでしょうか。世界がそう出来ている。ただの人血にさえ、ただ事ではない力が宿っているのなら、「特別な血」にはさぞ「特別な遺志(魂)」が宿っているはずだ。その気づきこそが、ウィレームの思想を振り払い、ローレンスたちを血の医療へと誘ったのでした。
連盟が見た、連盟しか見いだせないそれは、真実何だったのか。正直なところ、幻のようなものだったんじゃないかと思います。ロクな末路を持たない狩人が、それでも夜の果てには暁が待つのだと、少しでも長く人間性を律する為の方便。しかしながら狩りの成就、そこに流れる死血には、確かに穢れた遺志が宿っていました。その穢れこそが、獣化を始めとする様々な怪異、神秘、淀みの原因となります。連盟が見出す「虫」とは、或いは自らもそれと気づかぬ虚偽でありながらも、その実、本質を捉えた観察、気づきだった訳です。穢れた遺志が持つ様々な特性、そして実際に虫へ変質する能力、それらを包括したものがおぞましきムカデ(虫)のイメージであり、我々はそれを踏み潰していたのかもしれません。……根絶、できるかなあ。
人の淀みの根源は虫そのものではなく、血に宿るおぞましい遺志でした。つまり「Bloodborne(血液感染)」していたのは、厳密には「虫」ではなく「遺志」だった。これが現状導き出せる答えであり、また「瞳」というキーワードを更に紐解く為に必要なヒントになると考えています。
さて。どうやら血の遺志は様々なものに変化します。前述したように「血中のある種の成分」、即ち遺志は時に血石や血晶になり、もしくは死血花や墓所カビとして芽吹き、或いは寄生虫へと変わるようです。
血に宿る遺志とは一体なんなのか?
遺志という淀みの根源が、外界の様々な条件によってその形態を分岐させるという事がおぼろげに理解できます。劇中で確認できる限り「石」「植物」「虫」という 3 パターンに大別できるようなのですが、実はもう一種。
稀に人の死血に見られる赤黒い精
- 血の穢れ
- カインハーストの血族、血の狩人たちが 人の死血の中に見出すという、おぞましいもの
- 血の遺志の中毒者、すなわち狩人こそが、宿す確率が高いという
- 故に彼らは狩人を狩り、女王アンナリーゼは 捧げられた「穢れ」を啜るだろう
- 血族の悲願、血の赤子をその手に抱くために
ビジュアルがもうそのまんまなのですが、赤子を欲する女王が求めるものとして、血の穢れが「精子」を示唆している事は何となく想像がつくと思います。これが「穢れ」のカレルを通してのみ見出されるというのが大きなポイントだと考えていて、要するに「淀み」と「穢れ」とは遺志が有する「異なる側面」なのです。連盟員たちは死血から寄生虫を始めとした様々な怪異の根源となる性質を「虫」のイメージとして見抜き、一方で血族たちはそれが赤子を授かるための「精」なるイメージとして幻視したのでしょう。焦点が異なるだけで、狩人たちは同じものを見ていた訳です。
どんどん複雑化しているように見えて実のところそんなことは無く、「石になる」という性質を除けば、「草」「虫」「精」と、どうやら遺志とは「生」たる特性に集約できそうではないですか。血が生命力、活力そのものと言えるなら、これもまた人血が気の乱れを鎮める効果と接続できる気がします。血は生命なり。
- 儀式の血
- 血はすべてを溶かし、すべてそこから生まれる
そしてこれこそが肝心要です。本来であればウジ虫として行き詰る筈の「虫」が終宿主の中でのみ成体となるロジックが、その根源たる遺志(精)にも適用できるのだとして、「精(生)」にとっての「成体」とは何を指すのか。穢れた血は、穢れた生は何を目指し、何に成ろうというのか。既に申し上げ、そして皆さまがご存知の通り。
- 3 本目のへその緒
- 全ての上位者は赤子を失い、そして求めている
赤子です。穢れた血は、それでも赤子として結実することを望んでいる。それは「精」の本能と呼べるでしょうか。
血の遺志は不完全な苗床の中でウジ虫になり、そして適切な苗床「瞳(軟体)」の中で成体となる。しかし前項で述べたように、軟体と虫(成体)の関係が副産物に過ぎないのだとして、血の遺志が本当は赤子に成ろうとしているのだとするなら、「瞳」が指す本当の意味とは……。
医療教会は地下遺跡で聖体と見え、拝領の果て古都ヤーナムにトゥメル文明を再臨させんと試みたようです。トゥメルの超人は狩人として、一方で古代文明すら克服できなかった獣の病もまた呼び込む事となりましたが、それも含めて「成功」と言っていいのかもしれません。いりょうのちからってすげー! しかしとてもとても大切なものが欠けていました。狩人は作った。獣も生んだ。しかし赤子だけがどうにもならない。それこそ全ての鍵だというのに。
結局のところ医療教会は最後まで赤子を製造することが叶いませんでした。しかし、やはり失敗は成功の母であり、学べる事も多い。
実験棟。あの場所は深淵でした。血の医療という闇に飲まれた深淵です。上位者と交信していたというトゥメル文明、その頂きたる女王ヤーナムの血を拝領した結果が狩人と獣化者たちであるなら、単純な話、「もうめんどくさいから上位者の血を『直』でブチ込んでみようぜ」という治験の場が実験棟です。「直」は素早いですからね。結果はどうか。
- ゴースの寄生虫
- 人に宿るものではない
はい駄目でした。中間宿主と終宿主の話は既にした通り。軟体生物でない人間は適切な苗床(瞳)を得られない。ですが宿らないというのは、何も起こらないという意味ではない。劣悪な苗床(人間)に、それでも上位者の血をブチこんだ事で何が起きたか。その末路は凡そ以下の 3 つに分かれました。
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ちなみにですが、実験棟での輸血に「虫」が含まれていたかどうかは正直分かんないです。しかし「遺志≒虫」であるのだとすれば、寄生虫がそうであるように上位者の血そのものもまた人に宿らないと見えるので、どっちにしろ同じなんじゃないかと思っています。
さてそんな訳で既に色々言ってるので結論から言いますが、ゴースの血を入れた人間は、上の画像の左から右へ向けて変態していきます。具体的には頭がでかくなっていく。勿論、適応できず死ねばそこで終わり。画像の一番左の方は残念ながら……。しかし同時に、人に宿らぬはずの血に「反応」を示した人々がいた事も確認できます。そこには如何なる差異が存在したというのか。
まず一つめの条件は「啓蒙」だと思われます。
そもそもの話、存在感の割に実態の分からない「啓蒙」という概念、あれは結局何なのか。テキストに記されている以上、特別な知恵、上位世界を覗く認識能力のようなものだと考えて良さそうなのですが、遺志に「虫」や「精」と言った多角的な捉え方があったように、啓蒙もまた別の観方が可能です。啓蒙とは「媒介者たる資質」です。なんのこっちゃ。
頭をやわらかくしてみよう
なぜ啓蒙を得る二つのアイテムにナメクジのようなイメージが与えられているのか。シンプルな仮説として、啓蒙が「軟体」の材料となるからではないかと。以前からの「軟体こそ寄生虫の苗床である」という仮説に基づきまして、では「軟体」である必然性は何なのか。これはややメタ的な読み解きになってしまうのですが、啓蒙という言葉が持つ「正しい知識を広め伝える」ことと、ナメクジを始めとする軟体生物が「寄生虫の感染源となる」ことが「それ(知識 ≒ 虫)を伝染させる」という意味で掛かっているんじゃないかと考えました。
現実でも寄生虫が繁殖の為に他の宿主を求め、そしてナメクジなどの中間宿主がその媒介者となって感染を拡げるという構図がある訳ですが、つまるところ「虫」を唯の生物として捉えた場合、それらがより広く繁殖していくために最も効率の良い生態として軟体生物という形態がチョイスされただけに過ぎないのかもしれません。ただ必要だから、上位者という生物はそのように進化しただけなのだと。
故に啓蒙とは「虫(知識)の媒介者たる資質」であり、人間を軟体へと導く「原材料」であり、言い換えるなら「瞳(苗床)」の原形質である訳です。「啓蒙」のアイコンが「瞳」の形をしているのは、そういう意味でもあるんじゃないかと考えます。
文字通りの「瞳(認識力)」としての意味と、軟体たる「瞳(苗床)」としての意味
実験棟においてゴースの血にある程度の適応を見せた患者は、恐らくこの「媒介者たる資質」を多く備えていた。眼球が軟らかいからこそ「虫」の苗床と成り得たように、ある種の「軟らかさ(啓蒙)」を脳に得ていた患者は、ゴースの血の遺志によって、血を広めるための「媒介者」として選定され、死なず、次の段階へと進むことを許されたのだと思っています。
肝心なのが次の段階。啓蒙を刺激された結果、頭部が肥大化する現象の更に先にある、頭部だけになった患者こそがこの治験の最終段階と言えます。星輪樹の庭前に「私には無理です」と嘆く女性がいますが、やはり先に進む為には啓蒙とは別の条件、素質が要るのでしょう。恐らくそれは後 2 つばかりの素質です。ちなみに嘆く彼女は、内 1 つを満たしていました。
以前にも書いているので勿体つけませんが、条件の内一つは「女性であること」です。少なくとも現に頭だけになり「脳液」をくれる患者たちは全員が女性でした。また装備「肥大した頭部」が取得できる寝室では頭だけの患者たちが攻撃してきますが、それらは皆女性ボイス……のように聞こえるのですがどうでしょう。
頭ばかりの女たち
理由に関しては後述するとして、しかし「女性であるだけ」では不適格なようです。なぜなら前述したように、星輪樹の庭前で嘆く患者は女性でした。では性別以上の何かが必要である訳です。それを読み解くヒントとして、脳液イベントの主軸であるアデラインが「血の聖女」であったことを取り上げます。ただ一つばかりの事実で仮説を立てるのであれば、つまり「脳液」を生成した、頭だけとなった彼女達は皆が「血の聖女」だったのではないか。
- アデーラの血
- 教会の尼僧たちは、優れた血を宿すべく選ばれ 調整された「血の聖女」である
- その施しは、医療教会と拝領の価値の象徴なのだ
チューンナップ尼僧、「血の聖女」。教会が選び調整した女性たちだそうです。つまり彼女たちは教会手製とは言え「特別な血」を有していることが分かります。という訳で、上位者の血を受け入れ、死なず、脳液を生み出すために必要な条件は以下の 3 つ。
以上を踏まえ、実験棟の脳液イベントは本編の「3 本目のへその緒」収集イベントのなぞり及びヒントになっていることをここに提示します。つまり脳液生成のためのこれら 3 つの条件は、赤子(へその緒)を宿した母親たちに対しても転用できるんじゃないでしょうか。
ところで「啓蒙を得る」とは何なのでしょうね。人ならぬ智識を得ている。言うのは簡単ですが、具体的にどういった現象が起こっているのか。危険な魔導書を読んでいるようでもなし、「啓蒙」という何かフワッとしたエネルギーのようなものが頭に流入しているのでしょうか。
何かヒントは無いかなーと思っていたのですが、例えば啓蒙を得るアイテムは前述した「狂人の智慧」「上位者の叡智」と、もう二つ。「血の穢れ」と「3 本目のへその緒」です。前者に注目するなら、血の穢れとは濃厚な血の遺志であり、それは連盟の目を通せば「虫」になります。血が形を変えようと本質を変えないのなら、ゴースの寄生虫が「苗床」のカレルを刻んだ狩人を軟体質へ変え、或いは実験棟の患者に宿る啓蒙をやがて「脳液」へと変質させたように、濃厚な血の遺志もまた、人の脳内物質を刺激して「啓蒙」へと変える力を持つのかもしれません。つまり最初から人の内にあったものを、遺志の力で変態させただけと言えます。そして特殊な脳内物質「啓蒙」は更なる刺激を受けて「脳液」となり、やがては「瞳(苗床)」へと至るのだと。
じゃあ何で特定のエリアに辿り着いた際や、(その周回で)初見のボスに出会った際にも啓蒙を得ているのかというと……よくわかんないです。よくわかんないですけど、狩人の中で蠢く「遺志(虫)」が人知を超えた現象と出くわすことで活性化し、それはそれで脳へと刺激を与えているのかもしれません。こんな解釈で如何でしょう。
では皆さま、劇中において「fair maiden」なるキーワードが登場する場面をご存知でしょうか。
- ロスマリヌス
- 血の混じった水銀弾を特殊な触媒とし、神秘の霧を放射し続ける
- 歌声と共にある神秘の霧は、すなわち星の恩寵である
- 「美しい娘よ、泣いているのだろうか?」(英訳 : "Oh, fair maiden, why is it that you weep?")
「美しい娘」。「fair maiden」とはここに該当します。この「美しい娘」とは誰のことでしょうね。「星」「泣いている」という言葉、そして実際に嘆きの祭壇で肩を震わせる「星の娘」の姿から、これはエーブリエタースを指しているというのがもっぱらの解釈だと思われます。そこら辺はまた別の機会に考えてみるとして、しかし実はこの言葉、もっと意味が深い。以下の画像をどうぞ。
『How to Pick Up Fair Maidens』 民明書房刊 1500YEN(税込み)
驚嘆すべき分かりづらさで恐縮なのですが、「How to Pick Up Fair Maidens」は以前どなたかが発見した『Bloodborne』のイースターエッグです。ここなんかでも確認できます。
「How to Pick Up Fair Maidens」……「美しい娘の迎え方」でしょうか。重要なのは「Fair Maidens」と複数形になっている部分なのですが、つまりですね、わざわざこうして描写されている「美しい娘(fair maidens)」とは特定の個人を指し示しているのではなく、「ある特殊な資質を備えた女性」の総称なのではないかと推測してみます。
本編における「特別な女性」を挙げるなら、まずトゥメルの女王ヤーナムでしょうか。また彼女に並び立つであろうカインハーストの血の女王アンナリーゼも挙げられます。他に見出すならば、カインの血を引き、それ故に上位者の子を孕んだ偽ヨセフカや娼婦アリアンナも特別と言え、また時計塔のマリアも同様です。
「fair maidens」とは血の探求者たちが見出した「拝領に値する特別な女性」の総称なんじゃないでしょうか。そしてそれを理解していたからこそ、彼女達が生み出し得る神秘を求め、医療教会が着手したのは「fair maidens」の量産でした。教会の尼僧「血の聖女」とは人工的に生み出された「fair maidens」であり、そしてそれ故に彼女たちはゴースの血と交わることで「脳液」を宿すにまで至った訳です。
星輪樹の庭を見る限りあそこには大量の死体が埋められており、そこからはどうやら星輪の樹が芽生えました。恐らく頭だけとなった患者の遺体、その脳液に感応したのか、産み落とされ、或いは呼び出されたもの「失敗作たち」。
しっぺぇさくたち
トロフィーの一文に従うなら、これらは「上位者のなりそこない」です。言わば頭だけの母親たちから生まれた、頭の無い「赤子の失敗作」でした。
教会は赤子を欲しました。幸いにもゴースの血という「種(精)」はある。だからこそ「畑」を用意しようとしたのでしょう。実験棟とは、意図してか知らずか、言わば人工授精の場だったんですね。ただ患者の中に男性も混じっていた辺り、結構場当たり的というか教会もいまいち理解していなかったのか、もしかすればあの場所には「男に種植えたらどうなるんだろうね〜」という意図もあったのかもしれません。血の医療って楽しそうだね。
ともかく実験棟での一大治験は、しかし失敗に終わりました。なぜなら教会が用意した畑、「血の聖女」とは所詮人工的な母体であり、本物の「fair maidens」ではないからです。ということでようやく「fair maiden」という言葉が出せたところで、彼女達の話をしていきましょう。
余談なのですが、時計塔のマリアを天然ものの「fair maiden」と見た場合、彼女と養殖(血の聖女)のアデラインの関係が一層深みのあるものとなります。
- 露台の鍵
- 時計塔のマリアが、患者アデラインに渡したもの
- せめて外気と花の香が、彼女の癒しとなるように
教会にとって禁忌の血を宿しながら教会に属していたマリア。恐らく自身がもつ血族の血を忌み嫌っていたらしい彼女が、ある種「人工的な血族」であるアデラインや、同じ頭だけとなった女性たちを始め患者たちからどうやら慕われていた。犠牲となる「偽物」たちを眺めながら、「本物」である彼女の中にはどんな情動が渦巻いていたのでしょう。
またオドン教会の輸血イベントに関しても、ひょっとすれば見方が変わるかもしれません。アデーラがいる状態でアリアンナから血を貰い続ける事で起きる惨劇。あれがアデーラの狂気・情念だけを物語っていたのではないとするなら、恐ろしくも面白い。
- アリアンナの血
- 古い医療教会の人間であれば、あるいは気づくだろうか
- それは、かつて教会の禁忌とされた血に近しいものだ
上位者が真に望む「美しい娘」とのまぐわい。それを阻止したのは皮肉にも、養殖された「血の聖女」でした。
ではおさらいとして。
実験棟での失敗は「母」と「赤子」という関係を洗うためのヒントであり、それに基づくのであれば、本編で赤子の母親となった彼女たちは恐らく上記の条件を満たします……と、言い切ってしまう前にちょっと気になる部分を見てみましょう。
ヨセフカとすり替わった偽女医と娼婦アリアンナ。彼女たちは共にカインの血を引いています。そしてそれ故に上位者に見初められ、赤子を宿すことになります。彼女たちが「精」を植え付けられた経緯についてはこっちで書いてるので、申し訳ないのですがそちらでどうぞ。で、彼女達はモノホンの「fair maiden」なので、当然ながら失敗作ではない赤子の上位者を懐妊することになります。しかしよく考えるとその結果には差があります。
この辺りも以前書いたことではあるのですが、簡単に言えば「既に赤子が生まれてしまっている」アリアンナと「未だ胎内に収まっている」偽ヨセフカという対比が見て取れます。後者に関して言えば、アリアンナと違い偽ヨセフカの傍らに赤子が確認できない為、実は彼女は妊娠しておらずへその緒を所持していただけなのではないかという言説も見かけました。それはそれであり得る事だと思うのですが、当サイトでは異なる見解を述べさせて頂きます。
同じ血を引きながら、なぜ両者は対照的と言える末路を迎えたのか。思うにアリアンナの方は「母体として大切なものが欠けていた」のではないかと考えます。母親と成り得る器であるから当然女性であり、しかし「fair maiden」である彼女に欠けていたもの、それは「啓蒙」なのではないかと。偽ヨセフカは服装からして「聖歌隊」の一員だったものと思われます。対してアリアンナは娼婦。これは、出自は同じでも違う道を歩んだ彼女達が迎えた末路の対比であり、また選ばれし「fair maidens」であろうと、やはり「啓蒙」を持たないものは良き母親になれないという証左なのでしょう。アリアンナの出産は早期に過ぎたのであり、あの赤子はきっと「未熟児」だったのだと思います。
さてそうした上で偽ヨセフカは言います。
「私、ついにここまできたの、見えてるのよ…。やっぱり私は、私だけは違う。獣じゃないのよ。だから…ああ、気持ち悪いの…選ばれてるの…。分かる? 頭の中で蠢いてるの…」
彼女の言葉を信じるなら、彼女の中には赤子が蠢いています。そうだとして、では彼女は今後どうなるのでしょうか。啓蒙が足らず残念ながら早産を迎えたアリアンナの対比として偽ヨセフカがいるなら、彼女は無事に出産を遂げるのでしょうか。実は偽ヨセフカの未来とも言える姿を体現する NPC が存在します。女王ヤーナムです。
これが面白いところで、劇中の「母」たちは、それぞれ赤子の上位者を孕んだ女性、その状態と時期を順番に明示してくれているんです。
妊娠初期だの安定期だのは勝手な解釈ですが、まあこういうイメージだと捉えやすいかなと。アリアンナのように早産してしまわない限り、偽ヨセフカの中で蠢く赤子は順調に育っていき、やがては女王ヤーナムのように母子ともに健康(?)な状態に移行していくのでしょう。ではその先の話。上位者を胎内に宿した母親は、そこからどうなっていくのか。結論から言うと上位者になるのだと思います。
後述しますが「3 本目のへその緒」とは赤子だけが持ち、それを得た狩人は自身を上位者へと変態させる事になります。そも本編の赤子は人間と上位者の混血であり、それ故に本来であれば人に宿らないその血は人に宿りうるのかもしれません。だからへその緒は人を人以上のものに押し上げる事が叶う訳ですが、では赤子そのものを胎内に宿す母体に、何の変化も訪れないものなのでしょうか。
本編に登場する「母」たちは、母子としての姿を順繰り明示してくれていました。アリアンナのように早産を迎えなければ偽ヨセフカのように、そしていずれは女王ヤーナムのような安定期に入り、その上で迎える、母たる姿の終局は。
妊娠後期の母親
つまりこう言いたい。上位者ゴースは元人間である。
赤子が上位者として成熟していくのなら、母親の肉体は人間のままではいられないと思います。「遺志≒虫」が脳内物質を啓蒙へ、啓蒙を脳液へ、そして脳液を「苗床」へ至らしめるとするなら、血の遺志の結実である赤子を宿した母親は極限の刺激を受け、必然的に強大な軟体生物へと進化する。故に「母なるゴース」とは実際に人が上位者へ進化した一例ではあるのですが、しかしその結果はご存知の通り、哀れにも「死産」に終わってしまうのでした。『Bloodborne』とは母子たちが迎える暗い末路の物語なのです。
恐らく、ただ一例を除いては。
「fair maiden(美しい娘)」と称される特別な女性たち。かつて「fair maiden(美しい娘)」ゴースは上位者に見初められ、赤子を孕み、子の成長に押し上げられるで進化を遂げた訳ですが、そういう視点を持てば「瞳」とは何かという命題にまた一つの答えがでます。
最初に立ち返りましょう。「瞳」とは「卵」の暗示であり、それは「苗床」を意味します。そして「虫」にとっての苗床(瞳)が「軟体」を指すなら、「赤子」にとっての苗床(瞳)とは何か。
「卵」。
「卵子」です。
なぜ上位者に選ばれるのは誰も「女性」でなければならなかったのか。それは女性だけが、男性の持ちえない「瞳(卵)」を有しているからです。上位者が求める赤子にとっての「卵」、即ち「卵子」こそ「瞳」が暗示するものの本質だったのでした。
ということは、です。人間が進化を遂げる為には胎内の赤子の血が必要なのだとするなら、当然こういった仮説が導き出せます。
上位者へ進化できる人間は、女性に限られる。
ああ、素晴らしき fair maidens ……血統と教養を兼ね備えた完璧に美しいあの娘たちの前では、どんなに高潔ぶった医療者達も腰砕け。それは神に近しい上位者とて同じこと。
「君の『瞳(卵)』に恋してる」
何となくまとまった感があります。はー、めでてぇ、めでてぇ。しかしながらこのシリーズ、もう一回だけやります。上位者になれるのは女性だけと断言されて、「いやちょっと待てよ」と仰りたい方も多いでしょう。もうちょっと、もうちょっとだけお付き合いを。